会議室にて

「別れてほしいという気持ちに変わりありません」


 いきなり、常務取締役様は渋い声で仰る。

 社員食堂がざわつく。

 A定食を両手に持って、俺の席にやってきた常務。


「あの……戸鞠常務取締役」


 さも当然のようにいるからびっくりする。


「どうされました?」


 サラダが入った小鉢を持つ。


「ここ、松島食品じゃないですよ」

「もちろん知っています」


 爽やかに笑ってくる。


「こんなところで、話されるのはちょっと……」

「会議室を借りましたので、食事のあとで話しましょう。ところで愛妻弁当はどうしたんです?」


 同僚たちからの視線が非常に嫌だ。


「今日は朝早い出勤だったので」

「そうでしたか、私も普段は家政婦に用意してもらっていますが、本日彼女はお休みデーなんです」


 知らないし、どうでもいい。


「あぁ……リーナさんでしたっけ」

「おやもう仲良しになっていたんですね。さすが、手慣れているだけはありますね」


 まるで浮気癖があるように言う。

 一度の過ちを執拗に突いてくる……。


「あの、嫌がらせならやめてください」

「失礼しました。透夜君はお元気ですか?」


 飯を食べる時間ぐらいくれ……――――。








 30分後、小ぎれいな会議室に、戸鞠常務取締役と2人きり。

 この人と狭い空間にいるのは苦手だ。


「えーとそれで、なんですか。もう考えがまとまったとか?」

「いえ、まだです。今回は少し提案したいことがありまして、ここなら身内に知られる恐れはありませんので」


 代わりに上司と同僚たちに色々訊かれそうだな。

 戸鞠さんの突然襲い掛かってくる提案は父親譲りか。十分親子じゃないか、何が不安なんだ、と言いたくなる。


「話なら聞きます。まだ受け入れませんよ」

「それで十分です。では、もうすぐ学生は夏休みに入ります」

「あぁもうそんな時期ですか……早いっすね」

「えぇ会社勤めになると、あっという間です。隣町なので学生は行き来が大変なんです」

「透夜と戸鞠さんがね」

「はい。その距離が余計に別れにくい環境を作っているのではと思いまして」


 嫌な予感しかしない。


「はぁ……まぁ多分」

「別荘があるんですよ、神奈川に」


 自慢か? 腹立たしいくらい良い顔して、こんなのが近くにいると嫌でも捻くれる。


「保護者同伴で夏休みの間だけ暮らしてみませんか? お互いの生活が見えてきますし、生活の質とやらも変わってきますから」

「つまり、格差を見せつけて諦めさせるってことですか?」

「その通りです」


 爽やかな笑顔で何言ってんだろうこの人……――。

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