小さなドライブ
「こんにちは」
丁寧なお辞儀と可愛らしい細い声。
戸鞠さんが帰ってきた。
今日も錨のシルバーペンダントを身に着け、サイズ大きめのシャツにプリーツスカートと、イタリア製ハイブランドのスニーカー。
「こんにちは、どこかに出かけてたの?」
「はい、友人と近くのおにぎり専門店に、新しくできたんです」
「へぇ……おにぎり専門店」
最近はなんでもあるんだな。
コンビニやスーパーで買えばいいのに、って栓の無いことを言うのは駄目だな。
「あの、父とお話できましたか?」
「あぁ、うん。ありがとう急にごめんね、取り合ってくれて助かったよ」
「いえ、あの、父は何か仰ってましたか?」
「あー自慢の娘だって、言ってたよ。書斎はなかなか……愛に溢れてたね」
書斎と聞くと、戸鞠さんは困った笑みを浮かべた。
「たまに入るんですが、最初ビックリしますよね。私はもう慣れちゃいました」
「というか、それなら十分お父さんの気持ち伝わってるんじゃないかな」
「そうなんですけど、少し、その……あの」
言葉を濁している。
何か引っかかることでもあるんだろうか。
「お帰りなさいませ、かなえさん」
間に突如現れた、戸鞠家のお手伝いさん。
綺麗な所作でお辞儀をするが、いつの間に……。
「ただいまかえりました。リーナさん」
西洋と日本のハーフといった感じの女性で、ブロンドヘアをポニーテール、さっき会ったばかりだというのに、目を奪われそうになる。
「えーと、それじゃ俺はこれで」
「あ、待ってください! 少しだけお話させてください、えと、ドライブに連れて行ってください。リーナさん、また出かけても大丈夫でしょうか?」
「旦那様に伝えておきます、門限の17時までにお戻りください」
「分かりました」
入り込む余地なく勝手に話が進んでいき、流れるまま車の中へ。
助手席に乗り込んできた戸鞠さん。
これ、職質とかくらわないか? 会社の人に見られないか? 不安が募る。
考えても仕方ない、その時は常務取締役の力を借りよう。
エンジンをかけて、ゆっくり走る。
「いつも突拍子のないことを言ってすみません……」
「いやぁ大丈夫、だよ」
多分。
「父の書斎、机に写真があるのをご存じですか?」
「……う、うん、見たよ」
そりゃそうだ、書斎に何度か入ってるんだから見るよな。
智里の写真。
「私に似ていますか?」
「そうだね…………瓜二つだよ」
間違いなく智里の生き写しで、生物学的には俺と智里の娘になる。
浮かない横顔の戸鞠さん。
「父は、きっと写真の人が好きなんです」
好きというか、あいつは間違いなく智里を愛してる。
俺はどうなんだ……。
言わない方がいいのは分かってるけど、
「あの写真の人は柊木智里」
これが、戸鞠さんと常務の良好な関係を築ける糸口だと思いたい。
「知ってるんですか?」
「少し……君のお父さんの幼馴染で、大切な人だった。でも、だいぶ前に、亡くなったみたい」
「やっぱり私を智里さんに重ねて、見ているんでしょうか」
戸鞠さんの悩みは、ただ単に父親とうまく話せないということじゃなかった。
自分のことを見てくれない、という不安。
「そんなことないよ。君のお父さんは毎回毎回、『僕の娘は~』って自慢してる」
「本当にそうだと、嬉しいです。五十嵐さんは透夜君のこと、愛してますか?」
「えぇーそりゃ、もちろん愛してるよ、俺の大切な息子だから」
俺の答えに、嬉しそうに素直が良く似合う笑顔を浮かべた。
「透夜君も、お父さんのこと愛してますよ」
「そうだといいなぁ。俺のこと、なんか話してる?」
「いえ全く」
ダメじゃん。
「私の方から五十嵐さんの話をしてみると、怒られちゃいます」
「あはは、拗ねてんだよ。君が俺の話をしてくれてるの?」
「私にとって、五十嵐さんはもう一人のお父さんですから」
「は」
ハンドルが強く軋む。
もしかして、透夜、話したのか?
「俺もお父さん?」
「はい。理想のお父さんです! どこかに連れて行ってくれて、相談に乗ってくれて、私の無茶なことにも応じてくれる方です」
「……戸鞠さん、透夜から何か聞いた?」
戸鞠さんは傾げている。
そうだよな、知ってこのテンションなわけないか……。
「ごめん、なんでもない。ありがとう、そう言ってくれて嬉しいよ」
ヤバい、一気に汗が出てきた――。
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