戸鞠家へ

『この前はありがとう。お父さんと、あれからどんな感じ?』

『こちらこそお誘いいただきありがとうございました、デイキャンプとても楽しかったです。最近父の方からよく声をかけてくださるようになりました。まだ少し、慣れません』

『そっか、それなら大丈夫そうだね。ところで最近透夜の様子、変じゃない?』

『寝不足気味だと仰っていましたが、透夜君に何かありましたか?』

『ちょっと気になって、多分俺の考えすぎかも。ありがとう』


 寝不足の原因は分かっているが、この先どう転んでも希望が見えない。

 どう答えたら良かったんだ……。


「ねぇ」


 キッチンから聞こえた俺を呼ぶ声。


「んー」

「最近透夜になんかあった?」

「……どうかした?」

「なんていうか調子悪そう。声かけてみたけど、なんでもないって言われて終わり」


 透夜の人生に干渉しないって言っている妻が声をかけるんだから、余程だろう。


「戸鞠さんとケンカでもしたんじゃないのか」

「あの2人に限ってあり得ないでしょ」

「まぁーそっか」


 断言できるくらい固い絆なのは知ってる。でもその絆が今、不安定になっているのは確かだ。

 透夜は知ったうえで別れたくないと言ったが、戸鞠さんが全て知らされた時同じように、「別れたくない」と思うのか。

 とにかく今は、戸鞠常務と話がしたい。

 なんで連絡先を交換しなかったのか、会社を通して聞けば分かるだろうけど、ただの社員が取引先の常務取締役と会いたがるなんて周りになんて言われるか分からない。

 そうなると、戸鞠さんに訊いてみるしかないか……。

 もう一度メールを送ってみることにした―――――。






 ―――――……後日、隣町、戸鞠家。

 まず門から玄関までの通路が長い。

 L字型の平屋で、開放的で大きな窓の向こうに何百冊と収納された本棚が並ぶ。

 芝生あるし、ベンツあるし、カスタムされた軽トラが置いてある。

 軽トラの荷台部分に骨組みをつけて片側にシートを丸めて収納、多分タープ的な何かなんだろう。

 地位というパワーで頭から圧し潰された気分になる。


「お待ちしておりました五十嵐様」


 戸鞠さんが言っていたお手伝いさん、だろう。

 ブロンドヘアをポニーテールにして、顔立ちは西洋と日本のハーフか、素朴と一言で言い表せないほど綺麗な雰囲気。書斎まで案内してくれた。

 ノックのあと、「入ってください」と渋い声が返ってきた。

 お手伝いさんが扉を開けてくれて、俺だけが入る。

 黒を基調した内装で、壁には戸鞠さんの幼少期から現在までの写真を展覧会みたいに飾っていて、正直気持ち悪い。

 親の書斎入ってこんなことになってたらドン引きだよ。

 極めつけはデスクに静かな微笑みを浮かべている智里の写真が、豪華な木目フレームの中に収まっている。

 改めて戸鞠さんは、智里にそっくりだ。


「わざわざ来ていただきありがとうございます五十嵐さん、考えはまとまりましたか?」


 こいつ書斎を他人に見られても全然気にしてないんだな……。

 腹が立つほど整った男前が、落ち着いた表情でこちらを見ている。


「まとまったというか、確かめたいことがあるんですよ、常務」

「そう仰ると思いまして」


 デスクの引き出しから光沢感のあるファイルを取り出し、俺に渡してきた。

 受け取ってファイルを開けると、英語と数字がたくさん並んだ書類が飛び込んでくる。


『DNA鑑定結果報告書』


「DNA鑑定の結果です。かなえと透夜君が異母兄妹なのか調べました」


 検体がどうとか、STRがどうとか、訳の分からない数値とパーセンテージ。

 解析の結果、兄妹であることが認められた、と。

 日付を確認すると調べたのはつい最近のこと。


「どうやって透夜の検体を?」

「2人はとても仲が良いですから、週末はよく遊びにこられます。あとは家政婦に頼めばいくらでも、私は仕事でいませんが」

「あー……そうです、ね」


 そこに関しては深く突っ込まない方がいいか……。

 もしかして、を期待してみたが、やっぱり、なのか。


「納得されましたか?」

「えぇ、まぁ。まずいことに、透夜が盗み聞きしていたみたいなんです」

「……そうですか、かなえに話してないといいのですが」


 全然動じないな、この人。余裕をかましているのが余計に腹立つ。


「透夜には、ハッキリ分かるまで時間をくれと伝えてあります……でも俺は、やっぱりちゃんと説明したい」


 常務は顔色を変えず、小さな息を吐く。


「説明した方が、かなえは諦めるでしょうか? 透夜君はなんと?」

「絶対別れたくない、と」

「そうでしょうね、透夜君らしい。話してしまうと、かなえの父親としてずっと成長を見守ってきたこと全てを否定されてしまう怖さがあります」

「いや、生みの親より育ての親って言葉があるでしょう、かなえさんはきっと、変わらない」

「だといいですが……すみません、私にも少し時間をください。覚悟を決めたら、連絡します」


 そう言って、連絡先の番号が印字された名刺を渡された――。

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