透夜

 シンクに流れていく、さっきまで胃にいたはずの麦茶。

 息が苦しい、落ち着け、ここで認めていいのか? 本当に透夜が聞いたとしても、否定するのが賢明かもしれない。

 袖で濡れた唇を拭う。


「……仕事の話しか、してないよ」


 透夜の目は、酷く同情みたく睨む。


「かなえのことも、全部、聞いた。盗み聞くつもりなかったけど、動けなくなって……頼むからハッキリ言ってよ、父さんの口から」


 本当のことを、俺の口から言わせるつもりなのか。

 そりゃ、言った方がいいって思ってる、戸鞠常務と折り合いをつけてから、順番に話したかった。

 今、どっちに転んでも透夜は苦しむ。


「透夜、その……俺は、戸鞠常務の話全てを信じてない。本当かどうか確かめてから、話をさせてくれ。その時間をもらえないか?」

「逃げるのかよ」


 鋭く真っ直ぐな睨みと、切なげに振り絞った言葉が襲いかかる。


「違う、逃げてない」


 喉が震えてしまう。


「逃げてるよ……ずっと。やっぱり浮気してできた子供だから、遠ざけてるんだ」

「それは関係ない。どう透夜と接していいのか分からなかったんだ! 今も悩んでる、けど一緒に遊園地に行ってくれた時、デイキャンプに誘ってくれた時、凄く嬉しかったし、滅茶苦茶楽しかった」


 前のめりになって、今の気持ちを俺なりに伝えてみたが、透夜の表情は硬いままで、返事はない。


「透夜?」

「ごめん、ホントはどうでもいい」

「え」


 冷たいことを言われた気がする。


「腹立つけど、それはそれ」

「お、あぁ、うん」


 思考も母親似か……ハッキリ言ってくれる。


「今はかなえのことで頭いっぱい」

「……」

「別れたくない、嫌だ」


 静かに零した透夜の答え。

 呆れたように鼻で笑い、


「期待してないけど、待ってる」


 リビングから立ち去っていった――。

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