残酷な事実
最悪だ。
せっかくちょっと浮かれ気味で戸鞠さんと出かけたのに、まさかスーパーで戸鞠常務取締役と遭遇するなんて、予想できなかった。
戸鞠さんに選択を委ねるのは酷だったけど、ここは作ってくれる側に寄り添う。
「私の、手作り……食べてくれますか?」
微かに震えた声で確認した戸鞠さん。
「もちろん食べたいですよ。我が子の手料理を食べられるなんて、嬉しいに決まっています、ね?」
「そうですね……」
意味ありげに目線を送らないでくれ、ちゃんと家に上げるっての――。
――高級スーパーを出て、家の駐車スペースに車を寄せていると、
「あ、透夜」
またタイミングの悪いときに帰ってきたな。
運転席にいるのが俺だと分かれば素っ気ない表情でスルー、合鍵でさっさと入っていく。
後ろにお前の愛しい彼女と、彼女の父親が乗ってるぞ……。
「年頃らしい反応ですね。学生時代の五十嵐さんに似ています」
「そうですかねぇ」
学校違ったくせに、いい加減なことを言う。
戸鞠さんは緊張しているのか、あまり話さない。
リビングに案内すると、
「かなえ、料理の前に少しだけ五十嵐さんと仕事のことで話したいことがある。10分だけ、透夜君のところで待っていて。あとでメールするよ」
心臓に悪い……智里のことだろう。
「はい、わかりました」
丁寧にお辞儀して、戸鞠さんは2階に上がっていく。
俺と常務だけの空間になったリビングで、ソファに腰かけた。
「さて、私が、いえ、僕が常務取締役という肩書を忘れて、共通の友人らしく振舞いましょう。そっちの方が楽でしょう? お互いに」
「……それで、戸鞠さんがいいのなら、敬語は使わない。智里のことだよな」
「そう、僕にとって大切で最愛の幼馴染柊木智里のこと、かなえのこと」
「なに?」
落ち着いた渋い声だが、眉間は険しく寄っている。
「かなえは僕の娘だ」
「いや、知ってるよ」
いきなり分かってることを断言されても、何が言いたいんだ?
「同時に、彼女は智里に似ている。だから困惑した。何故前妻に似ているのか、それは、かなえが間違いなく智里の忘れ形見だから。証拠に、僕は出産に立ち会っている。記録もある」
「……それだと、お互い不倫してたってことになる?」
胸が騒がしくなってきた……ハッキリ言われていないのに、どうしてこんなにも苦しいのか。
戸鞠常務の落ち着いた表情が一変。
「智里が浮気するとでも?」
「……ごめん、するわけないよな。でも、そうだとしたら、いや、えぇ……どういうことだよ」
眩暈で、目の前がぐらつく。
つまり、智里は…………、
「かなえと透夜君は、腹違いの兄妹ということになる」
寂しそうな表情で、何か言いたげだったあの時、智里のお腹にも赤ちゃんがいた。
「知らなくて済む話だった。僕の大嫌いな運命で引き寄せられるなんて、考えたくなかった。学校も住む町も違う、なのに交流会で出会うなんて……夢であってほしかった」
運命……これほどに残酷なことがあるか?
そりゃ、法律が邪魔しなきゃ愛なんて自由だろう、でも、妻はどう思う、世間は、いや……透夜……――。
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