憧れのシチュエーション

「まずお買い物に出かけます!」

「うん」

「それから、一緒にご飯をつくります!」

「うんうん」

「そして、一緒に食べます!」

「うんうんうん」

「お腹がいっぱいになったところで、テレビを観ながら一緒にお昼寝もします!」

「う……うん、昼寝は無しで」


 危な、聞き流すところだった。

 悲しい表情を浮かべているが、俺的にアウト、というか普通に父親に頼めばいい。


「全部、お父さんに頼んでみたらどう? あの人、やってくれそうだけど……多分」


 淡々とやりそう。


「そ、それは、まだ勇気が、足りません……怖いです」

「怖い?」


 淡泊な感じが怖いんだろうか。


「はい。こんなこと頼めるのは透夜君のお父さんしかいません。十分迷惑をかけていますが、お願いします」


 切実なんだろうな、羨ましい限りだよ。

 思春期の子供が、本来なら距離感が生まれる年頃だっていうのに父親と仲良くなりたいだなんて、珍しい子だ。


「とりあえず、買い物の前に畳んでいい? 妻に怒られちゃうから」


 リビングに積んだ洗濯物を指すと、戸鞠さんは目を大きく開いた。


「はい、是非」


 どうやら手伝ってくれるみたいだ。

 誰の服だろうと関係なく、丁寧に畳んでくれる。手つきも慣れていて、俺より素早く片付けていく。


「戸鞠さん、普段から家事とかしてるの?」

「いえ、普段はお手伝いさんがしてくれます。少しだけ、私も手伝うんです、その時にお手伝いさんが色々教えてくださりました」


 本当に家政婦みたいなのがいるんだ……常務取締役だから? それとも戸鞠夫人の力か?


「えらいね戸鞠さん」

「いえ、透夜君が、きっかけなんです」

「透夜が?」

「はい。透夜君に一度、タオルを貸したことがありまして、返却して頂いた時とても丁寧に畳んであったんです。思わず問い詰めてしまいました」


 妻の躾が実った結果か……俺は全然介入しなかったけど、ちょっぴり嬉しい。


「ほぉーそうなんだ」

「透夜君は器用になんでもこなす凄い方です」

「へぇー」


 ずいぶん褒めちぎるなぁ。

 誇らしいと思う反面、どこか不穏な感情が自身の中で燻っているような気がした。


「あ、これ透夜君の下着ですね。かわいい柄」


 クマのイラストがたくさん散りばめられたボクサーパンツを見て微笑む。


「あー……そうかも」


 透夜のパンツ、知ってるのか。

 沸々とするこの感情は、どう表現すればいいのやら……複雑だ。

 そういやどこまで関係が進んでるんだろう、2人の純な部分は遊園地で十分知ることができた。

 性的なことにも興味がある年頃だ。何かあってもおかしくない。

 これこそ訊いたら、マジで性犯罪者だ。

 口が裂けても言えない内容だし、透夜に訊くのもレベルが高い。

 一生絶縁は免れない。


「これは、なんだかお父さんって感じがします」


 普通に俺のパンツまで、抵抗なく畳む。


「ちょちょ、俺の分は畳むからっ、恥ずかしいって」

「あ、すみません! 私ったら、はしたないことを」

「だ、大丈夫……ありがとう」


 顔が熱くなってきた。

 戸鞠さんも少し頬を赤らめて、静かに微笑む。


「でもなんだか、こういう時間も嬉しいです」

「え、そう?」

「はい。私にとって、貴重な体験です……」

「あぁーこれ終わったら、買い物行こうか。ちょっとドライブで、隣町まで」


 近所のスーパーを避けたいっていうのが7割本心。

 素直が良く似合う満面の笑顔で頷いてくれる。


「はい! お父さんとドライブ、憧れのシチュエーションです!」

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