押しかけ

「体中痛い……」

「私も」


 その割にはいつも通りキッチンで動き回ってるなぁ、母親って強い。


「仕事遅れるよ?」

「あぁ年休とってある」

「はぁ? 先に言っといてよ、お弁当用意しちゃったじゃん」

「あっ、ごめん……忘れてた」


 ふかーい溜息を吐かれてしまう。


「ちゃんと食べるよ」

「あーもう行かないと、洗濯物乾いてたら取り込んどいて、畳んでよ!」

「分かったって、行ってらっしゃい」

「行ってきます!」


 いつものお弁当箱がキッチンに、保冷バッグと一緒に置いてある。

 遊園地で過ごした家族の時間が、幻想みたいだ。

 感謝してるけど、言い忘れる時だってあるんだから、許してくれよ。

 俺は、いろいろと受け流してるのに……。

 ふいに智里の笑顔が思い浮かぶ。


「あぁー余計なことを考えちゃいかん」


 漫画の老人染みた口調で呟いてしまう。

 透夜も学校でいないし、久しぶりに1日ひとり。

 

「……体中痛い」


 寝るか――。




 ――しばらくして、腹が、減った。

 お弁当を食べないと、あと洗濯物。

 寝すぎたか……頭がぼぉーっとする。

 ふらふら寝室から出て、まずは、ベランダに干してある洗濯物を触ってみた。

 多分、乾いてるな。

 取り込んで、リビングに置いておく。

 よし、弁当食べるか……。

 時刻はもうすぐ昼の12時、妻も透夜もまだまだ帰ってこない。

 よくよく考えると俺、趣味とかないなぁ、休日は大体みんな一緒だし、あれこれコキ使われるぐらい。

 なんにも言われないって退屈だ。

 この前の遊園地は楽しかった、帰りの車でも戸鞠さんはずっと起きていた。

 透夜と妻はぐっすり眠っていたが、戸鞠さんは静かに嬉しそうに、ぬいぐるみを抱えていたのをミラー越しに見ていた。

 智里とよく似た静かな微笑み。


『一緒にいられるだけで、とても幸せなんですよ』


「…………」


 一緒に。

 インターフォンが鳴り響いた。

 1人でいると余計なことを考えてしまうな、ダメだ、誰かと話そう。

 モニターなんてすっ飛ばして扉を開けた。


「うぉっ」

「こんにちは」


 丁寧なお辞儀と、品よく姿勢よく、智里とよく似た顔で挨拶をする、戸鞠さんが……。


「あぁーこんにちは、えーと学校は?」

「今日は午前中だけだったんです。前を通りがかったら車がありましたので、もしかしてと」

「迎えは?」

「午前中の時は徒歩です」


 にっこり、に俺はぎこちなく返す。


「失礼します」


 俺は、何もしない、ただ話をするだけ。

 お茶を用意して、リビングで向かい合って座る。


「それで、なんだった?」

「父のことで、その前に、遊園地に連れて頂きありがとうございました。とても素敵な思い出ができて嬉しかったです!」

「あーこちらこそ。俺も楽しかったよ。またどこか皆で行こうね」


 素直が良く似合う笑顔で頷く。


「はい! でもあの、ご迷惑じゃなかったですか?」

「全然、むしろ戸鞠さんが誘ってくれたおかげで久し振りに家族と楽しく過ごせたよ」


 ホッとした、静かな笑みに、目が奪われる。


「……戸鞠さん、お母さんは、なんて名前なの?」

「えと、母は、戸鞠怜奈です」


 誰だよ、全然違う。

 やっぱり他人の空似なのか……。

 

「母はずっとニューヨークでお仕事していますので、顔も写真でしか見たことがないんです。兄と妹も、そうです」


 んー……複雑な家族。五十嵐家の問題が大したことないように思えてきたぞ。


「ですから何とか父とお話できればと思いまして、今回は五十嵐さんをお父さんに見立てて、色々したいんです」


 突然過ぎるよ毎回毎回、なんでそんな発想になんの。


「な、なにをするの? 俺がお父さん? 全然似てないと思うけどなぁ」

「い、いえ、透夜君と同じように接していただければと」


 休日、透夜は部屋にこもってるか、デートだから、正直なんにもない。


「いや、何も話さないし、透夜は部屋にこもってるだけだ。残念だけど参考にならないよ」

「そうなのですか? でしたら私、リストにまとめてきましたので、是非実践させてください!」


 スマホを取り出して、何かを読み上げる。

 なんかまた暴走してるなぁ……――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る