憧れのごっこ

 死んだ。

 脚がガクガク震えている。

 あんなに揺さぶられるとは思わなかった……。

 ジェットコースターの降り口付近にあったベンチで小休憩。


「もーもー凄くグワーって感じで、今も心臓が高鳴ってます!」

「久しぶりに乗ったらテンション上がるねぇ」


 妻と戸鞠さんは平気そうだな。

 透夜は……、


「う、うぅ……」


 今にも吐き出しそうな呻き声で戸鞠さんの後ろで立っている。 


「透夜君、大丈夫ですか?」

「へ、平気。ちょっと、酔っただけ」

「ちょっと休憩しよっか、こっちもダウンしてるし」


 妻は呆れながら俺を見下ろした。


「あの、大丈夫でしょうか?」

「あぁ平気。ちょっと酔っちゃったけど、すぐ落ち着くよ。ありがとう」


 透夜にだけでなく、俺まで心配してくれてるとは、なんだか女神に思えてきた。

 戸鞠さんの背後で、弱りながらも鋭い睨みだけは忘れない我が子。

 ただ息子の彼女と話してるだけなのに、余裕がない理由でもあるんだろうか……。

 妻もそうだが、俺のことを信用してくれない。

 戸鞠さんに、手を出すことなんか……あり得ない。彼女は、智里じゃない。

 きっと他人の空似だ。

 智里のことは、一旦、隅に置こう……今日は、家族だ。


「よし! 回復したし、今度は何に乗りたい? 今日は家族として過ごすんだから任せてくれ」


 ベンチから腰を上げ、まだ震える膝のまま胸を張る。

 戸鞠さんは、少し空白をつくったあと、素直が良く似合う笑顔で頷いた――、







 ――…………全てのアトラクションを回るなんて思ってなかった。

 ゆったりできたのは、観覧車と、映像を見るだけのアトラクション。

 さすがに妻も疲れたのか、口数が少ない。

 透夜にいたっては遥か遠い目をしている。

 夕暮れ近く、ゲートに向かって帰る人たちをレストランの窓越しから眺めた。

 たくさんの手の中で、ロゴやキャラの絵が描かれた風船と、グッズを詰め込んだ紙袋が揺れている。

 通過したことがある思い出と、できたはずの思い出が交互に過ぎ去っていく。


「戸鞠さん、今日は誘ってくれてありがとう。家族で出かけるのも久しぶりだし、透夜と遊園地に来たのも、もっと前の話だったから」

「あーそうだったね。まだ幼稚園の時、身長が足りなくてジェットコースターに乗れなかったの、悔しくて泣いてたよね」


 遠い目をしていた透夜は、妻の暴露に顔を真っ赤にして、そっぽを向く。


「なんだか可愛い話です、もっと知りたいかも」

「やめろって、恥ずかしい……」

「ダメですか? 透夜君のこと知れて嬉しいですよ、もっと好きになれますし」


 さらっとのろける。


「あぅ……いや、困る」


 別の意味で顔が真っ赤になってやがる。

 なんだか腹が立つような、可愛らしいような……。


「透夜のこと、大好きなんだな」

「はい! うまく説明できなくてもどかしいですが、出会った時からずっと好きなんです」


 うっとり、と優しい微笑みを浮かべる戸鞠さんは、透夜に肩を寄せる。

 親の前でデレたくないんだろう、ずっと素直を隠す透夜。


「いつか本当の家族に、なるんだろうなぁ」

「そうだね……」


 妻の横顔は、はにかみながら、憂いを秘めている。

 応援しているが、複雑だと語る表情。


「私の方こそ、皆さんと一緒に来られて良かったです。想像以上に楽しくて、きっと、家族ってこんな感じなんですね……」


 しみじみと噛み締める呟き。

 俺も、想像以上に楽しかった。

 両親とはどんな関係なのか、どういう生活をして過ごしているのか、心配を含めて聞きたいことはやまほどある。

 けど今は、この空間に浸りたい。


「帰る前にお土産、買って帰るか」


 曇りのない瞳がさらに輝く。


「はい!」

「買うなら片手分に抑えなよ」

「えぇっせめて両手分じゃダメですか?」

「だめ」


 なんだかカップルというより、兄妹だな。

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