懇親会

「いやぁホントありがとう、君にはいつも助けられているよ、会社の支えだ!」


 始まる前から人事部長の謎フォローが入る。


「大丈夫ですよ、別に今の会社辞めたいとかそんなこと言ったりしませんよ」


 正直ホワイトな会社じゃないけど、ほどほどに生きていけるし、十分だ。

 人事部長は笑みを固めて、小さく何度か頷いた。息を吐く。


「そうだったな……まぁとにかく、君は適切なマナーで好きに飲食を楽しんでくれたらいい。話は僕がする、美味しく食べるだけ、なっ」


 お偉いさんばかりの空間で、美味しく食べられるだろうか……。

 お店は松島食品の知り合いが個人で経営しているレストラン。

 向こうは常務や本部長計3名、懇親会という名前は大げさに思える。

 こっちも人事部長と俺だけ。

 内密な話なら、俺は聞き流すことに徹した方がいいのかもしれない。


「ふぅ、松島さんとこはまだ来てないな」

「そうですね……あの、ところで高村さんって、息子さんいらっしゃるんですよね?」

「ん、あぁ、そうだよ。もう大学生、横浜で一人暮らしてるんだ。どうかした?」

「あーいや、俺高校生の息子がいるんですけど、今まで全く会話してこなかったせいか、いまいち関係が良くなくて……高村さんは親子関係どうなのかなって」


 目が点になっている。すぐに、「なーんだ」と綻ぶ。


「父親と息子なんて会話は少ないもんだよ。女ほど感情で話さないしな。仲が良いかどうかは分からないけど、よそも同じじゃないかな」


 そうなんだろうか……。


「睨まれたり、鼻で笑われたりするのも、同じなんですかね」

「それはちょっと分からないが、まぁ、今日はA5ランクのステーキもある、美味しい食事は心の栄養にもなるから、なっ」


 よく分からない励ましをされる。


「すみません、お待たせしました」


 渋い、耳にすっと入る声が聞こえた。


「あぁどうもお世話になっています! 本日は懇親会の席までご用意していただき、松島さんには本当日頃から色々と――」


 人事部長の声色が変わり、おもねるような態度を取り始める。

 本部長か、誰か知らないが、ニコニコと自慢げにお店について話しているところ、ただ1人、俺とそう年齢が変わらない人物と目が合う。


「五十嵐さん、でしたね」


 渋い声。

 まだ自己紹介もしていないのに、苗字を口にする。

 もしかすると、事前に人事部長が説明していたのかもしれないが、それでも一社員の俺に声をかける必要はない。

 シャープな顎に整った顔立ち、背も高く、優しさが交じった目力で俺を捉える。


「は、はい……そうですが」


 握手を求めて長い手が伸びてきた。

 背筋が勝手にピンと張り、震えながら握手を交わす。


「私は、常務取締役の戸鞠、戸鞠幸太郎と申します」

「はぃ?」


 電光石火の如く、頭の中で火花が飛び散った。


「彼とは知り合いなんです、あとで合流しますので、少しだけ2人で話をしても大丈夫でしょうか?」


 追い打ちみたく、勝手に話を進める。

 俺は、彼を知っている……――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る