アドバイス

 アイコンは、相当お気に入りなんだろう、ペンダントの錨の写真。

 そもそも錨なんて、偏見かもしれないが、彼女のイメージとは少し違う気がしてしまう。

 今のところ、メッセージは来ていない。

 戸鞠さんは父親と上手く話せないのが悩みらしい。

 相談されて悪い気はしないけど、俺の場合、最早改善しようがないほど嫌われている、気がする。


 今朝も洗面台でばったり透夜と会ったが、


「えーと、おはよう、透夜」

「……はよ」


 すれ違い様の聞き取れないくらいの挨拶だけ。

 無視されるよりはマシなんだろうけど、挨拶以外は一切話してくれない。

 妻とは食卓でも世間話するくせに。


「透夜って、もう戦隊もの、見てないのか?」


 目が大きく開き、何言ってんだ、という軽い睨みが入った。


「見るわけないじゃん」


 冷笑気味に吐かれてしまう。

 なんだか頭のおかしい奴と思われた気がして、何も言えなくなる。

 まぁでも少なくとも、返事はしてくれた。

 案外そこまで嫌われてないのかもしれない――。



 ――出社してすぐ高村人事部長に呼ばれた。


「少し頼みづらいことなんだけど、今度ね、松島さんとこと懇親会があってさ、常務と僕とで行く予定だったのが、常務が急遽行けなくなったんだ。代わりに君が来てくれないかな」


 ただの社員が常務の代わりって何事。


「自分が、ですか?」

「そうそう、他も当たったんだけど、断られちゃってねぇ、君なら行ってくれると信じてる。まぁー長い付き合いだし、話しやすい相手の方がね。基本僕が話すから、君はただ食べて飲むだけ、なっ、悪い話じゃないだろ?」

「別にいいですけど」


 絶対、誰にも声をかけてないだろうな。

 けど人事部長の頼みを断って、後々何かあっても困るしな……。


「よく言ってくれた! それでこそ君だ! それじゃあ明日の19時な」


 鼻歌でも奏でそうな足取りで去っていく。

 明日か……妻に連絡しておかないと、ご飯のことで文句を言われる。

 スマホを取り出してみると、戸鞠さんからメッセージが届いていた。


『おはようございます。朝からすみません、突然なのですが、父とは時間がバラバラで、おかえりなさいも言えません。こういう時父の書斎にメッセージカードとか置くのは、困らせてしまうのでしょうか?』


 どんな父親なのかによるが、俺なら嬉しい。

 透夜がもしそんなことをしてくれたら、ハグとキスをしてやりたい。

 どうあがいても……あり得ないことだが。

 我が子から、応援されているみたいで嬉しいんじゃないかな。

 肯定的な返事をしておこう――。

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