第26話 追跡! 発見! 原住民の秘密の港



 巨体を隠しての追跡は、スピノサウルスのスペックをもってすればそう難しい事ではない。確かに私の体は大きいが、水中に隠れてしまえば水面越しにはほとんど見えない。いくらこの湖の透明度が高いとは言ってもだ。さらに言えば今日は朝が少々冷え込んだせいか霧も出ている。距離を置いているのもあって、船の方は追跡されているとは思わないだろう。


 さらにいえばこの体は水中に10分以上潜行していられるし、息苦しくなったら立ち泳ぎで鼻だけ水面にだして呼吸すればいい。


 とはいえ、水底に何かが居ないかはホント注意だ。先ほどの大騒ぎ、近隣のザリガニが集まっていたようではあるが、祭りに参加しなかった奴がいないとも限らない。それに移動すれば、別の縄張りに入ってしまう事もあるだろう。流石に10m級のザリガニと戦っているのを誤魔化す事はできない。交戦は回避すべきだ。


 そうして慎重に後を追いかけていたのだが、軍艦の逃避行はそう長いものではなかった。20分ほど進み続けた船が、ゆっくりと減速、回頭を始める。


 向かう先には、整備された港のようなものがある。規模は小さいが、船着き場として最低限の設備が施されているようだ。水中には支えとなる柱がしっかりと聳え立っていて、雑なやっつけ仕事ではない事が伺える。この世界の霊長の文化レベルを考えると、立派な軍港といっても差し支えないだろう。


 船はゆっくりと船着き場に身を寄せて、やがて停止した。ジャラジャラと錨が水中に投下されて、湖底に突き刺さる。


 水上は何やら賑やかに騒ぎ立てている様子だった。何を言っているのか分からないが、恐らく怪我人の運搬や船の補修の指示、そういったやりとりを行っているのだろう。


 その間に、私は水面下の設備の具合を見て情報収集だ。


 木を組んでつくられたと思しき港の基礎は、大石で湖底に沈めた状態で固定してある。木も、表面にまだコケや水草が付着しておらず、割と真新しい。さらに入り組んだ構造の基礎部分は魚の絶好の住処になるにも関わらず、特に生き物が棲んでいる様子はない。


 つまり、これが作られ沈められたのはつい最近の事、という事だ。またあくまで石で沈めて固定しているという、雑ではないが場当たり的な造り、恐らくこういった設備を作るノウハウに乏しい、あるいは十分な人手が確保できなかったと見た。対して船の造りが立派であり、いささかチグハグさが目立つ。


 考えられるのは、船そのものは別口の計画で作ったか作らせたもので、この港の設備の計画はまた別、といった所だろうか。


 作りが新しいのも気になる。つまり、この霊長達も、つい最近まではこの湖にあまり進出していなかった、という事になる。


 正直この湖は超危険地域だ。オルタレーネを預けた街の方は、完全に湖への進出を断念して小さなボートすら備えていなかった。恐らく、その認識はこちらでも同じだろう。だが何かしらの理由でどうしても湖に進出する必要があり、その為に立派な軍艦と、それを運用する為の港を作った、と。


 推測というより憶測にすぎないが、そう的外れな意見ではないと思う。


 問題は、彼らが急遽港を用意して湖の調査に乗り出した理由だが……。


 時系列的にはつい最近。湖の怪物を考慮しても為さねばならぬ火急の案。わざわざ強固な軍艦を用意する、すなわち何かしら大きな脅威を意識しての事。


 例えば、湖の怪物を一捻りするような正体不明の新たな怪物とか……。


 ……そこまで考えて私は、手に掴んだままのザリガニの殻に目を落とした。


 湖の怪物達、つまりザリガニ。んでもって、それを仕留めて取って食う何か。


「ア゛ッ」


 いやそれつまり私やん!?


 どう考えたって私じゃない!?


 思わず水中で誰に見られてる訳でもないのに顔を隠してしまう。


 そりゃそうである。普通、近隣の生活圏に巨大怪物が出たら調査するに決まってる。近くの街は、湖の調査能力とかなかったのと、私があえて姿を見せて観察させていたから経過観察に留めていただけで、別の現地住民の集落からすると、存在が確定してはいるが接触の無い危険生物という扱いになるのは間違いない。


 人間の感覚でいうと、街内にしばしば巨大ヒグマが出現していたという訳で、実際に目の前にしても何もされなかったら現地の人は観察モードになるが、隣町の人とかなら不安がって猟友会や警察に相談する、そんな感じになるのは不思議ではない。


 となると彼らは、害があるのかないのか今一つ微妙なラインの最近出現した巨大怪物である私の調査に出向いてザリガニどもに襲われたという事で、私の行動は助けたというよりも自分で蒔いた種を自分でフォローしただけである。そりゃああちらの反応も微妙な訳だ。


 これに関しては私の考えが甘かった。これだけ広い湖だ、接している集落も一つじゃなかったろうし、同じ霊長同士、情報のやりとりだってあるはずだ。そのあたりを考慮せず場当たり的な対処にとどめていた私の判断ミスである。


 最悪、危険な動物とみなされて駆除対象になっていた可能性だってある。異種間スローライフというのは実に難しい。


 しかしそうなると困った。


 彼らが現時点で私にどういう判定を下すのか分からないが、このまま接触するのは時期が悪いだろう。一旦距離を置いて、彼らがどういう判断を下すのか見守る必要がある。もし私に敵対する選択肢を選ばれた場合、この近隣には可能な限り近づかないようにしなければならない。


 ここは一旦引いて、違う場所の調査を行う事にしよう。


 そうと決まれば善は急げ。私は彼らに気が付かれないよう、ひっそりと、しかし急いでその場を後にした。



 港を離れた後、私はそのまま、たぶん北だと思われる方向に向かって探索を続けた。岸部には、かわらず整理整頓された林業の農地と思われる山々が広がっている。相当広い区域が、産業の対象になっているようだ。だがこのあたりまでくると、木が切り倒され、整理中の区画も目立つようになってくる。霊長達が切り株などの処理をしているのを遠巻きに観察しながら、発見されないように通り過ぎる。


 この時代、まだコンクリート等は一般的ではないようだ。コンクリートの原料そのものは特別なものではないし、現実でもその歴史は古く帝政ローマではすでに使われていた、なんて話がある。まあローマについては文化の特異点というか、正常に発展していた技術や産業がローマの滅亡と共に禁書されてしまい失われたのであまり引き合いに出すのは適切ではないかもしれないが、とにかく霊長達は主に木材か石材を建造物に使っている。


 それを考えると、林業というのは一次産業としては非常に重要であるはずで、現代の価値観からすると驚くほど広い範囲で行われているのもそう不思議ではない。しかし、これだけの範囲の土地を計画的に使用し、木材を生産しているというのは驚きだ。


 前世で林業が盛んだった地域でも、ここまで計算的に生産を管理していただろうか?


 言うまでもなく木々の成長には長い時間がかかる。その間に生産者側も代替わりしていく訳で、それを産業として成立させ、自分達も食べていくには綿密な支出計算が必要だ。旱魃や豪雨災害で計画が狂う事もあるだろう。それを踏まえて林業で食べていくには、それこそ国家側からも大きな支援が必要だというのは想像に難くない。


 恐らくは林業そのものが国家産業、かつ何百年も続いている。


 それはすなわち、この世界に産業の大きなブレイクスルーが数百年単位で起きていないという事にもなる。前世のホモサピエンスと比べると、技術発展の速度や勢いに差があるのかもしれない。その差がどこから来るのかは興味深いが、かといってそれだけで彼らがホモサピエンスに比べ原始的か、といわれると否である。彼らには彼らのよい所があるし、上下を決めるものでもない。


 この世界の霊長達。彼ら自身についても、興味は尽きないばかりである。


 と、そんな事を思索しながら泳いでいると、水の匂いが変わってきた。


 少し水の色が緑がかってきた気がする。同時に、急に水温が下がってきたような。


「ググゥ……?」


 気のせいではない。明らかに水温が下がっている。


 しかしいくら北方に向かっているとはいっても、こんなに急に気温が下がるものだろうか? あるいは大規模な湧き水の湧出口が近くにあるのかもしれない。


 気が付けば、周囲の植生も変わってきている。明らかに管理されていない藪に覆われた山間部が目立つようになり、下草が生い茂っている。岸部近くの水面下には水中の草原のように水草が揺れ、その間に小さな魚達が身を潜めているのが見えた。


 水温が低下したのと半比例するように、水辺の生態系が急激に穏やかになった印象。あのピラニアシーラカンスのような大型の肉食魚類が、ここでは数を減らすようだ。


 ……少々、妙である。生物というのは、よほど限定された環境でない限り、寒い場所ほど大型化する傾向にある。その分多くの熱量を体にため込めるので、寒さに強いからだ。だが水温はあきらかにどんどん下がっていくのに、見渡す限り、生育している動物は小型化する一方だ。


 このあたりで私のお腹を満たすだけの糧食を得るのはなかなか大変そうである。もう少し確認したら引き返した方がよさそうだ。


 現地住民の目が無さそうなのを確認して、水上に背びれを出す。寒くなってきたので、背びれで太陽の光を受けて体を温める。こういう時にこれは本当に便利だ。水温が下がってきていても、二連太陽の突き刺すような日光は健在なので、たちまち指の先まで温血が通う。


 とはいえ、進んでもあまり光景に変化はない。そろそろ引き返すか……? そう思い始めたあたりで、敏感な鼻先の感覚が、不自然な水の流れを感じ取った。


 それにつられてるように進むと、その先に、一つの支流を発見した。ざあざあと川の流れが、湖に注ぎ込まれている。


 これは発見だ。必ずどこかにあるとは思っていたが、この湖に合流する河川をようやく見つけた。





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