第25話 住民船を救助せよ!
そこにあったのは、一隻の船だった。それもただの船ではない。頑強な木材をふんだんに使い、攻撃的な意匠を施されたそれは、恐らく軍艦の類だろう。
全長はおよそ20m。デザインとしては、前世でいう北欧のバイキング船に近い。ただ風のほとんどない湖の活動を想定してか帆らしきものはなく、ムカデの足のように無数のオールが側面からはえていた。側面にカルバリンがずらりと並んでいるという事はなく、頑強に作られてはいても敵船との直接戦闘は想定していないようだ。あるいはこの世界ではまだ、火薬は一般的ではないのだろうか?
しかしそんな船は現在、大きな窮地にたたされているようだ。
船を動かすためのオールに、2,3m前後のザリガニ達が群がっている。それらがハサミでオールを動かないように押えており、さらに何匹かはそのままオールを登って船上に乗り込んでいる。また水中、船底には10m級のザリガニの影が見え、どうやらそいつがしがみついて船を傾けているようだ。
船上では鬨の声と金属が堅い物とぶつかり合う音が響いており、どうやらすでに乗り込んできたザリガニと船員との戦闘が勃発しているのが伺えた。
明らかに手助けが必要な状況だ。このままでは乗り込んできた小ザリガニに船員がエサにされるか、巨大ザリガニに船をひっくり返され皆湖に沈み、やっぱりザリガニのエサにされる。
「グルル……」
私としては特段、現地住民の肩を持つつもりはないし、それは不平等だとは思うが、しかし相手がザリガニというのなら話は別だ。敵の敵は味方、普段から脅かされている者同士、手助けするのはおかしな話ではないだろう。
「グルァアアアア!!」
雄たけびを上げて船に接近する。ザリガニ達に威嚇が通じないのは分かっている、今の叫びは船員たちに向けた者だ。彼らに状況の変化を知らせる為の一手。
案の定、船の縁から一人の船員が顔を見せる。
やはり毛むくじゃらの小さな体。例えるならリスだろうか? 頭にバンダナを巻き、白いシャツを羽織った背中に、背丈と同じぐらいの太く大きな尻尾がふさふさと揺れている。船員のつぶらな瞳が何ごとかと周囲を睥睨し、まっすぐ船に突っ込んでくる私の姿を捉える。
「わ、わぁ……?!」
目を白黒させて引っ込む船員。彼が呼んだのだろう、すぐさま複数人が確認に顔を出して、白目を剥いてひっくり返るのが見えた。
残念ながら優しい言葉をかける暇も声帯も私には無い。船に近づいた私はそこで一度水中にもぐり、船底に取り憑いている巨大ザリガニの姿を確認した。
数は3。どれも10m級の大物であり、以前の私であれば手に余る相手だ。
だが今の私からすれば、どうという事はない。
背びれのタービンを起動する。ライトニングアーマーを纏った私は、そのまま一匹のザリガニに体当たりをかました。そのまま強化されたパワーで無理やり船底から引きはがす。脚が二本ほど、船底に爪をかけたまま本体から引き千切れた。
引きはがされたザリガニは彼我のパワー差を感じたのかそのまま湖底へと逃げていく。だがそれを見ていた別のザリガニが鋏を振りかざして私に襲い掛かってきた。その一撃を左腕で受ける。
ミシミシと鋏が閉じられ私の腕を取り押さえようとしてくるが、それに構わずザリガニを引き寄せ、その顔面に右手を叩き込んだ。爪先が口吻部周辺の脆弱な構造部を突き破って食い込むのを確認し、ライトニングアーマーの出力を上げる。
たちまち私の全身を覆う雷撃が激しさを増す。確かに水中に無制限拡散してしまうなどの電気的特性はこの状態では持っていないが、無害、という訳ではない。迂闊に触れればそれこそ電気を流されたようにビリビリバチバチするというのは変わらない。それを叩き込んだ爪から高出力で流されれば、どうだ?
ビクン、とザリガニが大きく身を震わせる。生物的に重大な危機を感じたのか、鋏を自分から離し、そのまま私から逃げるように水中へと戻っていく。
あとは一匹。
その姿を探す私だったが、その最後の一匹が背後から襲い掛かってきたのに気が付いた時には手遅れだった。背びれを鋏でつかみ、巨大ザリガニがのしかかってくる。
「グルゥウウ!?」
痛い痛い痛い! 背びれの皮膜にも痛覚あるから普通に痛い、耳たぶをペンチで挟まれたような激痛がする!
ライトニングアーマーで防御力が上がってなかったら間違いなく引きちぎられている。それは幸いだが、どうやら相手はこちらの電撃防御を意に介した様子もない。そんな気がしていたが、やっぱりハサミは分厚い甲殻に覆われてるのもあって反撃効果が薄い。
おまけにしっかり背びれを掴まれているので振り払えない。割とヤバイ状態でマウントを取られている。
このままでは反撃もままならない。何せ水中ではライトニングブレードは使えない、ショートして自爆してしまう。なんとか浮上しようとするが、ザリガニはどうやら私を水底に沈めるつもりらしく、上から圧力をかけてきて身動きが取れない。沈まないのがやっとだ。
どうという事はない、なんて事はなかった。普通にどうにかされてしまう、ヤバイ。
何かないかと視線を巡らせた私の目に、ザリガニが離れた事で傾きを立て直しつつある船底が目にはいった。その船底には、竜骨が峰のように張り出している。
……ゴメン!
私はその竜骨に手を伸ばしてしっかりつかむと、懸垂の要領で体を大きく振り回した。背中に張り付いているザリガニが振り回され、振りほどかれまいと背びれを掴む力を強くしてくるが、狙いはそっちじゃない。大きく振り回されて、私を沈めようとするザリガニの力が弱まる。
今だ。
私はグラグラ激しく揺れる船底から手を離し、船から少し離れた場所に一気に浮上した。湖面に飛び出すようにして身をのりだし、背びれごとザリガニを水上に引きずり出す。
ちょっと厳しいが、この状況ならライトニングアーマーを併用すれば!
「グァアアア……!!」
頭がギンギンするほど意識を集中させ、今できる最大出力でタービンを稼働させる。ライトニングアーマーとブレード、その双方に等しく大電力を生成。視界が青色に明滅する。
背中のザリガニはこの後に及んで鋏を手放すつもりはないようだ。だったら、こちらも手加減する必要はない。
「GAAAAAAAAA!!!」
ライトニングブレードを高出力で放射。同時に、ショート等の発生による自傷ダメージを、ライトニングアーマーで相殺する。
直後、私は水上で発生した水蒸気爆発の爆心地と化した。
◆
「グルルル……」
火傷、鱗剥がれ、電気的火傷、打撲。今現在私の負傷ステータスはそんな感じだろう。
普通に痛い、水が沁みる。ショートはともかく爆発が起きるのは想定外だった。電流で水が水素と酸素に分解された所に引火でもしたか? しかし実験室のフラスコ内部ならともかく、ここは広大な湖だ。そんな事にはならないと思ったのだが……ライトニングアーマーを併用したのが変に作用したのだろうか。
もしかしたら爆発で背びれが千切れたかもしれない。そう思って振り仰いで確認すると、幸いにして背びれは縁がちょっと切れたぐらいで大きなダメージはないようで一安心する。が、痛い物は痛い。
痛みに涙目になっていると、真っ黒な消し炭のようなものがぷかぷかと眼前に流れていた。炭化した木の実みたいな。
「ア゛」
慌てて首元に手をやって確認するが、当然何もない。視線を戻すと、私のお弁当だったものは湖の波に呑まれて沈んで行ってしまう所だった。
「グアアア……」
なんという事だ。肩を落としつつ、状況を確認する。
当然と言うべきかなんというか、背中にしがみついていたザリガニは木っ端みじんだった。超至近距離、減衰ゼロのライトニングブレードを食らったあげくあの爆発である、さもありなん。巨大な胴体も消し飛んだのか見当たらず、黒焦げになった脚がぷかぷかと浮いているばかりである。そのうちの一つ、半分くらい消し炭になっているそれを拾い上げて齧ってみる。
……火が通っていて旨い。今日はこれをお昼にしよう。
炭になった部分を避けてエビ脚を齧りながら船の元へ向かう。
船は私に揺さぶられたのと近くで起きた爆発による波の影響を受けてか、ぐわんぐわんと激しく揺れていた。だがとりついていた大型ザリガニが排除されたおかげで大分体勢は立て直せているようで、船上からは鬨の声と共に1m前後のザリガニが湖に突き落とされていく。それでも多数のザリガニがオールに絡んでいるせいで身動きが取れないのは変わらないようだ。
私はオールにしがみついているザリガニに手を伸ばすと、そのまま毟り取り、ムシャムシャと腹だけ齧って湖に放った。これだけいれば食べ放題である。普段は湖の生態系への影響を考えて暴食は控えているが、こいつらに関わったせいで痛い目に遭うわお昼は台無しになるわで今日は散々である、多少元を取らないとやってられない。
新鮮なエビ肉の甘味に舌鼓を打っていると、船上でこちらを茫然と見つめている霊長と目が合った。
やあ、と手を振り返すと、彼らは一様に泡を食ったようにすっころびながら船内に逃げていく。
ザリガニの数が減った事で拘束から免れたオールが、一斉に駆動を開始する。バシャバシャ至近距離から水をかけられて、私は思わず船から距離を取った。
その間に船は船首を巡らせ、私に背を向けて逃亡する構えを見せる。見た所オールは船内の人間が操作しているのではなく、歯車か何かで一括管理されているようだ。ただ、蒸気機関の排煙とかは見当たらない。中で何かしら、別の動力が働いているのだろうか。
そういえばこの霊長達はそろってリスに似ていたと思い返す。連想ゲーム的に、船内で走り車を複数のリス人間達がせっせと回して動力を生み出しているみたいな絵面を思い浮かべる。
いやあ、流石にないかな、それは。
というか動力でオールを動かすならパドルにすればいいのに。その発想がこの世界では出てこなかったのだろうか。私が普通に霊長であったなら船の動力回りで現代チートできたのになあ、などと益体もない事を考える。
そうこうしているうちに、船は慌ただしく霧の中に姿を消した。向かう方向はだいたいわかっている、私は水中に身を沈めると、そのまま船の追跡を開始した。
せっかくだ。彼らの拠点まで案内してもらおう。
湖底が近いのでザリガニにご注意を。深みから船底を見上げながら、その後をゆっくりついていくスニーキングミッションが始まった。
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