第24話 ライトニング


 軽くストレッチをして、神殿の外に出る。廃墟の中を探索し、湖上に足場のように屋上が突き出ている場所に上陸する。周辺には折れた柱がぽつぽつと水面に顔を出しており、標的にはちょうどよかった。


 軽く深呼吸をして、背びれに意識を集中する。


 イメージするのは、高速で回転するタービンだ。あの日以来、物理的には存在しなくともたしかに存在する発電器官の始動を行う。呼吸と共にタービンの回転数が上がっていき、体のうちに確かな力が満ち満ちてくるのが分かる。


 眼下の水面に映る自身の姿を確認する。


 形状的には変化はない。だが背びれは内側からの青白い発光でうっすらと明滅しており、体表にはパリパリと電流が走っている。見れば目も内側から光り輝いており、どうにも視界がピカピカするのはこのおかげのようだった。ちなみに夜に使うと暗闇を照らすというよりも視点と光点が一緒になって目の前が真っ白、何も見えないというオチに終わった。目から電撃とか出してたらどうなってたのやら。


 まあとにかく、あの飛竜戦で目覚めたこの雷の力。戦ってる時は漲る闘争心と変な万能感に酔って深く考えなかったが、これは一体なんなのだろう。


 所謂魔法の力という奴なのだろうか。よく見れば、目の中になにか魔法陣のような物が浮いているような気がしなくもない。あの飛竜も口から火を吐くというより、厳密には口の中に生じた魔法陣から火を放っている感じだった。


 当然だが、この魔法陣、私が意図して展開している物ではない。文様の意味とか、全然分からないし。そうなると自然に発生した事になるのだが、そんな事があり得るのだろうか?


 確かに、本能に従った結果、美しい幾何学模様を描く生物もいる。海底に大きな砂の巣を作るフグの仲間、綺麗な六角形を組み合わせて巣を作るミツバチ、色々いる。


 この魔法陣もそういった、自然の力の発露による結果なのだろうか?


「グルルゥ……」


 結論を出すにはまだ情報が足りない。


 私は気持ちを切り替えた。原理は気になるが、今は現実に存在するこの力を、上手く使いこなせるかが大事だ。


 飛竜戦の時を思い出しながら、タービンの回転数を上昇させ背びれに意識を集中させる。狙いは、三つ向こうの湖面から突き出している柱。それにめがけて、電撃を放出する。


「グァア!」


 いくつもの雷撃が束ねられて背びれから放射される。それらの電流は空気中で拡散しきる事なく、ある程度の収束性をもって狙った柱へと降り注いだ。


 アイディア元に肖り、ライトニングブレードと呼んでいるこの雷攻撃だが、射程はおよそ30m前後。それ以上遠くは電撃の収束を維持できず拡散してしまい、威力が激減する。貴重な遠距離攻撃ではあるが、いささか射程は物足りない。もし飛竜が空中へ逃げていたら手も足もでないままだったろう。どちらかというと飛び道具よりも、名前通り長大な剣を振り回している感覚で使った方がいいのかもしれない。これもまた、元ネタや命名に性能が引っ張られている可能性もあるが。


 そしてほかにも問題は多くある。


 放った電撃が狙った柱に落ちたのは全体の六割ぐらい。残りは、別の柱に吸われるか、収束からもれてあらぬ方向に飛んで行ってしまった。


 魔法じみた力で生み出された電撃であれど、物理法則にはある程度従うらしい。抵抗の大きい空気中ではまっすぐ進まず、尖った物や金属には吸われやすい。特に標的との間にそれらの条件を満たす物があると、最終的にはかなり減衰してしまう。


 出力を安定させるとなると、標的に尖った金属でも埋め込まないと駄目だろう。飛竜戦の時、現地住民がアシストしてくれた時のようにだ。


 ただしかし、この力は物理法則にしたがうばかりでもない。


 内面を切り替え、放出から滞留に電撃の扱いを変える。背びれの発光はやや落ち着き、代わりに全身の鱗が内部から一定のリズムで発光するようになる。体表には、先ほどまでと違って細やかな電流が留まっている。


 ライトニングアーマーと名付けたこれは、飛竜との闘いの終盤、肉弾戦に用いた力だ。一見すると全身に電撃を纏っただけのように見えるが、この時は背びれからの放出とは逆に、物理法則よりも、源となる力の方に性質が近いらしい。


 指先をそっと湖につけてみる。


 普通であれば、たちまちショートを起こしてしまうがその様子は無い。それどころか、水中で指先がパリパリと光を放っているのが見て取れる。指を戻し、手元で水滴を弄ぶと、細かな水滴はパシュンと弾けて消滅した。


 飛竜と掴み合った時もそうだったが、この全身に纏っている雷は見た目だけだ。組み合った飛竜が感電している様子もなかったし、今のように水につけてもショートしない。だが、自分以外の存在を排斥する防御力場としては機能しているようだ。また、ライトニングアーマー展開時は妙に力がみなぎる感じがする。力の源が、生命力の賦活にも働いていると考えるべきだろう。


 そうなると、この現象を引き起こしている力は何なのか。単純に生体電気だとか、生命力とは違うはずだ。魔力、で片付けてしまうのが一番簡単なのだろうが、それは科学文明に生きた前世を持つ者として敗北を認めてしまうのと同義だ。


 少し考察してみよう。


 まず、私の肉体そのものに、そういった力を生み出す器官が存在している訳ではない。それはまず間違いないだろう。だが、私自身から、電気的な力が生み出されているのもまた事実だ。


 気持ち的にはタービンを回転させるイメージでこの能力を発動しているのだが、これも恐らく私が前世持ちだからだろう。電気=タービンで発電という固定観念があったからの話で、例えばそういうのにまったく縁がないこの世界の生命なら違うイメージで力を発動しているであろう事は間違いない。しかし実際のところどうなのかは、同じ力を使える霊長と会話してみなければ分からないだろう。


 また、飛竜はこの力を炎として発現していた。そして私も、恐らく雷以外の力も使えるのではないか、と考えている。今はもうさっぱり遠くに消え去って欠片も掴めないが、飛竜戦でこの力に目覚めかけた時、私は自分のうちにいくつかの可能性を見た。恐らくそこで違う可能性を選んでいれば、あるいは炎、もしくは水といった力を使う事が出来たのかもしれない。


 さらに言うと、この力を魔力、といった概念で片付けるのにも違和感がある。MP、という言い方すればわかるだろう、源が自らにあるのなら、使えば使うほど減っていき、枯渇する事もありえるはずだ。しかしこの力を使う事で、自分の何かが減っていく感じもない。強く使う事で疲弊するには疲弊するが、それは制御とか気合を入れたからとかそっち方向の消耗で、ただ使う分にはタダのような感じだ。


 どこか別の場所からリソースを引っ張っている気がする。それがどこかは具体的には分からないが……思うに、前世の世界の物理法則に従っている限り、この謎は解けないのではないか?


 確かに、この世界は前世と似ている。だが別物だ。


 それは空に浮かぶ二連太陽が何よりも証明している。太陽が二つある事さえ、よく考えてみれば恐るべき違いである。ならばこの世界の物理法則や世界のありようが、細部において大きく違うのも、不思議ではない。


 いかんせん、私はこの世界への知識が不足しすぎている。その状態で考察を進めても、素人の勘繰りにしかならないだろう。最悪、何か致命的な見落としをして、かえって自分の首を絞めかねない。


 今現在はっきりさせておくのは、ライトニングブレードとライトニングアーマーの性質の違い、そしてこれらの使用においてエネルギー的な制限はないが、出力的な制限はあるという事だ。そしてそれは使ってくる相手にもいえる。もし今後飛竜のような相手と遭遇した時、相手のガス欠を待つような戦いはただ不利を招くだけという事である。


 超常の存在同士の戦いは、正面衝突こそが最も勝利に近い。相手より一歩多く踏み込み、一つでも多くの傷を負わせた方が勝つという事だ。


 それを考えると、まあ飛竜に勝てたのは本当に幸運だった。その前提でいうと、飛行能力を持つ飛竜はあまりにもぶつかり合いに有利だ。不利な局面は拒絶し、常に一方的に自分が有利な盤面でのみ攻撃を仕掛けられるのだ。多少体格で勝ってるぐらいでどうにかなる相手ではない。現地住民の助けが無ければ負けていただろう。


「グルル……」


 飛竜の戦いを顧みて、まだ見ぬ強敵に思いを馳せる。


 今日は、湖の未探索エリアに進出する予定だ。何事もなく終わればいいのだが。



 二連太陽がもう少し上に昇り、水面の温度が上昇したのを見て、私は湖に乗り出した。


 首にはお弁当代わりの木の実をボロ布を風呂敷代わりにしたのをくくりつけて、水面にイカダのように浮きながら進んでいく。


 チラチラ湖中を確認する事を忘れてはいけない。このあたりに棲んでいるザリガニは基本的に湖底を活動範囲とするが、何かの拍子で浮いてくる事もある。なお、ザリガニの最大サイズはここ最近更新され、神殿から遠く離れた場所で20m級の怪物みたいなサイズが浮上しているのを目撃した。あそこまでいくと完全に怪獣である。電撃の力を得た今ならそうそう負けるつもりはないが、以前の私があれと接触していたら完全にアウトだった。


 しかし一体この湖のザリガニどもは何なのか。


 前世の話だと、ザリガニだのロブスターだのは、脱皮によって内臓にいたるまでリセットする事が可能なので、理論上寿命が無く、無制限に大きくなると聞いたことがある。ただ実際には、大きくなればなるほど脱皮の失敗率が高くなり、どこかで失敗して命を落とすからそこが事実上の寿命だという。大きくなれば殻も分厚くなり、割れなくなってしまうのもある。


 ここのザリガニはその問題を何らかの方法で克服した、という事なのだろうか。小さい奴は普通に前世で見慣れたサイズもいるし、成長が早いとか生まれた時の卵のサイズがそもそも大きいとかはあるかもしれないがやはり物理的に考えるとおかしい。


 また思考がそれた。とにかく、いくらスピノサウルスの肉体と電撃パゥワーを手にしたと言っても調子に乗れるほどここの湖はレベルが低くないという事である。


 というか、スタート地点としてやっぱおかしいって、ここ。


 現地住民が全く湖に乗り出さないのもそれを知っているからだろう。街に住んでいた毛玉達は、身長も家もホモサピエンスの半分ぐらいだから、彼らの体感サイズは私の倍ぐらいになるはずだ。全長20mだの40mだのの甲殻生物がうろついている魔の湖になんて、頼まれたって近づきたくないだろう。


 おまけに琵琶湖を思わせる巨大湖だ。いや、体感だと琵琶湖なんてほぼ海だし、どっちが大きいかなんてわからないが、普通に水平線がある湖だし相当デカイはずである、ここ。迂闊に漕ぎ出したら岸部に帰れなくなる事請け合いである。私も何度かやらかした。


 幸い、あの神殿は近づくとあたりが急に曇り始めるという不思議な特徴があるので、だいたい近くまでいければ帰れるというのは非常にありがたい。そして今思うと、これも多分、私の電撃と同じような不思議な力の一種によるものなのだろう。


「……グルゥ?」


 そこまで考えて、私ははたと違和感を感じた。


 なんだか、おかしい気がする。つじつまが合ってないような違和感。


 頭を捻るが、答えは出てきそうで出てこない。スピノサウルスになってから頭を使う機会が極端に減ったからだろうか、時折深く考え込むとこう、何か閃きそうで閃かない。


 なんだろう……。


「グァ」


 まあ、考えてもわからないのなら重要なことではないのだろう。


 それよりも私は前方に意識を戻した。そろそろ岸が近いはず。


 湖面にはうっすらと霧が立ち込めており視界はかなり悪いが、それでもやがて霧の向こうに霞みがかった黒い影が見えてくる。


 まず気にするべきは水面下だ。岸部に近づけばそれだけ湖底も浅くなる、すぐ近くをザリガニが活動していないか要チェック。特に、砂の上でヒラヒラピカピカしている物があったら距離を取る。流石に一度えらい目にあったので懲りた。


 ザリガニの姿が見えない事を確認し、岸部に近づく。岸に近づくにつれ湖底は石が増え、大きな岩が転がるようになる。その陰にピラニアシーラカンスが隠れているのも一緒だ。


 見えてきた岸部は、植生が私の知っている範囲と聊か異なっている。これまで活動していた範囲では広葉樹が目立っていたが、こちらは針葉樹が多く生えているようだ。岸部近くには松を思わせるネジくれた枝をもった木が多く生えているが、少し奥にいくとまっすぐ、それこそ柱のような幹を持った大木が均等間隔で聳え立っている。


 明らかに自然に生えた感じではない。人の意思が介在している。


 それに、木々の根元に藪の類が全くない。綺麗に整理された林は、かなり奥まで一目で見通せる。木々の成長具合もそろえられており、同じ時期に植えられた事が見て取れる。


 これは驚いた。


 恐らく、この近辺の木々、林業関係のものと見受けられる。


 思えばあの街の建築物も、主原料は木材と石だった。特に木材は育てないと手に入らないものなので、どこかで林業が行われているのは明白だったが、しかし湖を挟んでほぼ反対側でやってるとは思わなかった。


 しかし、考えてみると理にかなった話である。古来、林業で切り出した木材は川に流して運搬していたと聞くが、ここなら湖を利用できる。沖合を横断する事はできなくとも、岸部近くはピラニアシーラカンスぐらいしかいない。湖の畔をぐるっと移動すれば、陸上を運搬するより大幅に手間を短縮する事ができるだろう。あの街の建築物に使われていた木材もここで採れた物、という可能性が高い。


 となると、このあたりにも霊長が住んでいるのだろうか?


 このまま上陸したら近隣にいる彼らを驚かせてしまうかもしれない。私は耳を澄ませて、話し声か何かが無いかを確認した。


 と、確かに声が聞こえる気がする。


 相変わらず何を言っているかわからないが、何かしらの意味があると聞き取れる彼らの言葉。だがしかし、聞こえてきたそれは焦燥に満ちた響きを帯びていた。


 それも陸じゃない。湖の方だ。それもよりにもよって、沖合の方。


 私は踵を返し、霧の中に舞い戻った。聴覚を頼りに、声の元へ急いで向かう。


 やがて霧の中に一つの黒い影が浮かび上がるのが見えた。声の主はそれだ。霧越しでも詳細が確認できる距離まで近づいて、私は予想外の物体に目を見張った。

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