第21話 現地住民の視点5


 抜かった。


 草原を一人ひた走るレギンの心は焦燥に満ちていた。


 近隣の街を襲ったという飛竜の調査の為、二人の弟子を伴って街を離れたのが今朝がたの事。


 到着して調査を始めたレギンは、直ぐに被害の歪さに気が付いた。


 確かに大きな被害は出ている。だが、本格的に飛竜が住み着いたにしては、被害が小さすぎる。さらに、近隣には飛竜が生息するに十分な地形条件が満たされていなかった。


 何より決め手だったのは、救援のために使いをだした二日前から飛竜が姿を見せていないという町民の話。


 囮だ。


 年経て知恵を蓄えた飛竜は、時に獣と思えない策略を巡らせる事がある。


 長生きすれば、冒険者の脅威も、その生態もある程度把握するだろう。強力な冒険者は数が少なく、遠方からやってくる者がほとんどだと知っていれば、適当な場所で騒ぎを起こして冒険者を引き寄せ、自分はその間に本命を襲撃する。飛竜はそれぐらいの知恵を働かせる事が出来ると、レギンは経験で知っていた。


 故に、彼はすぐさま弟子二人を街の防衛に残し、自らは急ぎセルヴェの街に戻った。近隣で一番大きな街であるセルヴェが狙われる可能性は高い。


 その予想は、街にある程度近づいたところで騎獣が進むのを拒絶し始めた事で確信にいたった。飛竜は独特なにおいを放つ、家畜がそれを感じ取って怯える事もままある事だ。


 無理に進ませても時間を食うだけだと即断し、レギンはそこからは走って街に向かった。


 鍛えた冒険者といえど、騎獣のそれに比べれば聊か足は劣る。ロスした時間に、彼の心に不安と焦りが募っていく。


 そしてそれはやがて街が遠くに見え、その街並みが黒煙に覆われているのを目の当たりにした事でますます大きくなった。


 ただのボヤ騒ぎではないだろう。放火によるものと見るべきだ。そして、今の状況で火を放ったのが何か、考えるまでもない。


 だが大前提として、飛竜に限らず、生物は火を噴かない。魔獣とはいえ、物理法則の超越には限度がある。それでも炎を操るというなら……それは、マギア・ランクに達しているという事になる。


 いくらレギンが身に覚えのある冒険者といえど、一人で敵う相手ではない。


 だがそれでも彼は脚を止める事はしなかった。


 彼は生きるために冒険者(根無し草)をしているのではない。冒険者(チャレンジャー)であるために、生きてきたのだ。


 そうして悲壮な覚悟を決め、過酷な防衛線の痕跡が残る防壁を越え、街に戻ったレギンは、しかし。


 “二つ”の雄たけびを目の当たりにして、思わず足を止めた。


「な、ん……?!」


 歴戦の冒険者らしくもなく、言葉もなく口を半開きにして立ち尽くすレギン。しかし、この場に他の誰かがいたとして、彼を責める事はしないだろう。


 街では、今まさに二匹の怪物が向かい合っている所だった。


 一匹は、濃緑色の鱗を持つ巨大な飛竜。間違いなく100年以上を生きた、レギンの戦歴にも覚えのない老齢にして歴戦の個体だ。マギア・ランクに達していてもおかしくない貫禄がある。間違いなく、ここ最近界隈を騒がせている人食い竜に違いない。


 そしてもう一匹は、見た事のない奇妙な姿の竜だった。


 鱗の色はエメラルドグリーン。深い森の奥を思わせる飛竜のそれと違い、キラキラと輝く水面のような色合いだ。前足も後ろ足もよく発達した陸戦タイプで一見すると地竜に似ているが、よく見ると前足は地につけておらず、後ろ脚だけで直立二足歩行している。また背中には何に使うのか、船の帆のように発達した背びれ? 翼? のようなものが大きく広がっており、見た目上の最大の特徴になっていた。顔は少し細長く、鋭い牙が無数に口元に並んでいる。


 間違いなく初めて見る竜だ。だが奇妙に見覚えがありレギンは困惑する。ややあって、その竜はかつて湖で見かけたソレと、街が保護したオルタレーネという少女が語っていたある存在の特徴と合致する事に思い当たる。


 スピノ様、と彼女はいっていた。


 これがそうなのか。サハラの湖に突如現れた、推定神獣クラスの巨大竜。話に聞いて抱いていたイメージより遥かに大きい。対面の飛竜も規格外レベルのサイズのはずなのに、それと比べても見劣りしないどころか上回っている。


「あれが……スピノ……」


 そんな二匹の怪物が、街中で対面している。


 さらによくみれば飛竜の左足の太ももには巨大な歯型が並び、止まる事なく血が流れている。大してスピノの方も右手に血を流している。双方痛み分けの様相であり、敵対関係にあるのは見て明らかだ。


 だが何故?


 何故、スピノと飛竜が戦っている?


 困惑するレギンの前で、二大怪物は互いの隙を伺っている。セルヴェの街は二階建ての建物が多く、その上を移動して間合いを維持する飛竜に対し、スピノは地面の上、石畳の道路を移動してそれを追いかけている。飛竜が移動する度に足場になった建物の二階がへしゃげて強制的に一階建ての建物にリフォームされているのに対し、飛竜は道に転がった椅子やテーブルを避けるように移動している。明らかにスタンスの異なる両者の振舞に、レギンの頭に何かが思い浮かびそうになる。


 そのもやもやとした疑惑が形になる前に、事態は大きく動いた。


 飛竜が大きく息を吸い込み、口から炎を吐いた。


 いくら飛竜とて毒はともかく火は吐かない。喉の奥にちらりと見えた文様の輝き、やはりマギア・ランクであるのは間違いなかった。


 一方スピノはどうやら知らなかったらしく、無防備に炎を受けて大きく後退する。その隙をついて飛び上がった飛竜が、空中からスピノを強襲した。


「あっ!」


 スピノの背中が深々と切り裂かれる。大きな傷を負いながらも、スピノは素早く反撃し、飛竜はそれを避けて空中に逃げる。


 そこからは一方的な展開だった。空中から炎で牽制し、隙をついて飛竜が爪で襲い掛かる。スピノはそれに対し素早く対応してはいるが際どい展開が続く。このままではいつか致命的な隙をつかれるのは明白だった。何より、あの深い爪痕。出血も多く、持久戦では明らかにスピノが不利な状態に追い込まれている。


 と、そこで不利を悟ったか、スピノが背を向けて逃走する。ダメージによるものかその歩みは早くなく、飛竜は余裕をもって追跡する。


 しかし、セルヴェの街は全周囲を防壁で覆われている。スピノが逃走するにはその防壁を越えなければならず、その隙に今度こそ飛竜から致命打を見舞われるのは間違いなかった。


 どうするべきか、レギンは逡巡する。


 これまで街に迷惑をかける事はなかったスピノと違い、飛竜は明確に外敵だ。ここはスピノを救援に向かうべきではないだろうか。しかし、オルタレーネの話によれば高い知性を持っているといっても、所詮獣というのがレギンの認識だ。助けに来たという事を理解できるのだろうか、という疑問が残る。


 それよりは、スピノに飛竜がトドメを刺しにいった所でさらにその隙を突く方がいいのではないか。


 冷静に冒険者としてそう判断しながらも、レギンは二匹の怪物の跡を追う。


 レギンから見て、走るスピノの姿が街角の向こうに消える。その後を負う飛竜の様子を伺い、レギンは建物の角に身を伏せた。


 飛竜が通り過ぎたら、その真後ろにつく。背中の大剣に手をかけ、タイミングを見計らう。


 その時だ。


 悠々と飛んでいた飛竜が、突然空中で翼を広げて急制動をかけた。何事かと思った矢先、日の光を遮って巨大な影が宙に舞った。


 スピノだ。


 さっきまで背を向けて逃走していたはずの竜が、突如反転、空中に飛び上がって飛竜に逆撃を決めている。いつのまにかその手にはリーヴァー商店の大看板が握られており、飛竜が咄嗟に迎撃で放った炎をそれで凌ぐと、そのまま二体の怪物はもつれ合って街に墜落した。


「な、な……?!」


 地面を揺るがす大震動を這うようにしてやり過ごしながら、レギンは目を白黒とさせた。


 逃げたんじゃない。スピノは理性的に、撤退を演出して飛竜を壁際に呼び寄せたのだ。そして城壁を踏み台に三角飛びをして、空中の飛竜を叩き落しにかかった。反撃の炎も想定し、盾代わりの看板まで用意して。


 知性が高い、なんてレベルじゃない。まるで冒険者が怪物相手に策を練るような挙動だ。レギン自身、もし飛竜と戦う事になったら同じ事をするだろう。


 街に墜落した二匹は、建物をなぎ倒しながら揉み合っている。セルヴェの街は戦時も想定した計画都市ではあるが、巨大な怪物が内部で暴れまわる事は想定していない。彼らからすれば、レギン達の暮らす家など目に入らなくてもしょうがないか。スピノも周囲に気を使う様子もなく、振り回された長い尾が数件の家の屋根をまとめて吹っ飛ばした。


 見た所再び空に逃げようとする飛竜を、スピノがなりふり構わず抑えにかかっている。街の被害が尋常じゃないが、しかしここで飛竜を逃せばもはや取り返しが付かない。そこは目をつぶるべきだろう。


 スピノが敵か味方か分からないが、とにかく飛竜を仕留めるには今が好機だ。自らも戦闘に参加するべく、レギンは巻き込まれないようにしながら怪物達の暴走を追う。


 一瞬の隙をついて空に逃げようとした飛竜の尾を、スピノがわしづかみにする。そのまま力任せに振り回し、大きな屋敷に飛竜を叩きつけた。崩壊した建物にスピノも突っ込み、それに巻き込まれ倒壊した柱が、レギンの横をかすめて民家を押しつぶした。


 大惨事である。記憶が確かならあれは領主代行、青犬のマクガの屋敷だ。本人が巻き込まれていなければよいが。


 と、優位に戦いを進めていたスピノの動きが突如として停止する。


 何が起きたのか。咄嗟にスピノの視線の先を目で追ったレギンは、そこに縮こまって震えるマクガの姿を確認した。


 考えてみれば、当然の事だ。マクガの屋敷はこの街でもかなり大きい方だし、その分頑丈に作られている。事前に進攻を把握できる人同士の戦争ならともかく、突如空から降ってきた飛竜相手では屋敷に引きこもるのが最適解だ。彼がここにいるのはおかしい話ではない。


 おかしいのは、街が飛竜だけでなくスピノも参加した怪物同士の乱闘場になってしまった事だ。いくら頑丈に作られているとはいってもそれは人間基準の話、暴れる怪物に屋敷の守りはあまりにも脆かった。


 それはともかく、スピノだ。


 マクガの姿を確認した竜は、まるで突如狂乱から我に返ったように動きを止めてしまっている。そうなれば当然、抑え込まれていた飛竜も状況を確認した事だろう。


 その目が、下瞼を持ち上げるように細められた。にたり、という笑み。


 素早くのびた飛竜の首が、逃げ遅れたマクガを咥え込む。まるで弱い獲物を嬲るように、スピノにつるし上げたマクガを突きつける。


 どういう事か、それに対し一歩引くスピノ。


 何故。


 この状況、レギンであっても心を鬼にしてマクガを切り捨てるだろう。飛竜はそれだけの脅威であり、見捨てた所で誰も、それこそマクガ本人でさえ責めたりしないだろう。


 にも関わらず、スピノは剣呑な視線で歯ぎしりをしながらも、まるでマクガの身を案じるかのように動きを止める。それでも僅かな逡巡の後に、覚悟を決めたように身を低く構える。突進の前兆……その前に、飛竜は小石でも放るように、マクガの体を空に放り投げた。


「マクガ殿!」


 慌てて落下地点に走るレギン。だが彼よりも早く動く者がいた。


 スピノ。


 竜は宙に舞うマクガの姿を目にするなり、飛竜の事をほっぽりだして駆け出した。レギンとは比較にならない大きな歩幅でマクガに追いつき、労わる様に空中でその体をキャッチする。確保いたマクガの体を、壊れ物のように優しく地に卸す。


 その一部始終を、出遅れたレギンははっきりと見ていた。そして出遅れたからこそ、レギンはスピノを襲う悪辣な怪物の姿をも目にしていた。


「駄目だ! 避けろーーーーっ!!」


 スピノの抑えがなくなった飛竜はすぐさま飛翔、一瞬で高高度に到達すると、そこから急降下。位置エネルギーを運動エネルギーに変換し黒い旋風と化した怪物は、その勢いのままスピノの横から襲い掛かった。もはや黒い残像にしか見えない飛竜の恐らく脚による一撃をまともに受けて、スピノの巨体が真横に吹き飛ばされる。吹き飛ぶ進路上にあった建物を貫き、さらに反対側の通りまで吹き飛ばされた巨体は、そこにあった防壁の一つに衝突してようやく止まった。大質量の激突により石を積み上げて作った防壁が雪崩をうって崩れ、その下にスピノの巨体が埋まっていく。


 後に残るのは、堆く積まれた石の山だ。


 ……それは、ぴくりとも動かない。


「ガァアアアッ!!」


 飛竜が勝ち誇ったように雄たけびを上げる。


 それを聞きながら、レギンは強く、強く己の大剣の柄を握りしめた。強い圧力によって剣の柄が軋み、それによって内部に収められた媒体が起動。大剣が、魔力の光を帯びた。


 飛竜は一頻り勝鬨を堪能すると、腰を抜かして逃げ出せないでいるマクガにゆっくりと目を剥けた。真っ赤な舌でぺろりと口周りを拭いつつ、ことさらゆっくりと歩み寄る。


 戦いに勝利して少し腹ごしらえ、といったつもりなのだろう。


「これ以上の狼藉は、許さぬ」


 レギンは大剣を手に全速力で駆け出した。解放された闘気でその体が青白く輝いている。白い閃光と化したレギンは飛竜の足元に滑り込み、手にした大剣を振るった。


 しかし、その刃は空を切る。


 間一髪、レギンの闘気の高まりに反応した飛竜は素早く飛び上がり、その剣の直撃を回避していた。黄色い瞳が、地上に佇むレギンの姿を捕らえる。


「……白疾風」


 バヅン、と筋の断たれる嫌な音が響いた。


 見れば、飛び立った飛竜の左の翼、皮膜を支える骨芯の一つ。その先の鉤爪が切り落とされている。ぼとり、と鮮血と共に爪が地に落ちる。


 激痛に飛竜が悲鳴のような嘶きを上げた。人間でいえば指先の爪の半ばを、指ごと切り落とされたようなものだ。


 特に飛竜の翼は、風を捕らえ飛翔するための繊細な感覚器でもある。肉体全体での負傷の比率としては大したことがなくても、神経の集中した部分を骨ごと断たれれば、痛みに慣れている筈の野生の獣でも悶え苦しむ。


 空中でバランスを崩し落下しかけた飛竜が、墜落寸前で体勢を取り戻す。その視界が、再び高速で接近するレギンの姿を捕らえた。レギンは家屋や防壁を足場に跳躍を繰り返し、まっすぐ空中の飛竜に向かっている。


 それに対し、飛竜はブレスで応戦した。放射状に広がる炎が、空中でレギンの行く手に広がる。翼の無い彼は、そのまま自ら炎に飛び込み丸焼けになる、はずだった。


「甘い!」


 足場もない空中で、レギンの体が直角に飛んで炎を回避する。一瞬だけ銀色の軌跡を残し、ジグザグに飛び交ったレギンの刃が、再び飛竜の翼を狙う。機動に攪乱され、飛竜の反応がわずかに遅れる。


 大剣が飛竜の右の翼、その翼膜を深く切り裂いた。


「ガァア!?」


 苦悶の悲鳴を上げて、飛竜がバランスを崩して背中から墜落する。土煙の中に姿を消した飛竜を警戒し、少し距離を取ってレギンも着地した。


「上手くいったな……」


 荒く息を吐きながら、レギンはマクガに振り返る。


「今のうちに!」


「す、すまない!」


 マクガが走ってこの場を離れる。それを見送り、レギンは油断なく飛竜へと警戒を送った。呼吸は荒く、肩が大きく上下している。


 闘気を用いた身体強化、およびに物理干渉は剣士の18番だ。刀身より長い物を切り裂く事ができるのだから、空中で疑似的な足場を作って軌道変更したり、闘気そのものを推進力に変える事など容易い話だ。


 だが、身体の小さい“群れ成す人”はそもそもの闘気の蓄積量が少ない。その分体が軽く動きが早いため、要所で的確に闘気を使い省エネで戦うのが鉄則でもある。連続で闘気を消耗しての強引な力戦はレギンの得意とする所ではなく、僅か数秒の交戦で彼の蓄積闘気はごっそり底をついていた。


 多少感情的になっていたかもしれないな、とレギンは内省する。自分の不甲斐なさに対するいら立ちが戦いに現れていた。


 ここからが本番だ。気を引き締めてかからねばならない。


「ガゥルルル……」


 墜落で生じた土煙から、飛竜がのっそりと姿を顕す。残念ながら高度を落としつつあったため、墜落によるダメージそのものは極めて軽微なようだった。


 飛竜は苛々と右の翼の裂傷に目を向ける。再生力の高い魔獣であれば翼膜の負傷も数日あれば癒えてしまうだろうが、流石にこの戦闘中の回復は見込めない。すなわち飛行による離脱も封じられたという事はあるが、飛竜にとって逃走とは、面倒くさい事を避ける為のものでしかない。


 それを封じられたのなら、面倒だが目の前の敵を全て鏖にする、それだけの話である。


 骨芯を束ねるようにして翼を畳む。前腕の筋肉が膨張し、親指にあたる爪が大きくせり出す。形態を切り替えた腕をドンドンと地面にたたきつけると、飛竜は眼前に立ちはだかる小さな剣士に劈くような雄たけびを叩きつけた。


「ガァアアアアア!!」


「ここからは陸戦という事か……!」


 毛皮がビリビリと衝撃に震えるのを感じながら、レギンは大剣を構えなおす。僅かな指の震えは、恐怖か武者震いか。


 どちらでも構わん、と再度突撃の為に腰を落とす。


 対して飛竜も、質量にまかせた突進でレギンを叩き潰そうと翼をつき、地を這うような四足歩行の構えを取る。


 互いに、どちらともなく申し合わせたように一歩目を踏み出し……。


 直後。


 迸った壮絶な悪寒に足を止め、弾かれたように首を巡らせた。


「ガァッ!?」


「ぬっ!?」


 彼らにそうさせたのは、眼前の脅威……巨大な飛竜/自分を殺しうる剣士……に対するそれを遥かに越えた、まったく別の存在への警戒心であった。


 視線が向かうのは互いに同じ。


 崩壊し、山とかした瓦礫の山。かつて防壁だったそれは、中にスピノの巨体を埋めたまま、先ほど見た時から石ころ一つ動いていない。


 にも拘わらず、飛竜もレギンも、そこから目を離せなかった。


 パリ。


 パリパリ。


 小さな音に気が付いたのはどちらだったか。油の跳ねるような小さな音が、小波のように響いている。


 瓦礫の山に、青い光が這いまわる。複雑に捩じれ、のたうち回るように小さな光が幾筋も幾筋も。それに合わせて、大小様々な瓦礫の石が、細かく小さく震えだした。


 震えは瞬く間に伝播し、瓦礫の山全体が震えだす。やがてガラガラと石が崩れ始め、直後。




 雷が、地から空を貫いた。




 雷轟に、世界から音が消え失せる。迸る青い雷の中、巨大な影がゆっくりと瓦礫の中から立ち上がる。


 スピノ。


 飛竜に不意を打たれ絶命したかと思われていた怪物が、健在な姿を見せつけている。帆船の帆のような翼、エメラルドグリーンの鱗。だが以前と一つ違う点として、特徴的だった背びれが、青白く内部から光を放ち、棘からパリパリと青い電流を生じていた。電流は無作為に周辺に伸び、瓦礫の破片や折れた木材との間に忙しなく弧を描いている。


 瓦礫を払いのけ、スピノが踏み出す。一歩踏みしめる度に、波紋のように石畳の地面に電流が迸った。


「ガルルゥ……?!」


「むぅ……?!」


 電流を纏う威容に圧倒されて、両者ともに後ずさる。そんな彼らをよそに、完全に瓦礫から身を脱したスピノは、轟くような雄たけびを上げ、呼応するように電流が周囲に迸った。


「グルゥオオオオオオオ!!」

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