第22話 雷霆の翼


 意識自体は、割とすぐ戻った。


 すぐに動き出さなかったのは、少し気になる事があったからだ。


 飛竜の、炎を吐き出す魔法か何か。あれを見た時に、頭の奥に妙な確信を抱いた。


 私にも、出来るはずだ。


 理由は分からない。だが、他人のお手本をみて、なんとなく自分にもできそうだ、と閃いた、そんな感じだった。


 そのやり方も、なんとなくわかっている。


 目を閉じて、内面に埋没する。


 皮をひっくり返して、最奥にあるものを剥き出しにするイメージ。そうすると、私自身の中に、煌めく何かを見出す事ができた。


 一つではないそれを前に、しばし考える。


 スピノサウルスらしい超常の力、となると何だろうか。


 わずかに考えて、即座にイメージが浮かぶ。前世の私にとって、“ソレ”の絶対的無双は酷く印象に深かったらしい。なにせ具体的な対抗策が出るまでは完全無敵で、対抗策が出た後も無力化された訳ではなく、ちょっとでも対策を怠れば再び無双が始まるというインチキっぷりだったのだから、それはまあ印象に残っているだろう。


 背びれから放つ強烈な電撃。それこそがスピノサウルスの備える超常の力に相応しい。


 深く息を吸い込み、背中の背びれを強く意識する。


 これまでは熱処理関係、及びにオールの働きであったそれに、新しい機能を追加する。肉体には存在しない、非物質的器官が脈動を開始する。大事なのは形の無いをそれが、どういったものか強く意識する事だ。具体的であればあるほど、それは確かな力となる。


 思い浮かべるのは、発電機のタービンだ。発電の高効率の為に複雑な形状の風車を備えた回転装置。思い描いたそのイメージを、元ネタのそれと共に背びれに重ねる。


 カチリ、と認識が切り替わる。新たな感覚が、これまでも共にあったように魂に馴染む。


 おかしな話ではない。


 前世では人間であった私だが、この肉体になって新たに得た尾や長い首、背びれの存在に違和感を覚えた事はない。同じ事だ。この非物質的な器官もまた、私の肉体の一部には変わりないのだから。


 タービンが回転を始める。


 生み出された膨大な電力が、この肉体に満ちていく。


 その力を意識制御するのは、深呼吸に似ている。深く息を吸い込み、取り込んだ酸素が肺から血に溶け、体の隅々までいきわたるように。私の中で生成されたエネルギーが抵抗なく、爪や尾の先まで淀みなく循環するのを意識する。


 そう。私は今や恐竜発電所。


 奴が炎なら、私は電気を操るスピノサウルス。サンダースパイナーとでも自称しようか。


 さあ、リベンジマッチと行こうか。


<Vow Vow Vow……VOW!>


 高まった電圧が肉体に収まりきらず、余剰電力として放出する。大体この肉体に収めきれる電力と、発電量は把握した。それが多いのか少ないのかは比較対象が無いので断言しかねるが、恐らく今の私は30分もあればこの街を雷電によって消し炭にできるだろう。


 瓦礫を押しのけて立ち上がる。体に満ちる電力によるものか、明らかに膂力が増している。肉体に熱気と血とは別に、エネルギーが満ち満ちている。疲労困憊の時に大量のエナジードリンクでブースト決めた時のような、健康に悪い感じにハイになった気分。思わず叫びたくなってしまう。


「グルゥオオオオオオオ!!」


 ……変にやる気があふれている。経験則的に、調子に乗らずに速やかに片を付けた方が良さそうだ。なんだかやたらパリパリする視界で怨敵の姿を探す。


 ……いた。


 少し離れた場所にいる飛竜の姿を確認する。


 奴は翼を畳み、四足歩行のような姿を取っていた。その対面には、何やら小さな霊長の姿。


 初めて見る顔だ。ふわふわした毛皮に巻き角、柔和そうな顔で体にマントを巻き付けるように羽織っている。手には背丈の倍ほどもある大剣。よく使いこまれているらしく、黒ずんだ銀色の刃が陽光に反射してキラキラと輝いている。


 今はそろって私に視線を向けているものの、両者は互いにある程度の距離を置いて向き合っており、先ほどまで交戦状態にあった様子が見て取れた。


 状況がよくわからない。


 私が気絶していた時間はそう長くなかったと思うのだが、その間に一体何が?


 気合を入れて電気バリバリで出てきたものの、どう振舞えばいいのか最適解がよくわからない。困惑していると、先に動いたのは飛竜の方だった。


「ガアアアッ!!」


 轟く雄たけび。どこからしくもなく切羽詰まった響きのそれと共に、飛竜が首をもたげる。見覚えのある構え、火炎放射が来る。


 さきほどまでは逃げ回るしかできなかったその攻撃に対し、今度はどっしりと私も正面から向き合って構える。両足を軽く開いて四股を踏み、上半身を大きく前に倒して背びれを飛竜に向ける。すぅうう、と大きく息を吸い込み、体をめぐる力を加速させる。


「ガアッ!」


「グァアア!」


 豪、と飛竜のブレスが放たれる。尾を引いて向かってくる灼熱の炎。


 轟、と背びれから雷撃が放たれた。幾筋もの雷光がおおざっぱに束ねられ、前方に放射される。


 雷と炎、異なる二つの要素が激突し、鬩ぎ合って拮抗する。科学的に考えたら炎と雷がこんな風に干渉しあう筈が無いのだが、あくまで結果として炎や雷として算出されているだけで源は科学とは縁遠い不思議な力、としかいいようがないものである。その源の力同士が互いに干渉し合い、結果として雷と炎という違うレイヤーにあるはずの現象同士が鬩ぎ合っている、そう私は解釈した。


 そして拮抗しているという事は、まだ力が足りないという事である。私は歯を食い縛り、さらなる力を雷に投入した。電撃の青い輝きがますます強まり、周囲を青白く照らし出す。


 対して飛竜も負けじと炎の勢いをいや増す。


 ブレスと雷撃の衝突は互いに一歩も譲らない力比べの様相となった。衝突地点からは無数の火の粉が暴風のように飛び散り、あるいは無数の小さな雷撃が周辺に降り注いでいる。その惨状故か、飛竜と対面していた小さな羊の剣士もその場に身を伏せてやり過ごすのに精いっぱいのようだ。


 1分か、10分か、それとも30秒程度か。短いのか長いのか体感ではもはや分からない力比べは、突然終わりを迎えた。


 突如として、両者の間に生じる大爆発。力を振り絞る事に精いっぱいだった私はとっさに反応できず、爆風に押しやられるように後退した。飛んでくる小さな瓦礫から手で顔を庇う。


「グルゥ……?!」


 何事か、と混乱する脳裏で、現代社会人の私がさもあらん、と頷いている。いくらか知らないが高電圧に、青に達しないとはいえそれなりの高温の炎。電流で大気や周辺の物質が分解され可燃性ガスが発生し、それに炎が着火した可能性はそれなりに高い。あるいは、炎と電撃それぞれの源となる力が高圧で圧縮された事で変な反応を起こしたか。


 ともあれブレス対決では埒があかないという事だ。


 私は気合を入れなおし、体内に巡る電流を放出から滞留に切り替えた。全身にうっすらと青白い光を纏い、前に向かって踏み出す。


 ブレスが駄目なら肉弾戦だ。そして、恐らく奴も。


「グァアアアォッ!!」


「ガァアアッ!」


 私の雄たけびに返礼するように返ってくる、奴の咆哮。まだ爆発の影響で粉塵が漂い見通しのきかない爆心地点に暹羅に突撃し、あてずっぽうで右肩からタックルを繰り出す。


 煙の中で、大重量の何かと衝突した手ごたえ。電撃を纏った私のタックルは相手の体を打ち据えると同時に感電させ、しかし同時に奴の炎を纏った翼爪が私の鱗を切り裂くと同時に焼いた。


 衝突の余波で粉塵が吹き飛び、互いの姿を目の当たりにする。


 やはり、奴も同じ事を考えていた。翼には、ブレスを放っていたのと同じ魔法陣が腕輪のように回転しており、そこから吹きだす炎が翼を覆っている。私が出来るのだ、相手も同じような事ができると考えてしかるべきだ。


「ガァアア!」


 後ろ足を支えにタックルを受けきった飛竜が、炎を纏った爪で続けてひっかいてくる。ガリガリと鱗がはがされ、その下の皮膚が炎に焼かれる。負けじと私も左腕に電流を集中させ、逆袈裟に飛竜の首元を割いた。爪が鱗ごと皮膚を切り裂き、傷口から流血と電撃が迸る。


「ガァア!?」


 怯んだように後ずさる飛竜。それを見た私は素早く軸足を交差させ、大きくその場で反転、尻尾による殴打を狙う。電撃を纏った尾による一撃、直撃すればただではすまない。


 しかしその一撃を、飛竜は猫のような俊敏な動きで回避した。空を飛ぶ生き物のくせに、陸戦に手慣れている。一体どういう生態の生物なんだ。


 尻尾の攻撃は勝負を決めうる重い一撃だが、それ相応に大振りだ。何が言いたいかというと、それを回避された私は隙だらけである。飛竜は豹のような身のこなしで、私の首筋に噛みついてきた。牙が肉に突き刺さり、同時に吐き出される炎が血を焼く。経験のない苦痛に、思わず身を捩って悶える。


「グ……ガァアアッ!」


 反撃でこちらも相手の肩に噛みつき返すが、深く首筋に食らいつかれているので力が入らない。激痛と失血に足がふらつき、その場で前足をついてしまう。


 不味い、このままだと。


 少しずつ、放てる電撃も弱くなってきている。飛竜の炎を押し返せない。


 駄目だ。


 死ぬ。


「ガァアアッ!?」


 ザン、という聞きなれない音。硬い物を、異様に鋭い刃物が寸断したような効果音と共に、私の首筋に食らいついていた飛竜がのけぞって悲鳴を上げた。


 何事かと見れば、飛竜の背中に何か銀色のみなれない物体が刺さっている。一瞬遅れて、それが深く突き刺さった剣の柄だという事に気が付いた。


 反射的に心当たりに視線を向ける。


 見れば少し離れた安全地帯で、槍投げの姿勢で固まっている白羊の霊長の姿が見えた。その手に握られていた大剣は、今は飛竜の背に突き刺さっている。


 つまり、そういう事か。


 視線で感謝を告げ、私は最後の力を振り絞り、顎の力で飛竜を引きはがした。咥えたそのまま、全身を使って奴を振り回し、建物のない防壁に向かって放り投げた。


 飛竜は対応できない。自慢の翼で羽ばたく事もできず、体の横から防壁にぶち当たる。バキィ、と骨の折れる音がした。そのままずるずると沈み込むその背中には、突き刺さったままの剣が鈍い光を放っている。


 これが最後だ。


「グォオオォオオ!!」


<Vow Vow Vow……VOW!>


 私は残された全ての力を注ぎ込み、特大の電撃を放った。収束しきれない電流の飛沫が、周辺の砕けた木材や転がった食器といった尖った部位に落雷し、弾ける。それでも何割かの電流は、束になって飛竜の、正確にはその背に突き刺さった剣へと降り注いだ。


 電流は、尖ったもの、金属に誘電される。


「ガァアアアッ!?」


 身に纏う炎や鱗の守りを貫いて、電流が内部から飛竜の体を焼き尽くす。白目をむいて絶叫する奴の躰がタップダンスするかのように激しく痙攣し、そしてやがて止まった。


 ふしゅう、と漂う白い煙。鼻を突くイオン臭の異音と、焼けこげた肉の悪臭。


 足を引きずるようにして動かない飛竜の元へと近づく。


 見下ろす飛竜は、完全に絶命しているように見えた。全身のあちこちの鱗や肉が高電圧で弾け飛び、目は煮えて白く濁り、口からは末期の泡がぶくぶくと垂れ流されている。それでも念のため私は脚を振り上げ、奴の胸元を思い切り踏み砕いた。


 バキバキと骨の砕ける音と肉を潰す感触をしっかりと刻み込み、ようやく勝利を確信した私は天に向かって咆哮する。


「グォオオオオオオッ!!」


 吠えて、吠えて。


 何もかもを吐き出しきって、そして私は昏倒した。





 誰かが、私の鼻先を撫でている。


 傷ついた鱗を労わるように、柔らかくてきめ細かな暖かい何かが、繰り返し、何度も何度も。


 それはくすぐったくも拒絶しがたいものだった。まるで信頼する人に頭を撫でられているような。


 最後に誰かから優しくされたのはいつだったか。


 覚えていない。


 忘れてしまった。


「グ……」


 誘惑に抗って、うっすらと目を開ける。


「~~~♪」


 視界に映ったのは、見慣れない侍女服を身にまとった金髪の少女が、清潔な布巾で地に倒れ伏した私の鼻面を拭っている様子だった。


 オルタレーネ。彼女だ。


 布巾は忽ちに土汚れと血で汚くなってしまう。彼女は傍らのバケツで布巾を洗い、器用に両手の親指と翼の峰を使って布巾を絞り、再び清掃を開始する。


 正直、途方もないような作業に見える。彼女の体の大きさと、手にした布巾の面積に対し、私の躰はあまりにも大きく、また血に塗れすぎている。見返りもなく、ただ果てしない作業であるにも関わらず、オルタレーネの顔はどこか楽しげだった。自分の服や手が汚れるのにも構わず、鼻歌でも歌いそうな様子で、私の鼻先を綺麗にしていく。


 正直もうしばらく見ていたかったが、彼女に悪いという気持ちが先行し、私はゆっくりと身を起こした。


『スピノ様! 目を覚まされたのですか、よかった』


「グルル……」


 彼女の言葉は分からないが、何を言っているかは立ち振る舞いでなんとなくわかる。問題ないよ、と頷き返し、私は軽く体を振って調子を確認した。


 本調子には程遠い。だが出血の類は止まり、休んだことで体力もある程度回復したようだ。すぐさま再度の戦闘は無理だが、命に係わるような事はない。


 チラリ、と周囲を確認する。私は飛竜にトドメを刺した後、数歩歩いて倒れてしまったようだ。傍らには黒焦げの飛竜の死体が転がっている。その体は、生きている時に比べ随分と小さくなってしまったように見えた。


『スピノ様のおかげで皆助かりました! なんとお礼を申し上げたらよいのやら……』


「グルルゥ」


 顔を低くしたまま飛竜の亡骸を観察していると、鼻先にオルタレーネが走り寄ってきて何ごとかまくしたてた。多分、助けられた事への感謝とかなのだろう。素直に受け取っておきたいが、そうもいかないだろうな、というのは正直なところだった。


 認識をさらに周囲に広げる。


 距離を開けるようにして、何十人もの小さな霊長がこちらの様子をうかがっている。毛皮でよくわからないが、明るい顔の者は一人もいないように見える。


 さらに視線を上げれば、彼らの背後、街の様子がよく見えた。


 ……街は、実に悲惨な有様だった。


 見える限りで建物という建物は屋根が崩れ落ち、壁は崩落し、家財がこぼれる内臓のように散乱している。完全に跡形もなく粉砕してしまった家もある。さらに多くに黒い焦げ跡が付き、いまだちろちろと残り火が燃えている家もあった。


 街の区画を仕切る防壁も、いくつかは崩落に近いあり様だ。積み上げたレンガや石が崩れ、押しつぶされている家もある。


 その多くは、私がやった事だ。


 街に駆け付けた時は、まだここまで被害は拡大していなかった。だからこの惨禍は、私が飛竜との交戦中に生み出してしまったものだ。


 飛竜の戦いに集中するあまり周囲が見えてなかった、というのは言い訳にもならない。事実は事実だ。意図的か否かは、問題ではない。


 私が、この廃墟の山を作り出したのだ。


『スピノ様? どうなさいましたか?』


「グルルル……」


 心配するように身を鼻面によせてくるオルタレーネを、そっと優しくおしやる。されるがままに大人しく距離を置いた彼女を拒絶するように首を高く持ち上げる。


 視点が高くなれば街の惨状もより目につく。私は足元で何事か言っているオルタレーネを置いて、ゆっくりとその場を離れた。こちらを遠巻きに伺っていた人々も、向かってくる私を見て慌てて道を開く。


 無人の道を、転がっている残骸を踏まないようにして歩く。そんな私の後をしばらくオルタレーネは追ってきていたが、一人の霊長に止められた。見覚えのある、白羊の剣士だ。


 たちまち何ごとか言い争いが始まる。私は肢を止めてハラハラとそれを見守った。いや、何を話しているかはさっぱりわからないのだが。


『オルタレーネどの。気持ちは分かりますが、ここは一人にしておくべきでしょう』


『なんでですか!? スピノ様は街を救ってくださったんですよ!?』


『それは重々承知しています。この街の被害とて、人命には代えられません。スピノどのがいらっしゃらなければ、一体どれだけの命が失われたか。ですが、見た所彼はその事に責任を感じていらっしゃる様子。街に居続けるのはつらいでしょう』


『ですが……っ』


『それに、彼は今現在深手を負っています。強い牡ほど、己が弱い所を見せたがらないものです。ここで距離を置くのも、器量というものですよ、オルタレーネどの』


『それは……そうかもしれませんが……』


 気落ちしたように、オルタレーネが足を止める。どうやら、あの剣士が上手い事説得してくれたようだ。


 こちらと目を合わせて、強く頷く彼にこちらも頷き返す。ああやって気にしてくれる相手がいるなら、彼女はきっとこの街で上手くやっていける事だろう。


 正面に向き直り、重い脚を引きずるようにして街の外へ向かう。


 気を利かせたのか、私の姿を見て門兵が扉を開放してくれた。血の滲んだ包帯を巻いた彼らが敬礼して見送ってくれる横を通り抜ける。


 街の外の草原は、傾きつつある日で赤く染まっていた。空には鳥の影がいくつも舞い踊り、草原にはようやく食事にありつけた獣たちが草を食んでいる。飛竜の脅威が去り、草原には日常が戻ってきているようだった。


 その中をゆっくりと通り過ぎる。動物たちは私の姿を見てぎょっとする者はいたものの、逃げ出そうというものはいない。私があまりにもズタボロだからだろうか?


 よたよたしながら、やっとの思いで例の巨木の麓にたどり着く。今の私では到底湖を越えられない。このあたりで一晩過ごし、体力を回復させる事にしよう。


 適当に一つ果物を毟り取り、その場に尾を丸くして座り込む。むしゃむしゃと果物を食べて腹を満たすと、猛烈に眠気が襲ってくる。


 このあたりに私を脅かす獣はいない。例の頭のおかしい熊っぽい奴も、この巨木の周りには近づいてこない。あとは湖からザリガニが上陸でもしてこない限りは安全だろう。


 そう考えると、もはや瞼を持ち上げているのもおっくうになってきた。私は肉体の欲求に従い瞼を閉じて、そのまま深い眠りに落ちていった。


 おやすみなさい。





 その湖には、守り竜がいる。


 いつしか、そんな噂が流れるようになった。


 近隣の街にはその竜を模した銅像が飾られ、門には街を襲い竜に倒されたという飛竜の頭骨が旅人を迎えるように飾られている。


 多くの旅人は眉唾物だと、街起こしに作られたキャラクターだと認識している。何せ、全長20メリルを越える巨体で、大きな背びれから飛竜も黒焦げにする電気を放ち、小さい人々に優しく悪を挫く正義の味方、なんていうのだから、話を盛りすぎだと笑ってしまう。街人はそんな旅人の反応に微妙な感じの曖昧な笑みを浮かべるのがお決まりだ。


 そんな竜について、もう一つ分かっている事がある。


 どうやら彼の名前は、スピノというらしい。


 守り竜のスピノ。彼の噂は旅人の口を伝わって、遠く遠方にまで広まったのだった。




「ぐぇーーーっくしょい!!」



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