第9話 サーシアと疑念
こちらに気付くことなく、影はそのまま廊下をゆっくりと進んで行くようだった。
「お、追いかけますか…?」
「動きは鈍そうだが…どうだ、ユースティス?」
「…行こう」
迷う二人に対し、ユースティスは何か確信を持って廊下へと向かう。
図書室を出ると、丁度"黒い影"は廊下の角を曲がる所だった。
「あっちは…先生の部屋か?警戒している感じは無いな。なんか…フラフラしてると言うか…」
角から様子を伺うと、ニルの部屋の扉の前に立つ影の、その全容がはっきりと見えるようになっている。
扉を開けるように伸ばした手は、しっかりと人間の形をしていた。
そして、辛うじて覗く横顔は、皆も見知ったもので──
「……ハイ、ネ…?」
サーシアが、震えた声を絞り出す。
三人が見たのは、ハイネの周りに"黒い影"が纏わり付くように集まり、人型を模している光景だった。
「どういう事だよ…?幽霊は、ハイネなのか…?」
「…部屋に入る。近くで様子を見よう」
「お、おい、ユースティス」
「私も行きます…っ」
困惑するグレイグだが、迷わず駆けていく二人を追いかけ、扉の近くまで向かう。
そこまで来ると、部屋の中から何やら話し声が聞こえてきた。
『何…ているんだい?…』
「先生の声…?!」
間違える筈もない、毎日授業で聞いているニルの声が聞こえる。
「どうして?先生は居ないんじゃ無かったんですか?」
度重なる不測の事態にサーシアとグレイグは混乱を増すばかりだが、ユースティスは二人に対してしぃ、と口に人差し指を当て、扉の方に耳を澄ませている。
『…先生…っ…僕は、…やり遂げなければならない事が…ッ!』
『…そんなに焦らなくても…僕と君の目的は同じだと思うんだ』
『同じ…?!…そんな…』
『…僕は、呪いの扱いには自信があるよ。協力しないか?悪い話じゃないと思うけど…』
「呪い…?協力…?何の話なんですか…っ…?」
「というか、本当に先生とハイネなら直接聞きに行けばいいだろ?」
訳のわからない状況に苛立つように、ドアに手を掛けようとするグレイグをユースティスが止める。
「…ダメだ、戻ろう。詳しいことは明日話す。このまま真っ直ぐ部屋に帰って」
どうして、と聞きたいところではあったが、彼の珍しく有無を言わさないような強い物言いに感じるものがあったのか、二人は大人しく扉から離れる。
各自の部屋の近くまで戻ると、「明日僕の部屋に来て」とだけユースティスは言い残し、自室に入ってしまった。
「ま、待て…こんなんで寝れるわけねえだろ…気になって…!」
「でも…色んなことがあって…私…眠くなってきました…おやすみなさい…」
「おいおいおい!…はあ、しょうがない…本でも読むか…」
グレイグは取り残された行き場の無い思いを飲み込んで、溜め息をつく。
二人を倣い、自室の中へと入っていくのだった。
####
翌日。放課後の時間帯に、ユースティスの部屋に三人は集まっていた。
心配していたエルマには、とりあえず「ここ数日、ユースティスが夜中に図書室で魔導書を使用していたせい」だと伝え、その場を収める事にした。
朝、顔を合わせたら直ぐにでも話を聞きたい二人であったが、当事者かもしれないハイネに怪しまれる可能性も考慮し、一日落ち着かない気持ちで過ごしたのは言うまでもない。
「…それで。昨日の出来事は一体全体なんだったんだ?説明してくれ」
「ハイネ、今日は全然普通にしてました…大丈夫なんですか?あの影は何なんですか!」
「…落ち着いて…はじめに言うけど、これは僕の推測の域を出ない。そこを前提にして欲しい」
そう言って、ユースティスはいくつかの資料を机に並べる。
「始まりは、前の授業で出た"魔王"に関する話。先生にしては抽象的な話が多い事に違和感があった。そこから、僕は魔王をどうやって討伐したのか気になって調べていた」
「あー、あの時の…サーシアが初授業の時だな。いや、間接的にあまり調べるなって忠告されてたんじゃなかったのかよ…あれは…」
「本当にそうなら、先生は初めから何も言わないよ。そういう人だ。…それで、呪術の事とか魔素溜まりの事を調べて行く中で気付いた事があって」
そう言ってユースティスが広げたのは世界地図だ。
そこには、世界各地の魔物が発生する場所、魔素溜まりに印がしてある。
「魔素溜まりの場所が…どうしたんです?」
「ここが、"庭園"のおおよその位置」
首を傾げるサーシアに、ユースティスは続けて地図に書き込みを続ける。
"庭園"は魔法結界により正確な場所を特定出来なくなっているが、入口の目印とされている森がある。
「それで…世界各地の"聖域"。つまり、魔物を吐き出さない魔素溜まりがここ」
「なっ!"聖域"と"魔素溜まり"を同一視するなんて、神聖教会が黙ってないだろ?!」
「ここには居ないし。これはただの推測」
淡々と言うと、ユースティスはそれらの目印に書き込みを続ける。
何か言いたげなグレイグだったが、それを見ながら、段々と険しい表情になっていく。
「秘匿された聖域とか、細かい部分はもっとあるかもしれないから、多少はいびつだけど…これらを結んでいく」
「わあ、綺麗に繋がった!魔法陣みたいですね」
サーシアの言う通り、"魔素溜まり"を中心とするように聖域は点在し、その全てを囲むと、不自然なほど均衡の取れた円形が出来上がった。
「…そう。これは、世界規模で組まれた超大型魔法陣。その中心には"庭園"がある」
無邪気に言うサーシアと違い、グレイグは不穏な気配を感じ取り、冷や汗が頬を伝うのを感じる。
「それで、どういうことなんだよ、これは。ユースティス…」
恐る恐る口を開くが、その声は彼が思うよりずっと掠れていた。
「僕が思うに、先生は…かつて
魔王なんじゃ無いかと思ってる」
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