第8話 サーシアと幽霊騒動2
結局、あれやこれやと議論はしたものの、幽霊の正体は分からずじまいであった。
ナイアはこの"庭園"に侵入できる外敵は居ないから安心する事と、自分も夜間に建物の中を見回る事を約束してくれた。
サーシアも人に話す事で落ち着きを取り戻したのか、見間違いだったかもしれないと自分を納得させる事が出来、その日は何事も無く過ぎ去った。
しかし、次の日に事態は一変する事になる。
「……サーシア、幽霊見たって、ほんと…?」
いつものしっかりとした姿とは打って変わり、弱々しい声で訪ねてきたのはエルマだった。
「ええっ!エルマ先輩も…見たんですか…?」
「昨日、寝る前に読んだ本を図書室に返してしまおうと思ったのだけど…サーシアの話で聞いたものと同じような"黒い影"を見たの…!み、見間違いじゃないと思う。聞いた通り、あれは魔法でもない…でも、人の形をしてて…っ」
「エルマ先輩、怖いのダメなんだ…」
「ゆ、幽霊の話っていうのは殆どが創作で、幻惑魔法だとか、小型の魔物だったとか、大体の正体は分かっているものなのよ!私は信じていないから!ただ気になるだけっ!」
明らかに怯えながらも強がるエルマを見て、自分より怖がる人を見ると冷静になれるものなのだな…とサーシアは感じていた。
「じゃあ、突き止めましょう!幽霊の正体!」
「え"っ!!?!」
明らかに嫌そうな声が出るエルマだが、横からグレイグが声を上げた。
「よく言った、名探偵サーシア!僕も行くぞ!」
対照的に楽しそうな表情には「面白そうだから」と書いてあるようだったが、仲間が増えれば安心感も増すものだ。
サーシアはグレイグの性格に感謝した。
「ハイネは…真面目だから消灯時間に歩き回っちゃダメだよって言いそうだなあ」
「タオもダメだ。あいつの国は太陽が出てる時間が長いらしくて、物凄い早寝なんだ。そんで全然起きない。ユースティスも多分来てくれないし…あー…ミリヤムがいればな…」
「エルマ先輩は…?」
「嫌!私は嫌よ!先生に言えばそれでいいじゃない!」
「でも、先生帰って来るの三日後じゃなかったですか?それまでずっと、夜怖い思いするんですか?」
エルマの言う通り、ここの管理人でもあるニルに報告すればすぐに解決するであろう問題なのだが、生憎ニルはこの所外出が増えているのだ。
本当にすまない!と頭を下げながら、宿題を残してここを離れたのが二日前。戻るのは次の週との事だった。
「そ、それも嫌だけど…でも私は無理!ごめんなさい!二人に何かあったら骨は拾うわ!」
「ほ、骨…しょうがないですね…グレイグ先輩。行きましょう!」
「分かった。今日の夜、サーシアの部屋の前に集合しよう」
こうして、幽霊探しは決行される事になったのであった。
####
「何か、持って行くものありますか?」
「相手の正体が不明だから、何が有効なのか分からないな…まあ、『保護』の魔法はかけとくか。物理も精神攻撃もある程度対応出来るから」
「分かりました!他には…」
杖や魔導書、魔除けの装飾品など、ガチャガチャと多くのものを持ち出してきていたサーシアだったが、身軽な方が良いからやめておけ、とそれらを部屋の中に投げ捨てられているのを悲しそうに見つめている。
「"庭園"の結界があるから危ない事は起きないと思って来てるけど…エルマも哀れなほどに怖がっているし。…でも、先生の留守を狙った本当に危険な相手だった場合、ここに侵入出来てる時点で僕らは敵わない。迷わず逃げるんだぞ」
「わ…分かりました…」
いつもの調子とは違うグレイグの言葉に少し怖気づくも、彼の後を追い廊下を歩き出す。
流石のグレイグも口数が減り、周囲を警戒しながら歩いていた。
「図書室前は…何も無いな。条件はなんなんだろう…場所的に魔導書か何かかと思ったんだけど」
「私もエルマ先輩も、廊下で"黒い影"に会いましたからね…図書室に出るって訳じゃないんですかね?」
「うーむ、他の所も向かってみてから…」
「っ!グレイグ先輩…!」
グレイグが言い終わらない内に、図書室からゴトン、と物音がした。サーシアはびくりと体を硬直させる。
「ああ、聞こえたよ。入ってみようか」
「グ、グレイグ先輩、本当に怖く無いんですね…」
「僕は、自分の知識の中で知らない事があるのがあんまり好きじゃない」
エルマ先輩の為じゃないのかな、とサーシアは思いながらも、口に出す事はしない。
そんな風に勘繰られてるとは知らず、グレイグはいくつかの〈簡易詠唱〉を行っていく。
「いくつか魔法かけとくからな。『静粛』、『猫の足跡』…隠密はこんなもんか。じゃ、行くぞ」
「はい…!」
図書室の前まで近付き、そっと扉を開けた。中にも影は見えず、そのまま室内へと入る。
辺りを見回すが、幽霊は見当たらない。ただ、図書室の奥には小さな明かりが灯っている様だった。
「(明かり…?)」
疑問に思いながらも、グレイグがその方向を指差し、頷くサーシアも後に続く。
本棚の影から、そこをちらりと覗き込むが、何も居ない。
「(だいぶ状況が違うな…今日は現れないのか?)」
そう思案したグレイグは、一度図書室を出る事をサーシアに合図しようとした所だった。
「…二人とも、何やってるの」
「ーーーーッ!!!!!」
「ぎゃっ、むーーーーーッ!!!」
驚きに声が出なかったものの、『静粛』の魔法で防音されているとて人を呼ぶ大声を出しそうなサーシアの口を咄嗟に押さえた。
グレイグは聞き覚えのある声に、盛大なため息をつきながら振り返る。
そこに立っていたのは、紛れもなくユースティスだった。
「ユースティス!!!」
「ンーンンンアア!!!」
小声ながらも、最大限の批難を込めて詰め寄る。当のユースティスは、怪訝そうな顔で二人を見た。
「なに…?」
「いや、こっちの台詞だよ!お前は何やってんだここで!」
「ふはぁ!グレイグ先輩!なんで私を窒息させようと!」
「サーシアは声がでか過ぎんだっての!ナイアさんに怒られるだろうが!」
「…?僕は、気になる事があって本を読んでただけ」
「一応、消灯後は無闇に出歩くなって決まりだろ!はあ…びっくりした…心臓止まるかと思った」
「私、一回止まった気がします…」
二人は大きく息を吐き、一気に上がった心拍数を落ち着かせている。それを待ったところで、再度ユースティスは尋ねた。
「それで、二人は何をしていたの?」
「僕らは幽霊を探してたんだよ。ユースティス、見なかったか?」
「幽霊…?」
ユースティスの怪訝な表情は更に深まり、一体何を言っているんだ、という疑問が口に出さなくても伝わって来るようだった。
「サーシアとエルマが図書室近辺で"黒い影"を見たんだと。その調査をしてたんだ」
「ああ…エルマか…」
ユースティスは、グレイグの口からエルマの名が出ただけで、ある程度の事は察したようだった。
そして、少し考え込んだ後に口を開く。
「"黒い影"…恐らくだけど、それは…」
「っ!先輩、隠れてっ!」
サーシアの小さな叫びが聞こえるや否や、二人は腕をぐっと引っ張られ、本棚の陰に折り重なるように倒れ込む。
一体どうしたのだと体を起こすと、サーシアは、今度は自分で口を押さえながら窓を指さしている。
図書室から廊下を覗く小窓に目を遣ると──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます