第6話 サーシアと学友たち2
「魔法陣は、いくつかの条件をつけた複雑な魔法を発動する時に作成するもので…根幹となる起動
例えば、起動魔法は『火よ』だったとして…これだけだと、〈簡易詠唱〉と呼ばれる単純な魔法ね」
そう言って、エルマは広げた掌から、小さな炎を発生させる。
「でも、ランタンの火として小さな炎を灯し続けたかったり、逆にさっきの授業の魔法陣のように、的確な攻撃に用いたかったり…そういう時に陣を組み上げて、細かな指示を出来るのが魔法陣というもの。ここまでは分かるかしら」
エルマがそう言うと、サーシアはこくこくと首を縦に振り頷いた。
「は、はい!大丈夫です!あ…でも、さっきグレイグ先輩がお山を作ってたのとは違うんですか?」
「あれは、〈簡易詠唱〉に指向性をもった詠唱を追加して、おおまかな動きを指示した魔法を発動したの。これだと、ただの小山は作れるけど、砂のお城なんかは作る事が出来ない、といった所かしら」
「はあ〜…なるほど…」
熱心に聞くサーシアだが、この程度の内容なら以前のアカデミーでも教えてもらう事は出来たであろう。
だが、そうでないという事は、アカデミーでの彼女の立場がどんなものだったのか予想する事は出来る。
エルマは出来るだけ丁寧に説明しており、タオとグレイグは、邪魔をしないように授業を見守っていた。
「そして、魔法陣の最大の特徴は、描かれた陣に魔素を流し込めば誰でも使える事ね。魔法使いでなくても、魔法陣があれば何も無い所で明かりを灯す事が出来るし、魔物から身を守る事だって出来る。色々な魔法陣が作られれば、可能性はどんどん広がるわ…だから、魔法陣というのは魔法使い達の主たる研究要素なの」
エルマがそう言うと、グレイグが横から口を挟む。
「最近は大産業時代って言われてて、デカい機構に大型魔法陣を転写した"魔法機械"ってのがどんどん開発されてて、新しい需要が高まってるんだ。つまり──魔法陣は金になる!覚えておいて損はないぞ」
「もう、これだから商家の息子は…でも、サーシアの才能は新しい魔法陣の開発の助けになるかもね。話を聞くに、あなたの発想がそのまま陣として完成してるって事だもの。…ただ、基本はある程度知っておいた方がいいわ。どんなに便利な魔法陣でも、魔法協会の審査が通らなければ流通されないから」
サーシアは、驚いたように声を上げた。
「へえ〜!魔法協会は、そんなこともやってたんですねえ」
「魔法協会の印が無い魔法陣は、不正な粗悪品だから気をつけるのよ」
「え?!き、気にしたこと無かった……」
「偽物の印が押してあったりもするからな。魔素流せば、本物は光るぞ」
そうだったんですか!?と脱線しかけて来た話もそこそこに、ぱん、と手を叩きエルマが言う。
「さて、概要はこんなものであとは実践よ。早速、この土の山を菜園の方まで動かしましょう」
「は、はい!」
エルマの指示の元、4人は小山を囲んで四方に立ち、両手を前に出した。
辺りの魔素がうねり、渦を巻いて集まる様子がサーシアには見えていた。
「魔法陣は大きければ大きいほど維持が難しい。こうやって何人かで魔法陣を組むことも良くあるから、やり方を覚えておくといい」
「こ、これ、組むっていうのは…どうやって…?」
「魔素を操作して、対象に向かって書き込むって感じかしら」
「サーシアが起動をやってくれ、『浮遊』な。そんで、僕らが追加の指示を書き込んでくよ。初めは感覚だけ覚えときな」
「…はい!がんばります!」
地面に魔法文字が浮かび上がり、すらすらと文字が増えては円を結び、その円周を増やしていく。
自分が扱っている魔素に、他の3人の魔素が流れ込んで来るような、不思議な感覚をサーシアは感じていた。
そして、小山をしっかり囲んだ陣が完成すると、途端に土の塊が4人の背丈より高く、ふわりと浮いた。
「わ、わわわわ!!浮いた!高い!すごい!こぼれてない!」
「サーシア、このまま東の方角に動かすからね!まだ魔素を流し続けて、集中切らさないように」
「はい!!」
そのままゆっくりと土の塊は目的地まで到達し、地面に置かれた。
「は、はあ〜…で、出来た…」
「簡単な陣とはいえ、初めてにしては上出来じゃないかしら。サーシアは魔素の操作が上手いわね」
「座学はからっきしだったので、それだけでアカデミーの試験を突破してきましたから!」
「力技にも程があんだろ…」
「いや…この教室に来る生徒らしいんじゃないか?」
「まあ、及第点は十分あげられるわ。そういえば、ハイネも魔法陣を作るのが得意なの。あの子は薬学が専門だけど、そつなく何でも出来るから…分からないことがあれば聞いてみたら良いわ」
「エルマに魔法陣の事詳しく聞いたら、破壊しか学べないからな」
「あんたの大事な本達も今すぐ破壊してあげましょうか?」
「ごめんなさい、許してください」
エルマの優しい表情が一変、グレイグを射殺さんとする視線を向け、彼は流れるような速さで謝罪をする。
溜息をつくタオの反応からしても、今までも本がいくつか失われる事があったのかもしれない。
そして、はあ…と首を振ったエルマが、サーシアに向き直った。
「…サーシア、誤解がないように言うけど…私の産まれはね、魔素溜まりに近い所なの。私は、魔物の発生から故郷のみんなを守る、もっと安全で強い魔法陣を作りたいんだ」
「…そう、だったんですか…」
魔素溜まりからの魔物の発生は、規則性も無く突然訪れ、災害と呼ぶに相応しい苛烈さを含む。
恐らく、想像以上の沢山の苦労が彼女にはあったのだろう。
ようやく、エルマの攻撃魔法への執念に合点がいったサーシアは、こくりと頷き、彼女を見つめて言った。
「エルマ先輩は、ただの"攻撃魔法狂い"じゃなかったんですね…」
「くっ…、そ、そうよ。分かってくれたかしら」
「いや、それはそれとして、エルマは攻撃魔法の爆発が何より好きだから、間違いじゃないと思うけど」
「…いい加減に黙ってて、グレイ」
「いや、本当の事だろ?今度魔法使ってる時の顔、鏡で見ておけって」
「あんた…」
「そこまで。そろそろ夕飯の時間だ、ナイアさんに怒られる。サーシアも、このまま食堂に行くぞ」
そう言って歩き出し、何だかんだと笑い合う3人を見て、自分もこれからこんな風に過ごせたら良いとサーシアは強く思った。
自分の同期である優しい少年の顔を思い浮かべ、次は魔法陣の作り方を教えてもらうのだと、嬉しそうに先輩の後を追うのだった。
####
同時刻、ハイネの私室にて。
水晶型の遠隔通信機がチカチカと光り、ハイネは何者かと会話をしていた。
『それで、何か有益な情報は集まっているのか?ハインリヒ』
「…今のところは…特に、ありません。父上」
『全く、そちらに行って何ヶ月経つ。相変わらず魔法以外は能の無い…結果を出せといつも言っているだろう』
「…申し訳ありません。ただ、不審な動きをすると、この庭には二度と入る事が出来ません。必ず成果を持ち帰りますので、もう少しお待ち頂けますか」
ハイネは、感情を出さぬよう努めて返事をしているようだった。
対して通信の相手は、声だけであるが、苛々とした気配が嫌でも伝わってくる。
『何でも良い、何か…貴重なモノの一つや二つ拝借出来るだろう。次までに何か報告しろ。そうでなければ、ヒルデガルトに責任を取ってもらうぞ』
「…分かりました。準備しておきます。父上」
水晶の光が消え、ハイネはベッドに力無く腰掛ける。
腕を強く握り、小さく震える姿はまるで自身を抱き締めているようだった。
「…ヒルダ…早く、何とかしないと……」
####
「また新入生が入ってきたんだよ…うん、とても面白い子だね」
そしてニルもまた、耳飾り型の通信機械を使って、手元の書類にペンを走らせながら誰かと話をしている所だった。
「…それと、少し調べて欲しいことがあって。そっちの様子を見てからでいいから、情報を集めて欲しいんだ…え?うん、こっちは平気だよ。心配しないでくれ、"校長"さん」
顔は見えずとも、おそらく苦い顔をしているであろう嫌そうな声に、つい笑いが漏れる。
そして、机に置いてあった一枚の紙を拾い上げ魔素を流し込むと、そこには一人の生徒の顔写真と、いくつかの情報が浮かび上がった。
「名前は、ヨハンネス・ネテリハイム。北方の貴族だよ。薬草の少ない北の地で、魔法薬学で名を上げたみたい…うん、手札は多いほうがいいからね。じゃあ、よろしく。気をつけてね」
通信が切れ、ニルは息をつく。
「…さて、これから少し慌ただしくなるかもしれないね」
表情こそ穏やかだが、その目には冷たい光が走っていた。
ニルが部屋を後にした机の上には、〈ハインリヒ・ネテリハイム〉、そして、〈サーシア・ブロシュ〉──新入生2人の書類が置いてある。
しかし、使用者が居なくなった途端、紙からはちりちりと青い炎が上がった。
揺らめく炎は、この先の波乱を予期するかのように大きく燃え上がると、そのまま跡形も無く消えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます