第4話 サーシアと学友たち


「よ、エルマ。やって……るな。いつもより派手に」

「…エルマ、怪我は無いか?」


 テオは頭を抱え、軽口を叩こうとしたグレイグも、さすがに声のトーンがいつも通りに落ちる。


 魔法の実技や試し打ちをするために備えられた練習場には結界に近い保護魔法がかかっており、余程の事が無ければ損壊するような自体には陥らない。

 であるのに、開けた練習場の地面には、誰かが落ちたら怪我はするであろう、大きな穴が空いていた。


「グレイグ…あんたはいつもそうやって冷やかしに来て…テオ、平気よ!」

「え、エルマ先輩?!どこですかあーっ!?!」

「サーシア、声でっっか。そこだろ。その不自然に空いてる大穴だよ」


 この惨状に比べれば元気そうな声が聞こえ一同は安心するものの、エルマの姿は未だ見えない。


「さ、サーシアまでいるの?もう、連れてきたのはグレイね…ちょっと待って、今上がるから。さっきの授業の魔法陣、本っ当にすごくてね。ちゃんと規模は小さくしてたのに、面白いくらいに地面に穴が…夢中になってたら魔素切れになっちゃって」

「はあ?!僕たちが来なかったらその穴で一晩明かすつもりだったのか?」

「別に、これくらいの深さなら登れるから。私の産まれはあなたのようなお坊ちゃんでは無いの」

「なっ…おい、待て待て!制服がひどいことになるだろうが!…僕はあんま魔法得意じゃないんだからさあ」


 よいしょ、と穴の縁に手をかけようとしているエルマを、グレイグが呆れたように静止する。


「うーん、これでいけるか?…『大地よ』『隆起せよ』」


 詠唱を行うと、地響きがし、地面が細かに揺れた。

 穴からは、「ちょっ、これ大丈夫?!」と慌てた声が聞こえる。

 その返事を待たず、ボコボコという音と共に穴の底から土が盛り上がり、エルマの事を地上まで押し上げ──

 そのまま小さな山になるまで、土は積み上がった。


「グレイ!『隆起せよ』の指向性じゃこうなるに決まってるでしょう!」

「何だよ!助けてやったんだから文句より感謝が先に出るべきじゃないか?」

「別に、助けてなんて頼んでないけど!」


 授業の時と同じように二人の応酬が始まってしまい、サーシアはおろおろと二人を交互に見やっている。

 テオは慣れたようにそれを眺めながら、こっそりとサーシアに声を掛けた。


「グレイグは、あれでエルマが心配なんだ。彼女が練習場で魔法陣を試す時は、毎回理由をつけて見に行っている…俺は、毎回それに付き合わされている訳だ」

「え!ええぇ!それって!?」

「サーシア、声が大きいな…野次馬は感心しないぞ。まあ、二人は同じ時期にここに来て、もう3年も共に過ごしている、気のおけない関係ではあるだろう…ともかく、あれは喧嘩するほどなんとやらというやつだ。あまり気にしなくて良い」

「なるほどぉ…よく分かりました!」


 先程とは対照的に飛び出てしまった"元"穴を指差しながら、やいのやいのと言い合っている二人を見て、サーシアはにんまりと笑った。

 タオを見ると、やはり彼も優しげな笑みを作って二人を見ている。


「タオ先輩も二人の事、とても大切に思ってるんですねえ」

「…俺が?」

「グレイグ先輩にちゃんとついて行ったり、授業の時も今も、私に二人の関係を誤解しないよう教えてくれたり…それって、なんか…大切って感じします」

「…そうか…」


 タオは、少し迷うように躊躇った後、言葉を続ける。


「…恥を忍んで言うが、俺は今まで友人というものが居なくてな。ここに来て初めて、対等な関係性の友が出来たんだ。確かにあの二人は、とても大切な存在だな」


 その言葉に、驚いたようにサーシアは声を上げた。


「えっ、私もですよ!同じですね!」

「…サーシアが?それは…意外だな」

「私、家があんまり裕福じゃなくて、魔法の才能が分かって魔法学校アカデミーには入れたんですけど、それもお金もらえるって理由で決めたし…だから、他の生徒とは根本的に合わなかったんです!」


 あはは、と笑いながら言うも、その表情には少しだけ影がある。


「しかも、突然魔法が使えるようになったので、基本は全然分かんなくて…でも、他の人には無い才能がある!とか言われて、色々できちゃったりすると、ね?」

「ああ、もう平気だよ、サーシア。苦労したんだな」

「へへ…でも、だから私もハイネがとても優しくて、友達になってくれて、本当に本当に嬉しいです!」


 以前の経験を思い出し、しょんぼりとした顔になっていたサーシアだったが、すぐ切り替えたように明るい笑顔を見せる。


「そうか…これからもお互い、良い学生生活を送れるといいな」

「はい!…タオ先輩って、すごく聞き上手ですね…色々喋っちゃいました」

「それは、良く言われる。家系のせいかもしれないな」

「お家ですか?うーん…占い師とか?」

「はは、それは面白いな」


 タオの家系当てが始まりそうなところに、グレイグが声を張り上げて二人を呼ぶ。


「おーい、二人とも!ちょっと陣組んで土動かすから手伝ってくれ」


 エルマはごめんね、と言いながら手を合わせている。

 二人は返事をしながら、練習場へと足早に向かうのであった。


 ####


「じゃ、組むか。魔法陣」

「起動は『浮遊』と『移動』どっちにする?」

「『浮遊』でいいんじゃないか?『移動』…『緩行』も後付けしよう」

「そうね、サーシアもいるしゆっくり運びましょう」


 先輩組の三人は小山を取り囲み、慣れたように魔法陣を組む手順を相談している。

 そこに、そおっと手を上げるのはサーシアだった。


「あ…あのお…魔法陣の作り方って…どうやるんですか…?」

「えっ!どういう事?!」

「魔法陣を組んだことが無い…のか?サーシア」

「魔法陣…クム…?」

「いや、そこは分かるでしょう!誰かが作った魔法陣を利用して、色々な魔法道具が普及してるんだから。アカデミーに入るまでだって、生活の中で目にしたことはあるでしょ?」

「そ、そっか…!私も魔法使いだから作れるんですもんね?!魔法陣!!」


 驚く二人と混乱するサーシアを制したのは、彼女の複雑なアカデミーへの入学経緯を聞いていたタオだった。


「サーシアは、アカデミーに入ってどれくらい経ってからここに来たんだ?」

「えっと、変な時期から入学したけど…大体の期間は…2年ちょっとです!」

「2年!?普通10歳くらいの学年だよな?」

「ほう、サーシアはユースティスと同じ天才型だったんだな」

「ユースティスと同じ…かしら…?」

「え?えへへ〜!そうですか?!」


 首を傾げるエルマだったが、天才という言葉に反応してサーシアは嬉しそうに笑う。


「先程聞いたが、サーシアは突然魔法の才に目覚めたらしい。つまり、2年前に入学して、基礎も学べないままここに来たということか?」

「なるほどな…でも流石に魔法陣の授業は早い段階であるはず。例えば…あ、角灯ランタンの火を灯す魔法陣作れってやつあっただろ!覚えてるか?」


顎に手を置き、うーん、と思い出すように唸るサーシア。


「ランタン…か…、…あっ!思い出しました!確か…良い感じに燃えろ〜ってやったら出来て、前の先生にもういいって言われたやつですね!」

「い、良い感じ…?」

「私、ほとんど理論とか訳分かんないんですけど、こんな感じだ〜って魔素をびゃーって出すと出来ちゃって、その度、先生達が何度も相談してて…最終的にここに行ってみろって言われたんです!」

「魔素を、びゃーっと…」


 エルマとグレイグは少々引いている反応であるが、タオは納得したように頷いた。


「やはり天才型なんだな」

「タオは本当に器デカいよな。動じない」

「…うーん、じゃあ出来ないって訳では無いのよね。簡単に説明しましょうか」

「ありがとうございます、エルマ先輩…よろしくお願いします!」 


 うるうると目を潤ませ、感激といった表情で手を合わせるサーシア。

 ということで、エルマの特別授業が急遽始まることになったのであった。






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