第3話 サーシアと魔法教室2


「グレイグが望む文書として"魔王"の名が出て来るのは、その通り、子供向けの絵本の中くらいだ。結論から言うと、その存在は未だ解明されていない」

「魔法協会の歴史を以てしても、解明できない事があるのですか」


 タオが驚きの声を上げる。

 "魔法協会"は、この世界の魔法の権威達が集まり、魔法研究の最先端を行く機関のことである。ここの会員になる事は、多くの魔法使いの憧れだ。

 と言っても、協会直属の魔法学校アカデミーと呼ばれる魔法専門の学校が数多くある中、この教室は異端イレギュラーな存在になるので、ここに来る生徒は魔法協会に興味が無く、それ以外の目的を持つ者が多い。


「解明出来ていないというより、あえて触れていない、が正しいかな…」


 ニルは、言葉を選ぶように話を続ける。


「魔素の色濃い場所…俗に言う"魔素溜まり"から魔物が発生してしまうのは、現在でも一種の自然災害として対処されているけれど、凡そ300年以上前は、それ以外の場所からも魔物が発生し続けていた。圧倒的な数が居た時代の、魔物の侵攻の最たる戦いが、先程話していた〈王都防衛戦線〉だね」

「魔物の大発生なんて、今ではたった一度でも大災害と言われるのに…」


 エルマが、青褪めた顔で呟く。他の生徒も、その脅威を感じて表情を固くした。


「特に発生が激しい地点であったと言われている地域では、今も伝わる民謡があってね。

──『黒衣の王 はてなき呪詛を紡ぎ』──

という一節があるんだ。よって、魔王に関連する厄災は、呪術に関係している可能性があると推測されている」

「くそっ、文献じゃなくて口頭伝承かよ!」

「…グレイ、うるさいわ」


 悔しそうに頭を抱えるグレイグに、エルマは鋭く言い放つ。


 そこに、今までずっと黙って話を聞いていた1人の生徒が口を開いた。


「じゃあ、"魔王"は呪術的な側面が強い魔法使いだったという事では無いんですか?」

「普通に考えるとそうだね、ユースティス。ただ、そうではないとされる理由がいくつかある。大規模で永続的な魔物の発生の原因が呪術ならば、"魔王"…つまり、一人の術者だけでは到底成し得ないのでは、というのが一点」


 ニルは、空気を変えるように皆に質問を投げかける。


「では、呪術における契約の手順を答えられる人は?」

「…呪術は魔法と違い、二者間での契約が主となる術法で、魔法は魔素を消費して発生させるのに対し、呪術は〈代償〉と呼ばれる対価が必要となる。

小さな呪術では自身の毛髪、装飾品や小動物。大きなものになると、人の肉体や魂も代償になると言われている…で良いですか?」

「うん、素晴らしい。呪術に関しては全く学んでいない魔法使いも多いのにね。この話題は、君の興味を惹いたかな?」


 こくりと頷くユースティス。

 スラスラと質問に答えるも淡々としている彼は、他の皆が言うには"天才"の部類らしい。ただ、サーシアの中ではまだ良くわからない人、の位置付けである。    

 挨拶を交わした時も、名前だけを告げふらりと居なくなってしまった。

 しかし、そういった振る舞いは、自身の研究以外の興味が薄い魔法使いらしいと言えばらしいのであるが。


 ちなみに、「呪術を学んでいない」のくだりで、グレイグを除く他の生徒は、図星というようにピクリと体を動かしていた。

 現に、代償を使用する契約方法から薄暗い印象イメージが先行し、呪術は広く知られるようなメジャーな学問では無い。


「つまり、ここまで大規模な呪術に必要な代償は、数え切れない程のが必要であり、成功するはずがないと言われているのが二点目だね。

だけど、その時代に"魔王"が引き起こした厄災が存在したのは事実なんだ。一人では無理ならば、複数人の術者で行使するのか?どれだけの代償を用意するのか?場所は?条件は?これらを解明したとして、今でものであれば…」


「"魔王"は殺した事にして、呪術など初めから無かったことにしたんですか」


 ニルの言葉の間に、サーシアが呟くように言った。 


「…君も興味深い内容だったかな?サーシア」

「…はっ!いや…!すみません…迫真の内容で…つい入り込んでしまったというか…」

「はは!いいね、新入生。推理小説みたいだったよ」

「す、すみません…っ!は、恥ずかしいな…」


 顔を赤くして縮こまるサーシアに、ニルはにこりと笑いかけた。


「長くなってすまないね、熱心に聞いてもらえるのは嬉しい事だよ。さて、サーシアが言った通り、当時の問題を解決した権力者達は、情報を統制して魔王を討ち取ったという内容の物語を作るに留めたのでは無いかな。

その意図を汲んで、現在でも魔法協会は公式な調査を行っていないし、魔王関連の史跡に入るには王国の許可証が必要だ」

「なるほど…お伽話が一転、政治や統治の話に移りましたね」


タオが納得したように言うと、ニルは満足気に頷いた。


「その通りだね。要するに…真実を探し当てるには、様々な面から考察するのが良い…ということで、今日の話はまとまっただろうか?時間も頃合いだね。今日はここまで。質問がある人は後で僕のところに来るように」


 ニルはそう言ってパン、と手を叩き、教室を出て行った。

 その音に反応するように、開かれていた本は行儀よく本棚まで戻り、広がっていたいくつかの教材や道具も綺麗に整頓される。

 そんな様子を見て、サーシアはほれぼれするように声を漏らした。


「本当にあれ、すごいねえ…授業が始まった時もドキドキしたけど、これから毎日見れるんだ!」

「そうだね、先生の魔素操作は芸術だよ。まあ、見て真似できるかもしれないのは、ユースティス先輩くらいかな…」


「おっ、名探偵!この後暇かい?」


 そう言って、突然サーシアの肩をバシンと叩いてきたのはグレイグだった。


「めい、たん…?」

「なんだ、サーシアは小説を読まないのか?今流行っているんだぞ、推理ものは」

「はあ〜…そうなんですねえ」

「活字を見ると眠くなるという顔をしてるなあ。まあいいや、面白いものが見れるだろうから練習場に向かおう。ハイネも来るか?ユースティスは勿論来ないな!」

「僕は…復習したい事があって、すみません」


 ひらりと手を上げるだけで教室を出ていってしまうユースティスと、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げ、荷物をまとめてハイネは去っていった。


「俺も行こう。人手が多いほうが良いかもしれないからな」

「え…?一体何が始まるんです…?」


 いつの間にか輪に加わっていたタオがそう言うと、不安そうなサーシアを引き連れ、グレイグ達は練習場へと向かうのだった。

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