記録:十二頁目

 記録:十二頁目


「なんと嘆かわしい!」


「なんと愚かしい!」


「人族とはそんなにも腐っているのか!」


 グオーン、ガオーンと辺り一帯から聞こえる中、怒りの声も混じっている。

 ボクの話したことで怒っているのが分かっていても、さすがに怖いものは怖い。

 ドドドドドラゴンさん助けて……。

 縋りたい思いで涙目になっていると、そこかしこから小さい動物が擦り寄って来た。


「我ら森の住人は子を大事にするものなのじゃよ。 種を残すこともそうじゃが、命が尊きものであることを痛い程知っておるからの。 例え争いになろうとも子の命を取るなど万死に値する、当然のことじゃ」


 フクロウさんがそう言うと、黒いシルエット達が頷いている様子が分かった。

 あぁ……擦り寄ってくれる子達に心が癒やされる、ありがとう、ありがとう。

 きっとドラゴンさんがボクに優しくしてくれるのも同じ理由からなのかな。


「誘拐した上に我らが森に捨てるなど言語道断、到底許されるものではないの。 ……のう主達よ、このシェリアリアが森に住まうことに反対かの? 我は賛成じゃ、否などない」


「賛成だ!」


「迎え入れよう!」


「アタシが育てる!」


 次々と賛成の声が上がっていって、反対する声は一つもなかった。

 ただ一人だけ、フェンガリルだけが沈黙を貫いており、周りから冷ややかな視線が向けられている。


「……好きにすればいい………………一度遊びに来い(ボソッ)」


 クソデカ呟き聞こえてますよ!

 絶対遊びに行きますね!


「クックック、素直になれば良いものを。 のうシェリアリア、人種に恨みはあるか?」


「え? ないよ? まぁ色々と分かったら気持ちも変わるかもしれないけど、少なくとも今はない」


「ふむ、ならば我の森に入る人種には変わらず不干渉を貫くとしよう。 もし恨みがあると言うなら我が直々に痛めつけてやろうかと思ったのだがな」


「いやいやいや、無関係かもしれない人を痛めつけるなんてダメでしょ!」


「ホッホッホ、気持ちも分からぬわけではないがの、シェリアリアの言う通りじゃ」


 フクロウさん曰く、森が拒まないのであれば主は不干渉でなければならず、自然のまま獣や植物に任せるべきとのこと。

 ずっと気になってたけど、森が拒むってどういうことなんだろう? 意思があるとか?


「その通り、この【寄辺よるべの森】には意思があるのじゃよ。 それがどのようなモノなのかは主である我らも知らぬ、じゃが意思があることだけは知っておるのじゃ。 森が広がるのも森に害を成すモノを拒むのも森の意思によるものじゃ」


「なるほど……逆に森が助けるってこともあるんですか?」


「ふむ、聞いたことはないのぅ。 我らが知らぬだけ、ということも十分にあるかもしれぬがの」


 ふむふむ、分からん。

 森に意思があるっていうのがまず理解が難しい、森という生き物なのか? 主も感知してない何かが森全体を管理してるのか? うーむ。

 この世界に来てから分からないことだらけだし、分かった方が良いのかさえ分からない。

 まぁなるようになるか、考えてもしょうがない!


 それからフクロウさんを中心に色々話したけど、新しい情報ばかりだった。

 森全体のことを【寄辺の森】といい、全部で二一ブロックに分かれている。

 中には国を飲み込んでしまい、遺跡と化してる場所もある。

 森が広がる度に主を選定して管理している。

 ここ五〇年程は森の拡大は止まっている。


「主の交代は世襲制の森もあれば後継者を選定して継いでいる森もある、我の試練の森は世襲制なのだ。 以前は我の祖父が管理しておった」


「あれ? お父さんとお母さんは継がなかったの?」


「父は呆れ果てるほどの怠惰でな、ドラゴンとは思えぬほど肥え太って祖父に勘当されて森から追い出されおった……今何処に居るのかは知らぬ。 母は祖父からしたら血縁ではない故、継ぐ継がぬ以前の話だ。 今は森の外にある実家だな」


 デブドラゴン、しかも勘当されるほどのか……逆に見てみたい。

 聞いた感じ寄辺の森って相当大きいみたいだけど、森じゃない場所ってどれくらいあるんだろう?


「この世界は存外広い、世界からしたら寄辺の森も小さきものよ。 そこのドラゴンに乗って来たようだが見なかったのか?」


「たしかに乗りましたけど、森ばかりでしたし流石に世界の全ては見えないですよ……」


「ホッホ、シェリアリアはまだ五才じゃったかの? これから広い世界を見ることになろうじゃろうて、その時が来れば森の広さも理解できるじゃろう」


 こうして色々と話していると、シルエットの一人が声をかけてきた。


「月かなり昇って来たしー、シェリっちゃん帰った方がいんじゃねー? 子供はもうおねんねの時間っしょー?」


「あれ、もうそんなに時間経ってましたか……自覚したらなんか眠くなってきました」


「そうか、ではそろそろ帰るとするか。 リュクリルラースも待っておるだろうしの」


「うん、そうする……ふわぁ……」


 大きなアクビが出ると、一気に眠気が襲ってきた。

 リュクリルラースのモフモフに囲まれて寝たい……。


「ホッホッホ。 また賢老の集いに来るがよい、次は果物でも用意しておくからの」


「ありがとうございます……また来ます……」


「ほれ早く乗れ、急いで帰るぞ」


「うん……」


 のそのそと背中によじ登って、ここに座ればいいかな、なんて思ってる内に意識を手放してしまった。



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「……行ってしまったのぅ」


「シェリっちゃんカワイイがすぎるっしょ、マジ推せる」


「ふん、子は可愛いものだろう」


「そういう意味じゃないのぐらい分かるだろ若造、本当に素直じゃねぇな」


「言っても無駄っすよ、フェンガリルは誰も得しないツンデレっすから」


「ハオウルミスの翁、これからどうするのじゃ?」


 梟、蛇、狼、熊、狸、狐が向き合い話し合う。

 他の獣達も各々何か話しているが、それは何時ものこと、何時もの話。


「そうじゃの、何をするということもないのじゃが……ちと外の情報は欲しいかの」


「外の情報……シェリアリアの嬢ちゃんのことなのじゃ?」


「知ってどうすんで? 森の主は森の外に関与しない、これは破れないぞ」


「言うたじゃろ、何をするということもないと。 じゃが人も元は森の住人、自ら新たな寄る辺を探して出ていったにもかかわらず、侵略を企て侵入する愚かな子孫も居る……我らも何も知らぬままで良いとも言えぬじゃろうて」


 何やら考える者、あまり興味を持たない者、傍観を決め込む者。

 様々な視線が飛び交うが、一つだけ一致していることがある。

 それはシェリアリアをこの森に捨てた奴のことだけは必ず知りたい、という思い。

 何がそうさせるのか? 何がそこまで変えたのか? 保護対象では済まない事態が起こっているのは間違いない。


「あのドラゴンにも言ってやれば良い、アレが一番乗ってくるだろう……儂は知らぬ」


「あーしもなんかできないか考えてみよーっと」


「みな乗り気なのじゃな、妾も何かした方がいいのじゃ?」


「俺は見てるだけにするわ、この図体じゃ動こうにも無理があるだろうし」


「あっしは兄貴が言うなら動くっすよ? 森は弟に任せりゃいいだけなんで」


「ホッホッホ、まずは外の鳥から情報収集くらいかの、また追って話し合うとしよう」


 その後も話は続いていく。

 あーでもない、こーでもない。

 アレがあった、ソレは知らない。

 何時もの集いが続いていく、立ち上っては消える煙の如く。

 月が真上に昇るまで、獣の集いは終わらない。

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