記録:十頁目

 記録:十頁目


 リュクリルラースが喜び回っているのを眺めていると、空から声が降ってきた。


『ふむ、騒がしいと思って来てみたが……何事かあったのかね?』


 驚いて上を見ると、黒い鱗と翼を持つ最強種【ドラゴン】がボクたちを見下ろしていた。

 ド、ドラゴン! あのファンタジーではお馴染みのドラゴン!


「ふぉああああああ!! かかかかかっこいいいいいい!!」


『ん? リュクリルラース以外にもナニか居るのか? 格好良いなどと照れる事を言いよる分かっているナニかが』


『きゅっきゅー』


『ほう、人間がるのか? 何処だ? 見当たらぬが……』


「あ、あ、あ、此処です! 此処に居ます! 格好良いドラゴンさん!」


 木の側から離れて、ピョンピョン跳ねてアピールアピール!

 此処ですよ格好良いドラゴンさん! あー触ってみたい!

 男の子はみんなドラゴンが好きなんだ、ボクだって例外じゃない、反論は認めない!


『む、随分と小さいな……それにどう見てもか弱き存在ではないか。 何故中心部にまで入ってこられたのだ? むむっ興味深い』


 ブツブツと何かを呟いたと思ったら、ボクを見てシュルシュルと小さくなってしまった。

 あぁ、高い所にいるから見辛くなってしまった……なんて思ってたらリュクリルラースが居る所に降りてきた。

 やった、近くで見るチャンス! すぐさま近くへと移動だ!


『ふむ、ふむふむ』


『きゅーきゅきゅ、ききゅっきゅー』


『なるほど、そこな人間が、ほうほう』


『きゅきゅー……きゅっきゅきゅ』


『なんとそんなことが! 興味深い、興味深いな』


〈ポンギョをあげた時から今日までの事を簡単に説明しているようです〉


「あ、そういう話をしてたのね。 いやー小さくなっても鱗が綺麗だなぁ……表現の幅が広がりそう」


 ドラゴンの鱗って思ったよりもテカテカしてないのか、ふむふむ。

 翼は畳むとあんな形になるのか、けっこうコンパクトになるんだな、ほうほう。

 おぉ、爬虫類寄りな顔なのか、ここは地球の空想通りなんだな、なるほどなるほど。

 火は吐くのかな、吐くなら火炎袋もあるのかな、魔法で吐くとかかな、飛ぶのも物理と魔法どっちなんだろうな、気になるな、気になるな。


『よく分かった。 そこな人間、森の仲間の命を救ってくれたこと礼を言う』


「……ハッ! いえいえ! ボクは出来ることをやっただけで、いつも果物をくれるリュクリルラースを助けたかっただけっていうか……そんなお礼を言われるようなたいそれたことはしてないです」


『ふむ、謙虚も謙遜も過ぎ過ぎるが性格は悪くなさそうだな、好感が持てる。 この森は弱肉強食、弱き者は淘汰され強き者が生き残る世界。 命尽きるのも弱さ故、運命に身を委ねその命の灯火が消えるのを待つべきであるが……不変のルール、自然の摂理とは言え突き放してそのまま死んで逝けと言う薄情者はらぬ。 本当にありがとう、感謝の気持ちだけでも素直に受け取ってもらえると有り難い』


「あ、はい、受け取りました……(格好良いしか出てこない……)」


『して、そこな人間……名はあるのか? 人間には個別に名前があると聞いたが』


「ボクはシェリアリアです、親しい人はシェルって呼んでくれます」


『うむ、シェリアリアは何故この試練の森にるのか?』


「えっと……」


 シェリアリアとしての約五年の事を話した。

 ただ、記憶として残っているのは二才くらいからだから、それよりも前はボクにも全く分からない。

 捨て子だったのは聞いてたし、何処の誰がどうして捨てたのかっていうのは何時か分かる時が来ればそれでいいかな。


 さすがに転生どうこうとかは安易に話していいことじゃないと思うし、出会ってすぐの相手に聞かせることでもないから黙っておいた。

 大事なところ以外は簡潔に、長くなりすぎないように説明しましたよ。


『なんと愚かなことを……人間というのはそんなにも腐っておるのか? 二度も捨てられるシェリアリアも大概不運が過ぎるとは思うが……』


『きゅきゅー! きゅきー!』


 ドラゴンさんとリュクリルラースから怒りの感情が漏れ出てくる。

 ボクのためにこんなにも怒ってくれるなんて……孤児院のみんなみたいでちょっと泣いてしまいそうだ。

 みんな元気にしてるかな……。


『我が森の外にと言ってやりたいのだが、森の掟で外に出ることは許されておらぬ。 境界線まで送ってやることはできるが、そこから人間が暮らす場所へはその小さな足で向かわねばならぬ。 距離は分からぬが流石に無理であろう?』


「大人の足でなら大丈夫だとは思いますが、ボクの足では無理ですね……絶対途中で力尽きる自信があります! そもそも住んでた場所がどの方向にあるか分からないですし」


 さすがに困り顔になってしまう。

 仮に方向が分かったとしても、どのくらい距離があるのかが分からない。

 ボクを連れてきた男が徒歩だったのか馬だったのかも不明だし、移動にどれくらいかかったのかも当然不明だから推測もできない。

 移動手段があれば方向とか距離とか関係なく、手当たり次第に周って街を探すこともできるんだろうけど……。

 あ、でもその場合は食料問題が出てくるのか……単独での帰宅は詰んでないか?


『うむ、そうだろうの。 今日こんにちまで生きてこられたようであるし、目処が立つまではこのまま森で暮らせばよかろう、我は歓迎する』


「いいんですか! ありがとうございます!」


『そも森は誰のモノでもないからな、隣人が良しとするなら問題はない。 ただ一つやってもらいたいことがある』


「やってもらいたいこと……?」


 思わずゴクリと喉が鳴る……なんだろう?


『うむ。 我が知る限りではあるが、人間がこの森に住まうのは初めての事であろう。 そこでだ、不必要に殺されぬように【賢老けんろうの集い】に顔を出してほしい』


「賢老の集い、ですか?」


『古きよりこの森に住まう種の長が集い、森に起こった変化を話し合う集まりがあるのだ。 そこでシェリアリアの存在を伝え、異物ではなく隣人であると周知させようと思う。 シェリアリアも安全に暮らせるようになるだろう』


「それは助かります! リュクリルラースが近くに居てくれたから安心して今日まで生きられましたが、これからも同じようにという保証はないですから……きちんと認められてこの森に居られるなら、そうしたいです!」


『では決まりだな。 今夜も集いがあるが……さすがに場所が分からぬだろう? 我が迎えに来る故待っておるといい。 空が黒く染まり銀に輝く神の住まう地が姿を現した頃に此処に来る』


〈暗くなって月がある程度昇ったら、ということかと思います〉


 おぉ、なんか言い回しが詩的でかっこいい。


「わかりました、お待ちしています」


『うむ、ではまた会おう』


 そう言うとバサッと空に飛び立ち、見る間に元の大きさに戻って去っていった。

 はぁ……飛ぶ姿も綺麗でかっこいいってヤバいでしょ……。

 あんなに間近で夢想してた存在に会えるなんて、まだドキドキが止まらないや。


 さて、ドラゴンさんが言ってた賢老の集いはどうなることやら。

 すっと受け入れてもらえればいいけど……問題起こらないといいなぁ。

 あ、ポンギョありがとう、いただきます。

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