記録:九頁目

 記録:九頁目


『きゅーきゅっ! きゅきゅっきゅきゅーきゅーきゅきゅっきゅー!』


「ごめんね、何を言ってるかわからないや……」


 必死に何かを伝えようとしてくれているのは分かるんだけど、リス語は分からないんだ。

 ボクの言葉に困ったように腕を組んでしまう……申し訳ない。

 一瞬の思案の後、何か思いついたのか走り出してしまう。

 突然止まってコッチを見てまた走りだす、また止まってコッチを見る。


「付いて来いってことだよね、間違いなく。 目的はわからないけど行ってみますか」


 小さな体で必死に付いて行こうとするけど、歩幅ちっちゃい!

 走るのはすっごく楽しいんだけど、追いかけるのが目的だからちょっと困る!

 リュクリルラースちゃん待ってええええええ!!


『きゅ?』


 願いが届いたのか、ピタッと止まってコッチを見てくれる。

 良かった、ちょっと休憩させてくださーい!

 と思ったらまた走りだしたよ! ほんと! もう! 無理!

 疲れが足元に出たよね、絶対に……転びました、盛大に。


「うべしっ!」


『きゅっ!』


 地面が土で良かった、石だったら顔が擦り下ろされてたかもしれない。

 いやそれでも痛いんですけどね、綺麗に顔面から着地、のちズザーッ。

 慌てた様子で駆け寄ってきたリュクリルラースが、顔をペチペチしてくる。

 うん、痛いけど痛くないよ、痛いの痛いの飛んでった。


『きゅーきゅっ! きゅーきゅっ!』


 甲高く大きく鳴いたかと思うと、突然大量のお仲間が現れた。

 何かコソコソ話し始めて、コクコクと頷きあっている……何か嫌な予感がするのは何故なんだろう?

 バッと散開すると、ボクの周りを取り囲んで持ち上げられる。

 そう、持ち上げられたんですよボク、そうです、そのまま走り始めたんです。

 それはもう快適なドライブですよ、えぇ、めちゃくちゃ恥ずかしいですけどね!

 ひーっ! 誰も見ないでー! 沢山のリスさんに持ち上げられてるボクを見ないでー!


 …………


 ……


 途中で吹っ切れて楽しみましたよ、それはもう思い切りね。

 でもね? 何かを失った気もしてるんです、何か、大切な何かを……ははは。


『きゅー……』


 優しく降ろされたところで、たぶん呼びに来てくれたであろうリュクリルラースが近付いてきて、力なく一声鳴いた。

 スカートの裾をクイクイ引っ張ってくるのは、たぶんまた来てくれってことなんだと思う。

 立ち上がってリュクリルラースを手に乗せて、指し示す方に歩いていくと……。


「っ!」


 そこには体を横たえた、血まみれの小さなリュクリルラースが居た。

 ボクの手からピョンと飛び降りて、浅い息を繰り返す小リュクリルラースに近付くと、ペチペチと頭を叩く。

 その顔にはポロポロと小粒の雫が零れていた。


「ボクに助けてほしいんだね……?」


『きゅー……』


 力なく頷かれる。


「できるかわからないよ……?」


『きゅー……』


 力なく頷かれる。


「わかった、やれるだけやってみるから待ってて」


『きゅー……』


 俯いて、更に多くの小粒の雫が零れていく。

 もしかしたら、この子の子供なのかもしれない……助けてあげたい。


〈チュートリアル最終回:魔導錬金術マギ・アルケミーを使ってみよう、を開始します〉


「お願いします! あの子を助けたいんだ、治せるポーションを教えてくれ!」


〈お任せください、懇切丁寧かつ迅速にお教え致します〉


「まず何をすればいい?」


〈無から有は生まれません、まずは材料を揃えましょう〉


「分かった」


 ボクは強く頷くと、周りの木々を見回す。


「ボクはこの小さな命を助けたい! どうか、力を貸してほしい!」


 精一杯の大声で問いかける。

 仲間意識が強い種族だと書いてあった、だから側に居てくれてるんだ。

 君たちの仲間を助けたいんだ、だから力を……!


『『『『『『きゅーーーーーー!!』』』』』』


 一斉に鳴き声が上がる。

 ワラワラと足元に集まってきて、ボクのことを見上げてくる。

 手伝ってくれるんだね、準備万端ってことなんだね、ありがとう!


「トリア、何が必要か教えて!」


〈承知しました、緊急処置として私の声の届く範囲を拡大します。 キャリバス草、チュリチュラの実、シダケイシスの葉、清潔な水が必要です。 失敗した時のことを考慮し、なるべく多く集めてください〉


 突然謎の声が聞こえてビックリしたのか、リュクリルラース達がキョロキョロしている。

 でも、仲間を助けるのに必要なことを言われているのに気が付いたのか、ピタリと止まって四方向に散って走り出した。


「ボクは何をすればいい?」


〈シェリアリアには今から魔導錬金術マギ・アルケミーの基本を教えます。 みなさんが戻るまでに詰め込んでください〉


「分かった!」


 そこからは怒涛の勢いで講義が行われた。

 錬金術アルケミーと違って道具や施設が必要ないこと。

 魔法を使って全ての工程を行うこと。

 繊細な魔力操作が要求されること。

 とにかく事細かにノンストップで詰め込んでいく。

 途中素材を持って戻ってきた子たちもいたけど、すぐにまた採取をしに駆けていく。

 みんな必死に小さな命を助けようと駆けずり回っていた。


『ギョワッ! ギョワー!』


 突然上空から鳴き声が降ってきた。

 何事かと焦ったけど、直後に沢山のリュクリルラースが降ってくる。

 バサバサと羽を動かして、少し離れた場所に着地した巨大な鳴き声の主。

 そのまま見つめていると、足元に綺麗な水が入った歪な木の器が置かれている。


「もしかして手伝ってくれてるの?」


『ギョワーッ!』


『『『『きゅきゅっきゅー!』』』』


 そうだと言わんばかりに大きく鳴くと、背中にリュクリルラースを乗せて飛び立っていく。

 なんとも頼もしい仲間ができたものだ。

 正直水をどうやって持ってくるのか考えてなかったから、本当に助かる。

 あの木の器も、リュクリルラース達が必死に削り出してくれたのかもしれない。

 ボクも頑張らないとな、負けてられない!


 …………


 ……


〈錬金を始めます。 手順に従って加工を行ってください〉


「わかった!」


 十分な量の素材が揃った。

 ボクも基本は詰め込んだから、後は実践をするだけ。

 復習するだけの余裕もあったから、失敗しないように注意するだけだ。


〈キャリバス草を刻み、丁寧に磨り潰します。 この時、風魔法を使用します〉



----


 名前:キャリバス草

 説明:殺菌、抗菌効果がある万年草。

    根本から切り取ると効果が漏れ出て失われてしまう。

    主に葉と根に効果成分が集中している。

 一言:液体に漬けておくと除菌剤にもなります



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「よし、調合室ミキシングルーム!」


 スキル:幻想級魔導錬金術師マギ・アルケミスト・ファンタズマの内包スキル、調合時に周囲の魔素を安定化させる調合室ミキシングルームを発動させる。


浮遊フロウ! 微塵空斬マイクロカッター!」


 キャリバス草が空中に浮かぶと、包み込むように風が巻き起こり切り刻んでいく。

 魔法で包みながら刻むことで、効果成分が外に漏れ出ないようにしているらしい。


石臼転潰ミルストン・グラインド!」


 分厚い円形の石が二つ、風の玉を挟み込むように出現する。

 そのままガチンッと合わさり、風ごと挟み込んでしまう……大丈夫なの?

 どちらも逆方向に回転を始めて、中の物をゴリゴリと潰してしまう。

 ニ秒ほど経つと、石同士の隙間から緑色のドロッとしたものが出てきた。


〈ペースト状になったキャリバス草を、風魔法で受け止めてください〉


「わかった、微風ブロワ


〈次です。 チュリチュラの実から種を取り出し、種を粉末状にします。 同じ工程で行うことができます〉



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 名前:チュリチュラの実

 説明:塩気がとても強く食用には適さない。

    種には増血効果があり、貧血に効果がある。

 一言:雑味がないので塩の代用品になります



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「よしっ! 浮遊フロウ! 微塵空斬マイクロカッター! リュクリルラースたち、申し訳ないんだけど落ちてきた実の部分を取っておいてもらっていいかな?」


『きゅ? きゅー!』


 片手を上げて了解! とでも言わんばかりに動き出してくれる。

 複数匹で木を齧りだし、倒れた木をくり抜いていく……すっごい速度! 優秀!

 わっせわっせと刻まれるチュリチュラの実の下に移動させてくれたので、実だけが落ちるように風を調整する。

 うっ、この微調整すっごい集中力居るな……乱れると爆発四散しちゃいそうだ……。


「こっの……こう、だろ! やった!」


 なんとか成功させると、ちょっとドロドロになった実がボトボト落ちていく。

 少しすると風の中が種だけになっていて、ぶつかりあってコンコン音がしている。


石臼転潰ミルストン・グラインド!」


 新たに現れた二つの石にガッチリ挟まれ、ゴリゴリとすごい音をさせて磨り潰しが始まる。

 さっきと同じように風の受け皿を用意しておいて、次の工程を促す。


〈次です。 シダケイシスの葉を水に漬けて、薬効成分を抽出します。 刻んで入れると薬効成分の抽出速度が増進します〉



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 名前:シダケイシスの葉

 説明:シダケイシスの木から採れる葉。

    自己回復能力を高める効果がある。

    魔力との親和性が高い。

 一言:そのまま食べることもできますが、ちょっと苦いので注意が必要です



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「今度は成分を滲み出させるのか、持ってきてもらった水に漬けちゃっていいの?」


〈大丈夫です。 後で成分が抜けた葉を取り出します〉


「ってことは布が必要ってこと? そんなの無いよ?」


〈そのまま入れていただいて問題ありません、不純物を取り出す魔法もありますので〉


「なるほど、浮遊フロウ! 空斬エアカッター!」


 シダケイシスの葉が宙に浮かぶと、ザク切り程度に刻まれていく。

 さっきからずっと思ってたけど、このスキルって料理にも使えるんじゃないかな?

 かなり仰々しい感じになるけど。


〈使うことは可能ですが、能力の無駄遣いのようにも思えます〉


「まあそっか、便利だと思ったんだけどな」


〈どう使用するかはシェリアリア次第ですので、一度試されてもいいかと思います〉


「そうしてみるよ、想定された使い方じゃないんだろうけどね」


 ここまで順調に来てるので、笑う余裕が出てきた。

 周りで見守っているリュクリルラースも、ボクの様子を見てちょっと余裕が出てきたのか、何かの実を食べ始める子が出てきてる。

 うんうん、ずっとピリピリしてても疲れちゃうからね、安心して見守っててよ。

 気が付くと切り終わったシダケイシスの葉がグルグルと循環し始めたので、水の中に落としていく。


〈ゆっくりかき混ぜるとより効果的に抽出されるでしょう〉


「了解、回転水流:遅転ウォーターフロウ:スロウ


 少し疲れが出てきたのか、額から汗が流れてきた。

 腕で拭って一息吐くと、リュクリルラースがポンギョをくれた。

 これって水分も一緒に取れるからありがたいんだよね、有り難くいただきます。


不純物除去ピック・インプリティース


 休憩している間にトリアと話してたんだけど、本当は薬効成分を簡単に抽出するための魔法もあるらしい。

 でも今のボクの技量だと扱うのが難しいらしくて、もっと早く手を付けてれば良かったって後悔したよ。

 必要な成分の知識がないと、余計なのを一緒に取り出したりして上手くいかないんだとか。

 どうにかして知識を得ないといけないなぁ……。


〈最後に、キャリバス草のペーストとチュリチュラの種の粉末を加えて、魔力を込めながら混ぜてください〉


「ようやく完成か……回転水流ウォーターフロウ! 魔力付与マジックエンチャント!」


 加工済の材料を全て投入して、さっきよりも早い回転で混ぜていく。

 魔力付与マジックエンチャントでちょっとずつ空気中の魔素を溶かし込んでるらしく、緑色だった液体がちょっとずつ赤っぽくなってるような?

 なんて思ってたのも束の間、液体が仄かに光を纏い始めて、一気に綺麗な赤色に変化していく。


「すごい……これが本物の錬金術……」


〈シェリアリアの持つスキルの本来の力から見ると、まだ初歩の初歩です。 以前お伝えした通りゼロからのスタートですので、きちんと段階を踏まなければいけません。 これでも一足飛びで行使してはいますが。 最終的には抽出で薬効成分のみを取り出し、魔力と一緒に水に溶かすだけで作ることができるようになります〉


「そうなんだ! うー、楽しみだなー!」


〈時間はかかりますが、シェリアリアなら必ず辿り着けますよ〉


「ありがとう、頑張るよ!」


 パネルに向かって笑顔を向けると、リュクリルラースが背中に飛び付いてきた。

 あ、薬ですねごめんなさい、すぐ使ってあげましょうね。

 いつのまにか光の消えた赤い液体、それを木から削り取ったお気に入りのスプーンを使ってすくい取り、息も絶え絶えな小さな命の口に近付ける。


『きゅー! きゅっきゅ!』


「くそっ飲んでくれない!」


〈まずは傷口にかけましょう、経口摂取にはかなり劣りますが多少は効果があります。 それで意識が戻ったら飲ませましょう〉


「わかった!」


 小さな傷もあるかもしれないから、全身にかかるように垂らしていく。

 ちょっと効果があったのか、体がピクッと動いた! 今ならいけるか!


「ほら飲むんだ! 傷が癒えるぞ! ほら!」


 再び薬を口に近付けると、薄っすらと目を開けて薬を舐め始めてくれた。


「よし、いいぞ、その調子だ。 ゆっくりで良いからしっかり飲むんだ、よしよし」


『きゅっ! きゅきゅー!』


 応援するように鳴くリュクリルラースと一緒に、もっと飲むように促す。

 もう何回舐めたか分からないが、徐々に傷が癒えてきたのか目がしっかりと開いてきてる。

 良かった、本当に良かった……もう大丈夫だ、救えたんだ。


「リュクリルラース、後は任せていいかな? まだ辛そうだったら、スプーンですくって飲ませてあげてね」


『きゅ!』


 スプーンを差し出すと、しっかり抱えて一鳴き。

 さすがに疲れちゃったから、一休みさせてもらうことにするよ。

 少し離れて木に背中を預けると、他のリュクリルラースも薬に群がっていた。

 もしかしたら、倒れるほどじゃないけど傷を負った子が居たのかもしれない。

 みんな元気になってくれたら嬉しいな。


 しばらくその様子を眺めていると、きゅーっと大合唱が起こる。

 どうしたのかと思ったら、血まみれだった子の傷がきちんと癒えたようだった。

 ピョンピョン跳ねる子、両手を上げてブンブン振る子、走り回って行ったり来たりする子、喜びの表現は様々で見てて嬉しくなった。

 ボクも拳をグッと握ってガッツポーズをしてしまったのは内緒の話だ。


『ふむ、騒がしいと思って来てみたが……何事かあったのかね?』

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