記録:八頁目

 記録:八頁目


 うーん……温いぬくい……幸せな温かさ……。

 目を閉じながらも意識が浮上していくのを感じていると、お腹が温かいことに気が付いた。

 眠さを押しのけるように瞼を開けると、お腹の辺りにカラフルな……毛玉?


「なんだろう、この毛玉たちは」


 ふと首だけ動かして辺りを伺うと、ポンギョを食べた後そのまま寝てしまったことに気が付いた。

 ちょっと離れた所に木の根の洞穴があるから、寝落ちしたのは間違いなさそう。

 おっと、それよりもこのカラフル毛玉だ。

 試しに一つをツンツン突いてみると、ピクッと動いた後で勝手に動き出した。


『きゅ?』


「あ、昨日の! えーっと……リュクリルラースか!」


『きゅー!』


 この鳴き声が引き金になったのか、他の毛玉もピョコピョコと頭を上げ始めて、一気に賑やかな景色が広がっていく。

 なんでかは分からないけど、一緒に寝てくれていたってことなのかな。

 なんとなく嬉しくてニコニコしていると、突いた子が首を傾げて顔に近付いてくる。


『きゅー……きゅっ♪』


「ん? なに? どうしたの?」


 ちょっと高めの声で鳴いたと思ったら、全員がシュタタッと離れて行ってしまった。

 えー、本当にどういうことなのー?

 体を起こして、去っていった方を呆然と見るしかできなかった。


〈恐らくですが、保護対象と見られているものと思われます。 寝始めてすぐに一匹が近寄ってきて様子を伺い、その後数匹が寄ってくると一緒に寝始めました。 寝ている間に三回ほど他の獣が様子を伺っていましたが、リュクリルラースが居るのを見て去っていきました〉


「え、なにそれ、すっごく可愛いじゃん……って保護対象ってなんで? そんな弱々しそうに見えるってこと?」


〈シェリアリアは自覚が無いかと思いますが、背が低く体も痩せ過ぎで華奢、覇気や闘気も無ければ漏れ出る魔力も全くない。 保護者と居るべきか弱い小さき存在が弱肉強食が常の大自然の中に居るのです、そう思われるのが普通かと思いますが……そのような存在であれば、街中でも保護されますよね、普通〉


「そ、そんなに?!」


〈こちらの世界でも、五才であれば平均身長一一〇センチはあります。 シェリアリアは九〇から九五センチといったところですので、外見は三才くらいでしょうか。 体重も三才の平均より低いので致し方ないかと……〉


「五才でも十分幼児だとは思うけど、それ以上に幼児だったのかボクは……というか見た目三才がこれだけ喋ってるって、想像するとちょっと気持ち悪いかも」


〈大丈夫ですよ、とても可愛らしいです〉


「慰めになってないからね!」


 シェリアリアとしての五年間が違和感を取っ払ってしまったのか……。

 前世の記憶だけだったらきっと、前世との違いがありすぎて気付いたんだろうな。

 いや、寝たきりだったボクはそれも当てはまらないのかな? わからないや。

 なんとも嬉しくない現実を知ってモヤモヤしながらも、朝食のポンギョを齧るしかなかったのであった……グスン……。


 …………


 ……


 精神ダメージを受けてションボリしているボクをスルーして、トリアはチュートリアルの続きを促してきた。

 元々拒否する気はないしやるけどさ、さすがにちょっとくらい慰めてほしかったな……。


 …………


 ……


 とかなんとか賑やかにやっている内に、気が付けば森で目を覚ましてから一ヶ月が経過していた。

 チュートリアルも第六回まで終わったし、防御と回避の訓練も毎日やってる。

 ただあれ以来、見るのが怖くてステータスは確認してない……。

 何か増えた様子はないから大丈夫だとは思うけど、まだちょっと向き合う勇気が湧いてこないのだから仕方ない、仕方ないのだ。


 それから、生活基盤だの開拓だのは一切着手してなかったりする。

 今のところ木の根の洞穴で困ってないし、リュクリルラースが毎日持ってきてくれる果実があるからなぁ。

 とは言えずっとこのままで良いとは思ってないから、どこかで区切りを付けて考えないといけないなとは思ってます、はい。

 錬金術と魔法もあるし、できてないこと多いなぁ。


 この森生活で変化したことと言えば、独り言が増えた。

 トリアに話しかけるでもなく、独りで何かを喋ってる時間が増えたのだ。

 事実、森の中に生身の人間はボク一人、独り言を言う寂しい人になる運命さだめ……。

 いやいやいや悲しすぎる! トリアが居なかったら精神おかしくなってるから!


 そんな悲しきモンスターになりかけているボクの元に、一匹のリュクリルラースが。

 普段は夜以外近付いてこないのに、何かあったのかな?



----


 ある日の森の中、ひっそりと揺れる水面に空の宝石が映り込む頃……。


『最近リュクリルラースが騒がしいようだな』


『えぇ、なんでも気になる存在を見つけたとかで、甲斐甲斐しく世話を焼いているようで』


『世話を焼いてるだって? 自分等の子と食い物にしか興味がない、あの憤怒の権化が珍しいこともあるもんさね』


『ふん、強きモノではなさそうだな。 我の知らぬ強者のソレを全く感じぬ……』


 井戸端会議と言えば良いのだろうか。

 内容は穏やかなものだが、揃っている面々が穏やかとはとても言い難い。

 やはり井戸端会議と言うのは少し違うようだ。

 主立って喋る存在以外にも多数、この場に集まっている様子。


『エバントゥルが巣を移動したってのは結局どうなったんだい?』


『それは問題なかったようで。 すっかり落ち着いて生活しているようで』


『ふん、アダンリルの子が一匹行方知らずと聞いたが……』


『そうなのか? いつの話だ?』


『知らぬ、今朝方小耳に挟んだだけだからな……』


 あちこちで上がる会話の煙。

 立ち上っては消え、立ち上っては広がり、揺らめく煙は舞い踊る。

 染まった煙は森の色、染まった煙は守りもりの色。


 人は言う、この森は蠱毒の森だと。

 強者のみが生き残り、強者のみが支配する、弱者無縁の狂気の坩堝るつぼ、最後に立つ者支配者と成る。

 獣は言う、この森は試練の森だと。

 弱肉強食は世の理、強者は爪を磨き、弱者は腕を磨き、来る者拒まず去る者憐れみ死ぬ者弔う。

 森は言う、この森は寄辺よるべの森だと。

 最初の獣は肌色お猿、寄って栄えて種が増えて、傲慢お猿は森を去る、寄る辺見つけて森を去る。


 混沌とした井戸端会議らしきものは、やがて声が少なくなっていく。

 内容が尽きたのか、話し疲れたのか、聞くのに飽きたのか。

 最後に誰かがポツリと言った。


『リュクリルラースが世話を焼く子、一度会ってみるか……』


 立ち上ってすぐ消えた煙。

 誰かに届いたのか、誰にも届かなかったのか。

 天に届いたのは神だけが知っている。

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