記録:七頁目
記録:七頁目
足の痺れが
うん、もう大丈夫だ。
木の洞穴から外に出ると、優しい風が頬を撫でて通り過ぎて行った。
「ここが異世界か……うーん、すっごい森、大自然って感じ」
大きく息を吸って、ゆーっくりと吐き出す。
とても気持ちが良い。
今すごく生きてるって実感してる。
もう一度息を吸って、両腕を上に向かって思い切り伸ばし、背中を反らせて目を細める。
あー最高、残して来てしまった家族には申し訳ないけど、開放感が半端じゃない。
足が変形し赤子のままで成長せず、ずっと寝たきりの生活だっただけに、こうして立っているだけで幸福感が湯水のように湧いてくる。
「ふぅーーーーーー……」
体を元の姿勢に戻しながら、肺から全ての空気を抜く勢いで吐いていく。
改めて周囲を見回すと、本当に異世界に居るんだなと実感する。
見たことのないガラスのような花。
何故そんな形をしているのか分からない草。
なんだか老人の顔に見える木。
なんなんだろうね、不安感よりも『異世界なんだな』って納得して逆にスンッとしてるよ、うん。
「食べ物……か。 こんなところにまともに食べられる物が存在してるんだろうか……?」
〈
「あ、そっか、スキルがあるんだった。 無いのが普通だったから忘れてたよ」
〈これから慣れていただければ問題ありません。 時間が経てば解決されますので〉
「そうだね、頑張るよ」
なんだかんだトリアとの会話にも慣れつつあるし、意識して使うようにすれば大丈夫かな。
さて、夜まであとどれくらい時間があるか分からないし、早速探しに歩いてみましょう。
チラホラ果実っぽいのも見え隠れしてるし、案外すぐ見つかるかも?
…………
……
「なんで食べられない果物ばっかなの……」
〈ここは試練の森:中心部、生存競争が激しい地なので植物も必死なのでしょう〉
「せめて一つでいいから食べられて喜ぶ植物は居ないもんかなぁ」
〈アンパンマンではないのですから、食べられて喜ぶモノは居ないのではないでしょうか?〉
「いやアンパンマンも食べられて喜ばないから、喜んでくれるから食べさせてあげてるだけだらか」
探し始めてからしばらく、何種類か果実を見つけることはできた。
しかしそのどれもが状態異常を引き起こすものばかり……いくらスキルの恩恵である程度は大丈夫って分かってても、安全なのを食べたいのが人の心ってものなんですよ。
ガックリと肩を落として、トボトボと木の根の洞穴へ戻ろうと回れ右。
ため息を吐きたくなるのは許してほしい、体も胃袋も小さいけれど食べないと最悪死んでしまうのだから。
あの亡くなってた男性も、なんでこんな過酷な地に捨てるかなぁ……。
自然とゆっくりとした歩みになってしまい、木の根の洞穴もとても遠く感じる。
そう辟易した気持ちになっている時、頭上でサワサワと揺れる枝葉の隙間から何かが落ちてきて頭に当たった。
「いてっ! なんだなんだ?」
バッバッと前後左右を確認し、頭に当たった物を確認しようと足元を見る。
そこには、どぎついピンク色に黒い渦巻き模様が描かれた果実が転がっていた。
「なんだこれ……食べ物とは思えない毒々しい見た目してる……」
どうせ毒が含まれた果実なんだろうなと思いながらヒョイと拾い、期待値ゼロで
「えっ! 毒なし! 当たりの果実だ! 名前は変だけど!」
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名前:ポンギョ
説明:種が大きく可食部は少ないが、味わいは濃厚で爽やかな甘さを感じる美味しい果実。
毒性:なし
一言:桃に近い味がします、ジャムにしても美味しいですよ?
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「どこから降ってきたんだろ? この真上?」
ポンギョを探そうと上を見ると、それらしい果実は見当たらない。
それどころか、何かがこちらを伺うように見つめていた。
リス……かな? こんな危険な森の中で?
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名前:
種族:リュクリルラース
性別:メス
年齢:三歳
説明:小型げっ歯類。
普段は温厚で可愛らしい姿をしているが、一度怒ると相手を絶命させるまでおさまることのない凶暴性を見せる。
特に食べ物の恨みは苛烈で、どこまでも追いかけて必ず討ち果たす。
仲間意識が非常に強く、群れを成して生活している。
子煩悩な一面があり、子供が産まれると群れ総出で子育てを行う。
一言:怒らせなければ非常に温厚な可愛らしいリスのような生き物です
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鑑定結果を見て色々と察したわけだけど、まさか第一小動物発見がこんな恐ろしそうな生き物とは思わなかったかな。
そんなことを考えながら苦笑いをしていると、またリスがポンギョを落としてきた。
「あいてっ。 えーと……ボクにくれるってこと?」
『キュッ♪』
ボクの言葉を理解しているのか、両手を上げて嬉しそうにしている。
キュンッ! かっかわいい!
「あ、ありがとう! お腹が空いてたから本当に助かるよ!」
そう言って小さく頭を下げると、頭頂部にポンポコポンポコ果実が降ってくる。
いてててててててててててて、痛いって!
『『『『キュッキュキュー♪』』』』
「うわっ! いっぱい増えてる!」
驚きに目を見開いて口をパッカリ開けていると、四方八方に散って行ってしまった。
あぁ……ちょっとだけ撫でてみたかったな……。
なにはともあれ、リュクリルラースから贈られた物は、今のボクにとっては天の恵みと言っても過言ではない代物なのだった。
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「さすがに二〇個を一人で運ぶのは大変だった……体が小さいって不便なものなんだな。 だけど、お腹いっぱいになったから苦労の甲斐はあったかな」
ふぅっと息を吐いてお腹をさする。
何個でも食べたくなる美味しさで本当に満足です、ごちそうさまでした。
とは言え、四個食べたらお腹いっぱいになったから、残りは明日ありがたくいただくことにしよう。
「それにしても、なんでボクに果物くれたんだろう? 他の生き物とも共生する生態とかなのかな」
〈この森の生き物は解明されていない部分が大半なので、その可能性は否定できないです〉
「なるほど……考えても仕方がないことばかりで、考えるのが馬鹿らしくなりそうだ」
ゴロンと仰向けに寝転がると、黒く染まり始めたグラデーションで彩られた空が視界に広がる。
今はこの森から出ることは叶わない。
かと言って、こんな小さな身体で一人で生きていけるか不安しかない。
それでもこの森で生き抜いていくのなら、生活基盤を整えるなり開拓するなりしなければいけない。
どうしてこんなことにと思いもするけど、それは今更考えたところでしかたないか。
色々なことが頭の中を巡っていく
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時は戻って、
「葬式……終わったな……」
「そうだな……ぐすっ……」
長男の
静寂。
不意に剛正の頬を涙が伝い、二人分の鼻を啜る音だけが床に落ちていく。
「ここに居たのねぇ」
「ん……」
「あぁ……」
着替えを済ませた長女の
今この家に悲しんでいない者は居ない。
その悲しみの表現の仕方が違うだけで、皆気持ちは同じだった。
「……本当に死んじゃったんだなぁって、今日ようやく実感しちゃったなぁ」
「ずびっ……ぞうだな……ふぐぅ……ぎれいながおで……あいづ……ゔぅ……」
棺に納められた詞愛瑠の顔を思い出したのか、威瑠の声は嗚咽に塗れていた。
優草は七草の頭を肩に導くと、そのまま頭をコテンと乗せる。
一気に悲しみが溢れてきた七草は、声を殺して泣いた。
「よしよし……」
涙が枯れたわけではない、今は二人に好きなだけ泣かせてあげようという姉心。
本心はもうぐちゃぐちゃで、今すぐにでも泣き喚きたいのを一生懸命押し込めているだけ。
家族全員、心が癒えるのは何年も先のことになるだろう。
「……最後に四人で話した時にさぁ」
そう切り出した時、威瑠と七草は優草を見た。
「私達の名前はお祖父ちゃんが付けたのにぃ、詞愛瑠だけお母さんが付けたってお話したよねぇ」
「ぐずっ……そうだな……祖父ちゃんが居なくて母ちゃんがコレがいいってゴネたって」
「そうだったな……詞愛瑠も困ったように笑ってた……」
その時のことが頭に浮かんだのか、三人の顔に少しだけ笑顔が戻る。
痛々しい、必死に笑おうとする涙に塗れた笑顔。
ポツポツと昔話が咲き始め、気が付けば鼻を啜る音は床に染みて消えていた。
「あのねぇ……変な話ししてもいいかなぁ……」
「なに?」
「火葬が終わった後ちょっとだけ、本当にちょっとだけトイレで寝ちゃったんだぁ」
「居ないと思ったらトイレで寝てたのか……チーねぇちゃんも動き回ってたし仕方ないか」
両親が中心になって行われたが、長子として参列者の対応など忙しく動き回っていた。
本当は一人、誰にも見られないようにトイレで泣いていたのだが、今は二人に伝える必要はないだろう。
「不思議なんだけどぉ……小さい女の子の夢をみたのぉ。 ボロボロの服を着てぇ、ボサボサの髪の毛でぇ、でも元気に笑ってる小さい女の子の夢……」
一瞬キョトンとした顔になった七草は、ちょっと困った顔になってしまった。
「それは、私達も知ってる少女だったのか?」
「ぜーんぜん知らない子ぉ、たぶん……三才くらいかなぁ? 楽しそうに何か本を読んでたんだけどぉ、その子を呼びに別の女の子が来たのぉ」
未だに話しが見えないが、夢の話だしなと思う威瑠。
「その子ねぇ……【シェル】って呼ばれてたのよぉ」
「シェル? 外国人か?」
「そうねぇ、銀髪だったし瞳も綺麗な緑色だったわぁ」
「なんだそのアニメみたいな色は……」
「シェル……」
何か引っ掛かりを感じたのか、七草が小さく反芻する。
「……お母さんとそっくりな顔してたのよぉ」
「え?」
「チーねぇちゃんそれって……」
「夢の話よ、夢のぉ。 でもなんだかねぇ、その夢を見てからしぃちゃんが何処かで生きてるんじゃないかなって思っちゃってぇ……変な話よねぇ……」
不意に優草の目から悲しみが一粒零れ落ちる。
気が付いて慌てて拭うが、もう止まらなかった。
夢で見た少女の姿が、詞愛瑠が普通に育っていたら、元気に走り回っていたら、そんな想像をさせてしまい、必死に堰き止めていた堤防を壊してしまった。
三人の湿り気を帯びた夜は、なかなか朝日を迎えられそうにないのであった……。
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