記録:三頁目
記録:三頁目
からだがいたい……。
とってもくるしい……。
「う……ここ……どこ……?」
つちとくさの匂いがする……?
こじーんのおにわ……じゃないと思う……?
「うぅ……あたまが……あたまがいだい……うあああああああああああ!!」
いだい!
いだい!!
いだい!!!!
いだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだい!!!!!!!!
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なんだか不思議な夢を見たなぁ……僕が五才児になって孤児院で暮らす夢。
優しいお姉ちゃんと頼もしいお兄ちゃんが居て、ママと女のパパが居て、いっぱい走り回ってて羨ましかった。
僕なんか生まれてこのかた歩いたことすらないのに……。
「
『ちーねぇちゃん、おはよう』
ポチポチと非物理キーボードを打つと、部屋に置かれたモニターに文字が表示される。
たけにぃちゃんが僕のために置いてくれている、便利な機械の一つ。
「今日は仕事が休みだから、早めに面会に来てしまったぞ、はっはっは」
『嬉しいよ、ありがとう』
先天的な病気で心肺機能と消化機能に難があって、ついでに脚も奇妙な形で大きくならないなんていう、奇形児ってやつだ。
呼吸も設備に繋がれてないとできないから、当然言葉を発することもできないまま二八歳になってしまった。
「それで同僚が言うんだよ、ブラコンすぎて逆に尊いって。 意味分からないだろ?」
『ははは、面白い人だね田村さん』
「あいつは普段から思考も言動もおかしいのだ、まったく困ったものだよ」
ベッドから動けない僕は、普段はWEB小説を読んで過ごしている。
物語に出てくる知識や料理が実際はどういうものなのか調べるのも、趣味の一つって言えるのかもしれない。
基本的にネットで調べるんだけど、どうしても情報が足りない場合は電子書籍を買い漁って読みふけっている。
石鹸の作り方から始まって、井戸の掘り方、土嚢の積み方、果ては兵法や剣術まで広く深く雑食にって感じで。
「ここ最近来れてなかったからな、何か変わったことはあったか?」
『そうだなぁ、担当さんからもらった資料に私物が混ざってて、百合モノが好きだって知っちゃったことくらいかな』
「あぁ、
当然のように色々読んだり調べている内に、自分でも書いてみたいと思うようになって、拙いながらも【カケヨメ】に投稿するようになった。
こんな僕が今では有名作家なんて呼ばれるようになっちゃって、書籍化と漫画化が三本、その内一本がアニメ化に映画化までしてしまった。
暇つぶしから始まった執筆がこんなことになるなんて、本当に人生って分からないものだよね。
「おっと、そろそろ帰らないと。 今日は私が料理当番なんだ」
『そうなんだ。 何を作るの?』
「ん? そうだな、スーねぇもタケにぃも遅くなるから外食してくると言っていたし、適当にチャーハンでも作ろうかなと思っているよ」
『そっか、お祖父ちゃん中華好きだし喜ぶと思うよ』
「はっはっは、たしかにそうだな。 特別にカニでも入れて作ってみようかな」
ひとしきり笑うと、また来週と言って病室を出ていった。
そしてまた一人きり。
さすがにもう慣れたって言いたいけど、二八年経っても慣れないものだね。
この時間に帰ったってことは、母さんと父さんも今日は来れないってことかな……。
なんとなしにそう思いながら、グラスモニターを装着した。
〈こんにちは、シエル〉
『こんにちはシェリー、明日担当さんが来るから必要な資料を確認させてもらえるかな』
〈承知しました、少々お待ち下さい〉
たけにぃちゃん力作の超高性能AI、シェリーが優しく微笑む。
十年以上も一緒に過ごしてるからか、こういうやり取りは慣れたものだ。
最初はただただ機械的で無感情で面白みのない子だったけど、今ではお姉さんっていうかお母さんっていうか、とっても世話焼きな性格に育ってしまった。
料理を口にしたこともないのに料理について熱弁したり、本当に面白い子だよ。
かくいう僕は病院食すら食べたことがないんだけどね、料理本を一緒に読み漁った結果かな?
〈そろそろ就寝の時間ですよ? 寝ないと体に悪いです〉
『そうだね、大人しく寝ることにするよ』
〈はい、とてもいい子です。 おやすみなさい、シエル〉
『おやすみ、シェリー』
明日は起きたら新作の案出しして、担当さんと会って……建築に……ついて……調べて……それから……それから……。
あれこれ考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
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あれ、なんだか外が騒がしいな……。
いつも怖いほど静かなのに……珍しい……。
あぁ、起きなきゃ……。
「この病室まだだな! こじ開けろ!」
え、なになになに?
ドアに何かをガンガン打ち付ける音が響いてくる。
怖い、何が起こってるのか分からない。
そうだナースコール!
慌ててもつれる指を必死に操って、ナースコールのボタンを押し込んだ。
「おらっ! やっぱりまだ居やがったぞ! 拘束して床に転がしとけ!」
「「おうっ!」」
間に合わなかった!
いやだ来ないで!
僕を設備から離さないで!
それがないと僕の命は!
絶望の魔手が僕から全てを奪おうと伸びてきて……。
ピッ……ピッ……ピッ……
普段気にもならない機械音が妙に耳に響く。
設備から無理やり離された僕は、後ろ手に縛られて床に放り投げられた。
体が痛い、息ができない、視界が霞んでくる。
……怖い。
「こいつの足見たかよ、きもちわりーったらないぜ」
「税金泥棒が大層な病室使ってるもんだぜ」
「俺達は苦労して働いてるってのによ、チッ! 胸糞悪い!」
「それも今日で終わりさ、この革命が終わればバカンスが待ってるぜ!」
「「「「はははははははははははははははは!」」」」
あぁ、悪魔が見える……。
曲がりくねった角に黒い羽……醜悪な黒い笑顔……。
僕は、あの悪魔たちに殺されるんだ……。
お父さん……お母さん……お祖父ちゃん……。
すーねぇちゃん……ちーねぇちゃん……たけにぃちゃん……。
暗いよ……怖いよ……手を……握らせて……。
ごめんね……ちゃんと……産まれて……あげられ……なく……て……ご……め……n……
…………
……
--
声が聞こえる。
--起きてください、詞愛瑠さん
僕を呼ぶ声が聞こえる。
いったい誰が、僕はどうなって。
--詞愛瑠さんは生命維持装置から離されて亡くなりました
あぁ、やっぱり夢じゃなかったんだ……そっか。
死に方はともかく、いつかはこういう日が来るんじゃないかと覚悟してた。
思ったよりも天国っていうのは真っ暗なものなんだな。
--それは詞愛瑠さんが目を瞑っているからですよ
え? あぁ本当だ。
ゆっくりと目を開けると、おでこが触れてしまいそうな距離に女性の顔があった。
思いも寄らない光景に、勢いよく後ずさるのだった。
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