記録:二頁目
記録:二頁目
職業鑑定の儀から数日、いつも通りの日常が続いていた。
あの後、マザーとシスターで話をしたが答えが出るはずもなく、ただ見守ることしかできないと結論を出した。
しかし、コールソンの家名を持っていたことだけが引っかかっており、教会本部経由で王家への問い合わせだけはしておいた。
それで何がどうなるかは分からないが、国に保護されるのであれば孤児院に居るよりかは遥かにマシだろうという考えだ。
この孤児院に来て五年が経っているため、王家がどのように動いてくれるのか、それを想像するのは一介の聖職者には難しいかもしれない。
シェリアリアの方は、早速街へのお手伝いに繰り出して……はいなかった。
マザーが言った通り、薬草などの草花の情報が書かれた書物を必死に読んでいるところだ。
とはいえ読み書きが
それでも少しずつ、一歩一歩知識が増えていくことに喜びを感じている。
いつかこの知識が役に立つ、誰かをお助けできる、その未来を夢見て……。
「シェルちゃん勉強頑張るね?」
「うん! ぽーしょん? っていうのつくって、みんなをおたすけするの!」
「そっか、偉いねー。 あ、それは『すりつぶす』だよ。 薬草をゴリゴリして細かくするんだってさ」
「ふむふむ、ほうほう」
「……ちゃんと分かってる?」
「んぇ?」
概ねこんな感じだ、一歩ずつ……半歩……半々歩? とにかく前に前にと進んでいるのは間違いない、間違いないったら間違いないのだ。
ただ残念なことに、錬金術は道具や設備が必要な生産職。
当然と言えば当然だが、孤児院にそんなモノは存在しない。
揃えようにもお金もない、譲ってもらえるツテもない。
もしかしたら快く譲ってくれる人が世の中には居るのかもしれないが、マザーとシスターには錬金術師の知り合いは居ないのであった。
そんななんでもないけど幸せな日々。
それがこの先もずっと続くと誰もが思っていた……。
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「シェルちゃーん! シェルちゃんどこー!」
「シェリアリア! どこだー!」
普段シェリアリアと一緒に居る姉と兄が必死に声を上げる。
職業鑑定の儀から二月ちょっと経ったある日、裏庭で遊んでいたはずのシェリアリアが姿を消した。
それは本当に極めて短い時間の出来事であった……。
いつも通り午前中は自由に遊べる時間のため、姉と兄の三人で裏庭で遊んでいた。
それはささやかなごっこ遊び、きちんとした家庭を知らないが、おままごとで思い描く家庭を再現する遊び。
兄がお父さんで、姉がお母さん、シェリアリアは娘の時もあれば、好き好んで犬の役をやることもある。
その日は娘の役をやっており、それはそれは楽しく幸せな時間であった。
やがてお昼の時間がやってきて、各々が片付けをして食堂へと向かっていく。
当然三人も同じように片付けを始め、姉と兄がちょっと側を離れて戻ってきた時、既にシェリアリアの姿はなかった。
先に食堂に行ったのかと思い向かうが居ない、シェリアリアを見てないかを聞いても誰も分からない、本当の意味で、姿を消してしまったのだと顔を青くした。
その様子に気が付いたマザーとシスターも一緒に探したが、孤児院にも、教会にも、その周囲にもどこにも居なかったのだ。
常にシェリアリアの側にあり、最初にシェリアリアを見つけた姉、アニェスは泣き崩れ、可能な限り側に居るよう努めていた兄、ロスマンは悔しそうに壁を強く殴りつけた。
それから三日間、辺り一帯を探し回ったが情報の一つも手に入らないのだった……。
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時は遡り、シェリアリアの姿が消えた直後のとある建物の中。
シェリアリアを床に転がして、二人の男が密談をしていた。
「バッカ野郎! このガキじゃねぇよ! テメェちゃんと話聞いてたのか!」
「え? すんません、違ったッスか?」
「そもそも何処から攫ってきたんだ!」
「えー、太陽の園ってゆー孤児院ッスね」
「俺が指示したのは【月夜の庭園】って孤児院だ! しかも! 【赤みがかった銀髪の男児】だっつっただろ! このガキ見てみろ! 誰がどう見たって【青みがかった銀髪の女児】だろうが! そもそも孤児院の場所じたいが真反対なんだよ!」
「そーっしたっけ? あ、ほら、銀髪なのは合ってるじゃないッスか! 依頼達成ッスよ!」
「はぁ……バカだバカだとは思ってたが、ここまで大バカ者だったとは……なんでこんな奴が組織に居るんだよマジで……」
「えー、ダメなんッスかー?」
そのバカ丸出しな声に激しい苛立ちを感じたが、明日は依頼人への引き渡しをする日、どうにかして本物の標的を攫って来なければいけない。
どうしたものかと頭を抱えるしかなかった。
「えっとー、このガキどーしまッスか?」
「あ? ……あぁ、適当に捨ててこい、孤児院から一人いなくなったところで誰も何も思わんだろう」
「りょッスー。 ……ドコに捨ててくればいーッスか?」
「グヌヌヌヌヌ……それくらい自分で考えろ!! さっさと行け!!」
「りょ、りょーッス! ……そんな怒んなくてもいーじゃないッスか(ボソッ)」
気絶しているシェリアリアを荷物のように肩に担ぎ、スタコラサッサと退散する。
最後の囁き声はしっかりと聞こえていたようで、戻ってきたらどうしてくれようと独り呟く男だけがそこに居た。
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「さーて、ドコに捨てればいーッスかねー?」
記憶力もなく自分で考えるチカラもないヒョロヒョロバカ男は迷っていた。
普段なら先輩のアニキが色々指示してくれることもあって、なんとか組織でやってこれた部分が十割。
残りの〇割は当然〇だから何もない、自発的に動けない指示待ち男、一夜漬けもできない脳みそ空っぽ男、それでも隠密が異様に上手く唯一の特技と言える。
正直それがなければ組織に居続けることはできなかっただろう。
シェリアリアを誘拐する際も何処かに隠れていたわけではなく、楽しげにおままごとをする様子をニコニコとすぐ背後から見ていたのだ。
流石に行動が気持ち悪すぎるが、それほどまでにすぐれた隠密能力を有している証明とも言える。
「しゃーねッスね、ナントカはナントカの中って言葉があるってアニキが言ってたッス。 ゴミを捨てるなら森の中ッスよね! ボクちゃんあったまいーッス!」
ウキウキ気分でルンタッタとスキップしながら街の門へと進んでいく。
なんの前触れもなく突然そんな行動を取れば怪しいことこの上ないのだが、隠密を使っているおかげで誰の目に留まることもなかった。
バカ男はそれをきちんと理解しているのか分からないが、途中でくるくるとターンして気持ち悪くなるというバカ極まる情けない姿を晒した……いや、誰の目にも映らなかった。
…………
……
「さてさてさーて、なんか有名っぽいこと聞いた気がする森に到着ッスよー♪」
誰に言うでもなく上機嫌で到着宣言、実際周りに誰も居ないので完全な独り言。
突き上げた左腕を下げ、そのままビシッと森を指差す。
「ゴミをなんかするなら森の中ッス(キリッ)! さっさとポポイッてしてアニキに飯奢ってもらわないとッスね♪ ふんふふーん♪」
まるで遠足にでも行くような気楽さでズンズンと森へと入っていく。
いかにバカでも森では油断してはいけない、と口酸っぱく、耳にタコができるほど言われているが、当然そんなことは忘れているのであった。
幸運なことに、道中では何も起こらなかった故に、更に油断が増している。
ホイホイ進んで森の中。
ズンドコ進んで口の中。
エッチラ進んで墓の中。
チンモク続いて闇の中。
そんな不謹慎極まりない歌を唄いながら尚も進んでいく。
気が付けば深い深い森の中、ここまで小動物にすらあっておらず、鳥の声すら聞こえていないのにも気が付かない。
この森は外側から中心に向かって『浅層』『中層』『深層』『最奥』と呼ばれ、何も考えず、何も意識せず、何も気付かず、中層と深層の境目を超えたところまで入り込む。
ここがいかに危険な場所かも忘れたままに……なんせバカだから。
と、ここで歌うことにも飽きてきたのか、ドサッとシェリアリアを地面に下ろした。
「もーいーッスよね、ボクちゃんお手柄! 任務終了ッス♪」
上手に任務を果たせたことが嬉しいのか、意気揚々とくるりと方向転換。
さあいざ戻ろうと一歩を踏み出そうとしたその瞬間、全身を悪寒が走り抜ける。
さすがのバカでも殺気には気が付く、さすがのバカでも身の危険は察知できる、さすがのバカでも命の危機には身構える。
しかしそれも既に遅く、黒い毛むくじゃらの何かが瞬間的に飛びかかり、上半身と下半身が永遠の別れをすることとなった。
「アァ……ごぽっ! アニィ……ギィ……ごぼあっ!」
最後のチカラを振り絞ってその場から逃げようと腕を使って動こうとするが、十秒と保たず瞳から光が消え失せた。
取り残されたシェリアリア、幸か不幸か気絶していたのが運が良かった。
辺りに充満するバカ男の血の臭いが相まって、既に死んでいると判断され、黒い毛むくじゃらの何かは興味を示すこともなくその場を去って行ってしまった。
バカ男の死体と気絶したシェリアリア、沈黙だけがそっと二人に寄り添った。
バカ男の死を疑う者は居るだろう、だが、本当に死んでいるのか? 死んでいるとして何処でどのようにして? それは観ていたモノ以外、誰も知らない。
彼を知る誰にも気付かれぬまま死体を晒される男にせめてもの餞を。
--闇ギルド【カラスの
--せめて来世はもう少し賢くありますように……
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