転生したら森に捨てられてた件 - 他種族と森の愉快な仲間たちと一緒にのんびり生きていきます

朧月 夜桜命

記録:一頁目

 記録:一頁目


「メイド、その汚らわしいモノを処分せよ、この世に存在しているなど許されぬ……行け」


 親の仇を罰するかのように、煮詰めた憎悪を顔に貼り付け、烈火の如き怒りを声に乗せ、静かに命令を下す。

 その恐ろしさに逆らう言葉を発することも叶わず、メイドはを抱えて屋敷を飛び出す。

 ただボロボロと涙を流しながら、布に包まれたモノを抱え、夜闇に支配された街を密かに走り続けた。



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 既に子供は眠っているであろう時間だが、微かに聞こえた泣き声に目が覚め、少女は声の主を探した。

 再び聞こえた声の方向から、裏口を目指して忍び足で近付いて確信を得、ゆっくりと扉を開けると……。


「シスター! マザー! 赤ちゃん! 赤ちゃんが居るよ!」


 痩せっぽちの小柄な少女の声が響く。

 目の前には布に包まれた赤ちゃん、背後には開け放たれた扉、バタバタと足音が近付いてくる。

 ここは教会併設の孤児院【太陽の園】の裏口。

 子供が捨てられるなど珍しい出来事ではないが、生後数日であろう捨て子には一同驚愕を隠せず、一気にバタバタと慌ただしくなるのであった。


「あれ? 紙が落ちた……シェリアリア……?」


 少女の呟きを聞いていたシスターは、それがこの子供の名前であると分かった。

 名前を添えて子供が捨てられるのは、とても珍しいことだった。


 …………


 ……


 それからは怒涛の日々だった。

 唐突に増えた子供、母乳も用意しなければいけない、夜泣きやオシメ替え、圧倒的に人手が足りない。

 子供たちも手伝ってくれるが、それでも限界はある。

 でも、苦しいとか辛いとか、そんなことは誰も思わなかった。

 ただただ、小さな命を救えたことを喜んでいた。

 大変ではあるが、これくらいのこと苦痛でも苦労でもなんでもないのだ。


 一つ、ただ一つ、全員を驚愕させたことがある。

 そして、それが捨てられた理由だったんだと嫌でも分からされた。


 拾った翌日の早朝、早速母乳が必要だと教会と契約をしているご近所の未亡人のお母さんに教会に来てもらった。

 授乳後少ししたら泣き声が上がった。

 無事母乳を与えたら当然出る物が出るわけで、マザーが慣れた手つきでオシメを替えようとするが……。


 そこにはオチ○チンとオマ○マンの両方があった。


 最初は目の錯覚かと思った。

 五秒くらい股間を見つめて、目を擦ってもう一度凝視する。

 ある、両方ある、可愛らしいオチン○ンの後ろに、綺麗な一本筋のオマン○ン。

 嫌悪感は一切なく、そこにあるのはただただ驚愕の思いだけ。

 叫び声が出そうになるのを理性で必死に抑え込み、驚愕を静かな心で包みこんで、努めて何事もなかったかのようにオシメを替える。

 深く、とても深く息を吐いた後、静かに眠る赤ちゃんを抱えたマザーは、シスターの元へと速歩きで向かうのだった。


 このことは、その日の内に孤児院全体に広まっていった。

 狭い範囲であったことはもちろんだが、子供は好奇心の塊だ。

 オシメ替えしている所に乱入してくれば自然と視界に入ってしまうだろう。

 子供から子供へ、伝播していけば当然見に来る子も出てくるわけで。

 もの珍しいさを感じつつも、それが異常なことなのかどうか分からない子供たちはすんなり受け入れてくれた。


「おそらく、捨てられたのはこのことが理由なんでしょうね」


 マザーの悲しそうな声が空気に溶ける。

 お茶が入ったカップを手渡したシスターは対面の椅子に座り、静かに頷いた。


「吃驚はしましたが、捨ててしまうほどのことなのでしょうか?」


「昔、両方の性を有する子供が存在するという話しを聞いたことがありますが、聞いた話しの子供は悪魔の子として殺されてしまったと……」


「そんな……」


「小さな村での出来事だったと聞いています。 分からないものは恐ろしい、理解できないものは排除したい、そんな心理からきた結末だったのでしょう」


 言葉を切るとお茶を一口含み息をつく。

 シスターを見ると目に涙を溜めて鼻を啜っているが、見て見ぬふりをして再びお茶を口にした。


「幸いなことに、子供たちは自然と受け入れて接してくれています。 私も嫌悪感もなければ守るべき子供の一人であると思っています」


「私もです! 当たり前じゃないですか……!」


 力強い視線が頼もしく、ズビッとすする鼻音が頼りなく、それがなんだか可笑しくて小さく笑みを零してしまう。


「共にあの子を、シェリアリアを愛しましょう」


「はい、マザー」


 開け放たれた窓から空気が入り込む。

 庭で育てている花の香りを微かに感じ、これからの生活に幸多からんことを願った。



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 あれから二年、慎ましやかながら幸せな日々が続いた。

 大きな不幸もなく、誰一人欠けることもなく、みなスクスクと育った。


 シェリアリア関連できゃあきゃあ騒ぐ場面がいくつかあった。

 シスターを見ながら「まま」と呼んだことを皮切りに、「ねぇね」「にぃに」と喋った時はお祭り騒ぎだった。

 それから初めて立った時と、初めて歩いた時。

 基本的に歩けるくらいになった子供が孤児院に来ることが多いため、乳を飲ませ、オシメを替え、夜泣きに対応して、なんてことは子供たちの誰も経験したことがなかった。

 だからこそ、あらゆる『初めて』に喜びを感じたのだろう。

 特に女の子にその傾向が顕著に見られたのは、母性の芽生えなのかもしれない。

 ちなみに、マザーのことを「ぱぱ」と呼んだ時は、さすがのマザーもショックを隠せなかったとか……。



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 そして三年目、シェリアリア三才。

 姉兄きょうだいたちと元気に走り回り、たくさんお喋りするようになり、毎日を楽しく過ごしている。

 けっして裕福とは言えない生活ではあるが、それが当たり前と思っているため不自由を感じることはないようだ。

 兄たちは男の子として接し、姉たちは女の子として接した。

 シスターとマザーはどちらかに統一した方がいいのではと悩みはしたが、強制することもはばかられ自由にさせようと決めたよう。


 顔の作りは女の子そのものだが、時折見せる笑顔が男の子のようであり、とても不思議な雰囲気を纏っている。

 体格は女の子そのもので、肩幅も狭く撫で肩、華奢で肌も白く女の子然としている。

 ただ栄養が足りていないのか、身長は非常に低く、年相応にはとても見えない。

 しかし兄たちからすればオチ○チンがあるから男の子だという感覚だし、姉たちからすれば外見が女の子だから女の子だという感覚らしい。

 姉の一人曰く、オチン○ンはあるけど見た目が女の子なら関係ない、とのこと。


 シェリアリア的にどうなのか、気になったシスターが聞いたことがあった。

 しかしまだ三才が故に、首を傾げられて終わってしまう。

 それはもはや仕方ない、仕方ないのだ、三才に話の意味が判るわけがなかったのだ。

 その様子からシスターはもはやどうでもよくなり、その時々で対応を変えようと決めた。



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 そんなこんなでシェリアリア四才。

 性に対してほんのり意識し始めたようで、股間を見られることに羞恥心を感じるようになった。

 兄にも姉にも見られるのが恥ずかしいようで、裸になる時に隠すようになった。

 これは両方の性を持っていることに対してではなく、純粋に見られるのが……らしい。

 この点は女の子的な感覚が強い様子。

 とは言え中身はまだまだ子供、今日も裸ん坊で姉と一緒に井戸の周りで体を拭き合っているのであった。

 楽しいことをしている時は羞恥心はどこかにお散歩に行ってしまうのだろう、股間をガン見している姉が居てもどこ吹く風である。

 しかし何故かろくに身長が伸びない、まだまだ栄養が足りていないのだろうか。


 そして今日も、街へお手伝いに行く兄姉きょうだいを見送る。

 五才の職業鑑定の儀を迎えた子供たちは、お昼から夕方まで仕事をしに行く。

 特に難しい仕事ではなく、お使いの荷物持ちであったり、草むしりや野菜の収穫のお手伝いであったり、各々ができることをしに行くのだ。

 シェリアリアは来年からお手伝いに行けるが、まだ一人でお留守番。

 シスターとマザーと一緒にみんなの帰りを、まだかまだかと首を長くして待つのであった。



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 そしてやってきた五才の誕生日。

 流石に産まれた日は分からないので、拾われた日が誕生日となった。

 ケーキがあるわけでもプレゼントがあるわけでもないが、みんなが笑顔で祝ってくれる。

 一年で一番幸せを感じる日。

 シスターとマザー、兄姉きょうだいとハグを交わし、体全部を使ってお祝いを受け取った。

 ……どう見ても三才児にしか見えない、やはり孤児院の食事ではダメなのだろうか。

 身長も一〇〇センチにも満たず、年相応とはとても言えない外見である。


 誕生日の翌日、ついに職業鑑定の儀が行われることになった。

 マザーに呼ばれて、今日は教会に来ている。

 普段は孤児院に居るし、礼拝に来る人達の邪魔にならないようにと数回しか入ったことがない教会。

 今日だけは自分が主役なので、ドキドキ緊張しながら足を踏み入れる。


「シェリアリア、改めて五才を迎えられたことを嬉しく思います」


「あ、ありがとうございます」


「ふふふ、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ? ……では、職業鑑定の儀を始めます」


 マザーが優しい微笑みを残したまま一冊の本を広げ、神への言葉を紡いでいく。

 シェリアリアは教えられた通り、片膝を突いて両手を組んで目を閉じる。

 次々に紡がれる言葉が体に染み込んでいくようで、不思議な心地よさを感じていた。


「シェリアリア、こちらに来てください」


「え、は、はい!」


 少しボーッとしていたシェリアリアは、慌てて立ち上がりマザーの方へ歩いていく。


「こちらの神玉しんぎょくに触れてください。 触れることで、シェリアリアに適正がある職業を神が教えてくださいます」


「はい!」


 目の前には綺麗に装飾された台があり、その上に透明な水晶、神玉しんぎょくが置かれている。

 胸のドキドキを強く感じながら少し震える手でやさしく触れると、どこからともなく機械的な女性の声が響いてきた。


〈シェリアリア・コールソン 五才 性別:両性 適正職業:錬金術師アルケミスト


「適正職業が一つだけ? こんなことってあるんですね、普通は最低でも三つは提示されるのですが……それにコールソンって……」


「パパ……?」


「……オホン、錬金術師とは怪我を治すポーションなどを作れる、とても素晴らしい人を助けられる職業です。 これからは薬草などの素材について勉強すると良いですね」


「はい! がんばります!」


 にっこりと満面の笑顔を見せ、ちょっと男の子っぽい雰囲気が舞う。

 その姿に笑顔を返したが、マザー・ルフニエは不安を拭えないでいた。

 コールソンと言えば公爵家の家名、何も問題が起きなければ良いがと一瞬表情が曇る。

 元気に教会を後にするシェリアリアの背中を見送りながら、シスター・マカエラにも注意を促さなければと思うのだった……。


〈ピー ザザザッ 神の加護を検出しました 精霊との魂の契約を検出しました 運命の舵輪と祝福を授けます 創造神が見守る御魂みたまに幸多からんことを〉


「…………え?」

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