最終話 天使の望む日常

「ラヴィ。ルウベス様は上級天使だ。僕より階級が上なんだよ。彼は、非常に多くの神と関わりを持つ。敬うべき素晴らしい天使様だ」

「はあ!? じょうきゅう……ってそんな」


 ラヴィは上級天使を見ることすら初めてだろう。顔がみるみる真っ青になっている。下級天使でも、上の階級に失礼をはたらくことの重大さくらいは知っているようだ。


「それで、ご報告とはいったい?」


「今回の一件で、異例ではありますが、リアが中級天使から上級天使に昇格したことを伝えにきたのですよ。これからは階級が分かれますから、リア様と呼んであげてくださいね」


 リア様呼びは恥ずかしいです御師匠様。ああ、ラヴィが泡吹いてます。ちょっといい気味ではありますが、念の為力を使って助けてはあげました。

 ちゃんとこの場の話を最後まで聞い欲しいですから。これまで中級天使をいびっていた事実に、そこそこ苦しむとよいでしょう。


「ナイト夫妻はどちらに? リアがナイト家でのことを思い出すたびに泣いて震えていましてね。もうあの頃のことは考えたくもないと。どのように接したらそうなったのかを、是非お聞かせ願いたいのですが」


 あの御師匠様。私そこまでは言っておりませんが。しかし二人にはその言葉が大変効いているようだ。ルウベス様は丁寧な口調ではあるが、声で完全に圧をかけている。裾を引っ張って止めるように促しますが、びくともしませんね。


「父と母は今遠出しておりまして。ご挨拶もできずに大変申し訳ありません」


「そうでしたか。それは大変残念です。二度とここに来る予定はないので、くれぐれもよろしくお伝えくださいね」


 ルウベス様側の私ですら背筋が凍るほど冷たい口調でそう言い放ち、御師匠様は私の私物を全てナイト家から運び出した。


「ああ、一つ聞くのを忘れていました」


「な、なんでしょうか……?」


 荷物を移動させ、ナイト家から去る直前にルウベス様はくるりと二人の方へ振り向いた。


「こちらの家の造花を一本お借りしていまして。リアが大変気に入っているようなので譲っていただきたいのです」


 御師匠様はぽんっと手の中に一輪の造花を出した。その花は所々焼けこげている。……ナートラだ。失ってしまったと思っていたけれど、御師匠様が持っていてくれたなんて。


「もちろんです。その造花も、リア様にお持ちいただいた方が本望でしょう」


「だそうです。よかったですね、リア。彼もあとで元の姿に戻してあげましょう」


 そう耳元で囁いて、御師匠様は二人に見せつけるように、私を抱き上げて飛び立った。

 別に自分で言い返したわけでもないのに、妙にすっきりとしている。これも御師匠様のおかげだ。




 そのまま私たちは懐かしの庭園に舞い戻った。御師匠様がいなくなってから随分と久しぶりにここにきた気がする。


「おかえりなさい、リア」


 汚れを知らない白い椅子が引かれる。ただいまとおかえりを言って私はそこに座り、正面に腰掛けた御師匠様を見上げた。


「御師匠様。私、わからないことがあるのですが」

「なんでしょう」


 御師匠様は神々しい光に照らされながら微笑む。私は何の躊躇いもなく、素朴な疑問を投げかけた。ずっと気になっていたことです。せっかくなら御師匠様に教えて欲しい。


「だてんってなんですか?」


 そう問うと、ルウベス様は一瞬きょとんと固まって、すぐにクスクスと笑っていた。だって誰も教えてくれなかったから。みんなの話の肝心な部分が、私だけわからなかったんですもの。


「そうですね。天使にとって大変重要なお話です。お茶をしながら聞かせましょう」


 かつての幸せな日常がまた戻ってきたことを実感する。

 差し出されたこし餡入りのお饅頭を頬張り、私はルウベス様からのありがたい教えを受けたのだった。


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悪を欺く天使様 芦屋 瞭銘 @o_xox9112

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