第三十五話 全てを救う願い

 ルウベス様が着地したのは、学校の奥、私の寮の自室だった。こぢんまりとした部屋の椅子にそっと下ろされる。彼が飛行中に天使の力を分けてくれていたので、もう動けそうだった。そういうさりげない手助けも、御師匠様の素敵な部分である。覚えておいてください。ここテストに出ますよ。


「御師匠様に、あるものをご用意いただきたいのです」

「ええ、なんでもどうぞ」


 御師匠様は右手を広げて力を込めた。そこから私が言ったものを出してくれるらしい。私は必要になるものを羅列していった。御師匠様の力で、次々と道具が揃っていく。


「これで全部です。ありがとうございます、ルウベス様」

「これくらいお安いご用ですが、何をする気ですか? 少し嫌な予感がしていますけど……」


「その予感、おそらく当たっていますね」


 シゴ出来な御師匠様のことだ。多分私の行動の先に思考が辿り着いている。それを踏まえて顔を青くしているのだろう。私だってこんなことはしたくない。でも、神様方は思いつく様にやりなさいって言ったんですもの。仕方がないわ。


「こうしてっと……はい、出来ました!」


 しばらくして、キッチンから戻ってきた私の手には、二つの小さなおにぎりが乗せられていた。それをどうするつもりなのか、とは聞かれなかったが、絶対に食べたくないという意思だけ伝わってきた。


「では捕まって」


 御師匠様から力を分けてもらったとはいえ、まだ飛ぶのは危ないと心配された。彼に抱き上げられたまま、来た道を飛び戻る。向かう先はあのパーティ会場だ。

 魔の気配がまだ残っている。デフェル様もまだいる。探す手間が省けて大変ありがたいが、何をモタモタしているのか? 私を始末して、用はもう済んでいるだろうに。


「デフェル!!!」


「ルウベス……様? 今更なんですか? もうリアは……あっ!?!?」 


 デフェル様はルウベス様の腕の中を見て声を詰まらせた。

 目を開けている私を見て驚愕しているようだ。それもそうか。私は自分の手によって倒されたのだと思っているのだから。


「リアが貴方に用があると言うのでね。連れ帰ってきたのですよ」

「そんな、なぜ……」


 考える暇なんて与えてやるつもりはない。私はさっと、ほかほかのおにぎりをデフェル様の前に出した。


「デフェル様。さあ、お選びください」

「なんですか、これは」


「おにぎりです」


 そう答えると、彼は口をあんぐりと開けて顔を真っ赤にした。


「それは見ればわかります! 意図を聞いているのですよ」


「食べてほしいのです。おにぎりを」


「君、いい加減にっーー」


 選ぶ気はない、と。よし、作戦決行だ。私とルウベス様が同時にぱかっと大きく口を開ける。それに釣られて、デフェル様も口を開けるはず。天使は共鳴して同じ行動を取れるのだ。ほ〜ら、開けちゃった。


「デフェル様! 御覚悟を!!」

「な、なんだ!?」


 私は手に持っているおにぎりをデフェル様の口にねじ込んだ。もちろん粒あん入りのものだ。残った方は天使が愛するシャケのおにぎり。私とルウベス様で半分こする予定だ。


「うわああああああああ!!!!!」


 おにぎりを食したデフェル様は劈くような叫び声をあげた。そうだろう、長い間天界で過ごしてきた貴方には、粒あんのおにぎりは苦しいだろう。

 堕天したら、ずっとそれを食べることになるのですよ。ほら、シャケに戻る気は起きませんか? そっと耳元で囁いてみた。よしよし。だいぶ効いているようだ。


 デフェル様はそのまますぐに意識を失い、一瞬にしてその黒く染まった羽が白くなった。


 いつの間にかその場にいた悪魔や魔族たちは拘束から解放されている。


「すごい……」

 

 これは歴史に残る、堕ち切った天使が元の天使に舞い戻った瞬間である。

 私天使リアは、全てを、たった一つのおにぎりで救ったのだ。

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