第三十四話 私の御師匠様

 神々の領域からどんどん体が遠ざかっていく。それは下へ、下界へ向かっている様だった。自分の体へ意識が戻っていく様に。その間、神々の声ははっきりと耳に届き続けている。


『戻りなさい。君の思いつく様にすれば、必ず道は開けることだろう』

「えっ」


『貴方はルウベスの下級天使でもあるのでしょう。彼は今、我を失っている様です。貴方なら、なんとかできることでしょう』

「ええっ」


『我々はただ、事の運びを見ている』

「ええええ!」


 と言うわけで、私は一度倒されたらしいですが、戻ってこられたのでございます。私を抱き上げたまま飛ぶルウベス様にそう告げれば、「そうでしたか。それは何よりです」と彼は優しく笑った。どうやら我を忘れた状態ではないご様子。私、少し安心しました。


「気まぐれとはいえ、アヴィミウス神たちには感謝を申し上げなくては。消滅寸前のリアを繋ぎ止めてくださったのですから」


 私の話だけで、御師匠様はどの神がその場にいたのかを把握しているようだった。やはり多くの神と渡り歩くお方は違う。というか私が生きられたのは神の気まぐれなのですか? 危ねぇ……あわや大惨事でしたね。ありがとうございます神様。大事に生きます。


「そういえば、なぜ御師匠様はラウーンと共にいらっしゃったのですか?」


「まだ事情を話せていませんでしたね。随分と前に、ぽっと出の魔族が中級天使を乱雑に狩っていたので、止めようと思ったのです。ただ、相手に中級天使の情報が詳しく流れすぎているのが気になりましてね」


 言われてみればそうかもしれない。魔族からみれば、天使の階級を見た目で判別するのは難しい。天使でさえも、知識がなければ見分けられないのだから。しかし相手は連日、上級天使でも下級天使でもなく、中級天使を間違わずに狙っていたと話には聞いている。


「天界側から情報が漏れていると思ったのです。おまけにラウーンは力の乏しい魔族でした。力ずくで引き出した情報とも考えにくい。なので堕天したように装って近づくことにしたのですよ。すぐ戻るつもりが、かなりの長期戦になってしまいましたが」


「なるほど、だてんを……」


 わからないことは一度無視して話を聞く。ラウーンを出し抜いて信用を得るなんて、御師匠様にしかできなかったことだろう。


「まさか中級天使そのものが魔王に心酔しているとは思いませんでいたがね。ああなる前に彼を救えたらよかったのですが。リアにここまでのことをするようでは、もう手遅れでしょう。今では許し難い」


 怒りをはらんだ声の後、御師匠様の腕に力が入った。

 デフェル様のことを思い出し、私もそう思った。天使として、あの様な行為を働くようになる程心が荒んだのなら、もう終わりだと思う。それに殴られたの、すっごく痛かったです。


「まあ今は、全てを許しましょう。君はこうして戻ってこられたのですから」


 御師匠様は一際優しい表情で微笑みかけてくれている。ああ、この顔をまた見ることができるなんて。嬉しい。嬉しすぎる。


「リアは大変よくがんばりましたので、今ならなんでも叶えますよ」


 叶えられないものなど、このルウベスにありません。と付け加えられて、この人は本当に素晴らしい天使だと改めて思った。なんでも頼りになる、すごい御方だ。おまけに美しい。

 久しぶりにこの頼り甲斐のある空気を吸った。なんと心地よい。思わず、胸元に擦り寄って甘えてしまう。


「ふふ、流石御師匠様です。とても頼りになります」


 甘えん坊ですね、と言いながらも、ルウベス様は私が指定した場所に飛んでくれていた。そしてゆっくりとその場に着地する。私を抱きしめたまま、御師匠様は優しく言った。


「さあ、聞かせてください。君の願いを」

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