第三話 背中のコーヒーより苦い思い出

 ぶちっ……!

「あはははは、ざまあないわね!」

「あ……そんな」

 床に座り込んだ私の目の前に一つのボタンが転がっている。ボタンには糸が絡まり、その糸はちぎれてしまっていた。私の服についていた綺麗な綺麗なボタン。この服は御師匠様、天使ルウベス様からの贈り物で宝物だったのに。何をするんだと、私は目の前に立ちはだかる人物を見上げる。


「何かしら? よそ者がこのわたくしに意見するの?」

 悔しいが本当のことなので返す言葉はない。でも、でも……ここまでしなくていいのにとは思った。ここはナイト家。私のファミリーじゃない。


 天使というものは、必ずどこかのファミリーに属さなければならない決まりがある。唯一のファミリーだった御師匠様が失踪して路頭に迷った私は、ルウベス様の昔のツテをたどり、このナイト家に引き取られた。


 最初は良かったのだ。ナイト家には中級天使の息子が一人。雰囲気も暖かかった。しかし、息子であるロディーが出張の仕事を主に受けるようになると、ナイト夫妻はさらに娘天使を授かりたいと考えるようになったらしい。自分たちの力を受けついだ新しいファミリーを望む場合は、上級天使が神に掛け合って授けてくれる。

 ロディーの階級が高いこともあり、夫妻が望んだ次の日には、私と同じぐらいの娘天使ラヴィが現れていた。


「ようこそラヴィ。愛しいナイト家の娘よ」


 ラヴィは下級天使ではあったが、自分たちの力を受け継いだ天使を夫婦はよく可愛がった。もちろんそれに比例するように、外からやってきた私への愛は注がれなくなった。それは別に構わない。

 もともとそこまで愛されているとは思ってないし、私のファミリーはルウベス様だけなのだから。ただ、ラヴィからの嫌がらせにはほとほと困る。生活するだけでひどく窮屈だった。


「下界では、決して天使であると知られてはいけません。知られれば即刻殺されることでしょう。さあ、天使リアよ。地上に降りて悪魔たちの通う学校へ通い、彼らの策略を学ぶのです」

 だから、下界に降ろされると分かっていながらも、この学校への潜入には救われていた。命の危険と隣り合わせとはいえ、ライト家で今も過ごすことを考えるとぞっとする。背に腹は変えられない。距離を置けばこのストレスもいくらかは減るだろう。


 もちろんルウベス様から貰った服を千切られたのは腹立たしいし、今でも結構根に持っている。そもそもルウベス様がだてん(?)した責任を問われているのにも納得がいかない。あの偉大なる上級天使ルウベス様が悪いわけがないのだから。あと、だてんってなんですか? 調べても見つからなかったです。


 まあいい。今は全てを許しましょう。納得していないことも多いけれど、この学園で長く過ごせるように頑張ろうと思う。信頼を得て、怪しまれずに、そして自由に生きるために。


「どうした、早く見せてみろ!」

 ラッグ先生の声が圧をかけてくる。さあ今、頑張りを発揮する時だ。

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