第2話 優太転校、キキと出会う
母親を知らない僕が、このクラスに転校してきたのは三か月前だ。その日の朝、父が急に仕事で来られなくなり、僕は職員室で一人で担任の山本先生を探した。ところが先生も急用で不在だという。年配の女の先生に「ごめんね。一人で行ってくれる。五年二組はB棟の三階だから」と言われた。初めての場所の上、仮性近視が急に進んでメガネをかけるかどうか悩んでいた時期で、良く見えなくてなおさら不安だった。
手すりを頼りに階段を上がる途中、出会った児童に訊いた「五年二組はどっち?」という問いへの「ああ〝キキ学級〟はこの廊下の突き当たりを右すぐだよ」という返答が終わる前に、始業のチャイムが鳴った。僕は良く見えてないのに慌てて走って、五年二組の入り口付近で柔らかい何かにぶつかった。ラベンダの良い香りがした。
「危ないでしょ。廊下は走らない!」
無造作に束ねた髪とすらりとした長い脚を持つその人は、白のブラウスとタイトな黒いスカートをつけていた。その目は分厚い黒縁のメガネの底にあって冷たかった。てっきり先生だと思ったその人が、同級生のキキさんこと、吉沢樹喜だった。見かけだけでなく、とても大人びていてしっかり者で、頼りない山本先生をしっかりサポートしていたので、蔭で五年二組は〝キキ学級〟と呼ばれていたのだった。
「伊藤優太君ね? 待っていたわ」
山本先生から聞いていたそうで、僕に用意していた座席を案内し、クラスメートに紹介もしてくれた。下校時も親切に、「帰る道分かるの? 送って行こうか?」と言ってくれた。視力も落ちていて不安だったので甘えることにした。つまずきそうになった僕の手を引いてくれたキキさんの手は暖かかった。背が低く、坊ちゃん刈りで童顔の僕と大人っぽいキキさんの二人連れは、はたから見たら、母と子に見えていたに違いない。
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