第6話 気づく

ヘクトルは歩きながらカルロの話を聞いた。


この近くに村があり、そこに妹と二人で暮らしていると。


そして妹が病気になったため、自分で薬の材料を取りに来たのだと。


「なるほど、そういうことか。しかし、他の大人達は協力してくれないのか?」


「そ、その……今の村には戦える大人が少ないんです。ほとんどは戦争に行ったり、無茶をして怪我をした人が多くて。僕の父も、戦争に行って亡くなったそうです」


「そうか……」


「それに、最近は森の中も危険で……もう少し待ってくれたら、みんなも手伝ってくれるって。ただ、僕はどうしても我慢できなくて……勝手に出てきちゃったんです」


ヘクトルは、その少年の言葉に何も励ましの言葉を言えない自分に嫌気が指す。

戦うことしかしてこなかったヘクトルには、そういう時にどうして良いのかわからない。

結果的に、ヘクトルは……カルロの頭を乱暴に撫でた。


「わわっ!?」


「カルロは偉いな。妹のために、こんな危険を犯してまで」


「た、たった二人の兄妹ですから」


カルロは久しく感じなかった感覚を思い出す。

それは勇敢だった父親に撫でられたような気がしたのだ。

そしてヘクトルは意図せずに、カルロの心を解いた。

カルロは緊張から抜け出し、ヘクトルに対して完全に警戒心を解く。


「妹の名前はなんて言う?」


「リサっていって、三つ下でまだ十二歳なんです。あいつが三歳の時に父さんが出て行って、ほとんど顔も覚えてないから……だから、僕がしっかりしないと」


「そうか、ならば俺も力を貸すとしよう」


「ヘクトルさんにも、妹がいるんですか?」


その言葉に、ヘクトルの心に痛みが走る。

無論、顔に出すことはない。


「ああ、そうだな。俺も両親が早くに死んで、妹と二人で生きていた。そんな中、俺はよく叱られていたよ……兄さんってば、気配りが足りないとか」


「あはは、やっぱり男と女じゃ違いますよね。僕も、よく小言を言われるんです」


「なるほど、何処も似たようなものか」


そんな会話していると、ゼストが鼻でヘクトルを突く。

ヘクトルは振り返り、ゼストの耳がピクピクしているのを確認した。

それは警戒の合図なので、ヘクトルも戦闘態勢に入る。


「カルロ、何か来る。そこから動くなよ」


「は、はい!」


そしてガサガサと草むらから音がして、緑色の皮膚をした醜い生物が現れた。

それはゴブリンと呼ばれる魔物で、頭が悪く何にでも襲い掛かる性質を持つ。

何より家畜や畑を荒らし、人類の雌を苗床として繁殖力は凄まじい。

故に出会ったなら、倒すのが人類の義務となっている。


「ケケー!」


「ゲケッ!」


「相変わらず数だけは多い——先手必勝といこうか」


ヘクトルは両手で大剣を構えて駆け出す。

そして一番近くにいたゴブリンを一刀両断する。


「ギギァァ!?」


「断末魔まで醜い。さて、次々と始末しよう」


ヘクトルは森の中を駆け回り、各個撃退していく。

その剣技は凄まじく、ゴブリン程度では数がいくらあっても敵ではない。

それを見て頭の悪いゴブリンにも危機感が出たのか……最後の一匹が逃げ出そうとした。

それに気づいたヘクトルは、たった今斬り捨てたゴブリンを投げつけた。


「ギャギー!?」


「にげれると思うなよ? ——ふんっ!」


足元に仲間を当てられ、そのゴブリンは転倒した。

そして近づいてきたヘクトルにより、頭を潰された。


「ふぅ、これで全部か」


「す、すごいです! ゴブリンとはいえ、あんなに数がいたのに……」


「俺の戦いの基本は先制攻撃と、どのようにして一対一に持っていくかだ。一対一なら、ゴブリンに負けることはない。


「……大人達はゴブリンなんかとか言って馬鹿にしたり、放置しとけっていうのに」


「相手がゴブリンとはいえ、死ぬときは死ぬ。奴らは馬鹿だが無能ではない。群れをなし、時に上位種になってやってくる。故に、確実に倒さねばならない」


ヘクトルの言葉は決して誇張ではない。

戦場に置いてヘクトルは、そのように生き残ってきた。

ヘクトルであれば、ゴブリンの群れに突っ込んでも殲滅できた。

しかし、ヘクトルは自分の力を過信していない。

人は死ぬときには死ぬということを、誰よりもわかっていた。


「か、かっこいいなぁ……」


「ふっ、ただ臆病なだけだ。さて、進むとしよう」


ゴブリンの肉は食えないし、ヘクトルは冒険者でもないので放置する。

冒険者であれば討伐証拠である耳がいるが、今のヘクトルには必要ない。

それに放っておけば、その血に寄せられて他のの生物が来る。

その間に、ヘクトル達は森を進めばいい。

そして、森を抜け……カルロが立ち止まる。


「あっ、確かこの辺りに看板があるって……」


「それが目印か……あれか」


ヘクトルが目を細めると、少し先に看板があるのが見えた。

ヘクトルは通らずに来たが、この辺りは道が舗装されていて村人達が通る道だった。


「あっ! ありましたか! そしたら、ここから北に行ったところに薬草があるんです」


「よし、では引き続き進むとしよう」


すると、カルロのお腹がキュルルーと鳴いた。

ヘクトルは足を止めて、カルロを見る。


「……お腹が空いてるのか?」


「す、すみません! その、昼ご飯も食べてなくて……」


「いや、妹のことが心配だったのだろう。では、先に飯にしよう。焦ってはことをし損じるともいう。何より、俺自身も腹は減っている」


「で、でも、僕は何も持ってなくて……」


ヘクトルは黙って、袋の中からニジイロマスを取り出す。


「わぁ……! それ、めちゃくちゃ珍しい魚ですよ! うちの村でも、滅多に獲れません! 力も強くて、引き上げるのも大変だって!」


「ふむ、そうなのか。確かに釣り上げるのは中々に手強かったな」


「ひ、一人で釣り上げたんですかね……さっきの戦いといい凄いですね」


「別に大したことはない。鍛えれば、オークやゴブリンくらいなら誰でも倒せる」


「ぼ、僕でも倒せるよになりますか!?」


「鍛えればな。それより、早く飯にしよう。ここは見晴らしも良いし、道も舗装されているからな。すまないが、枯れ木と枯れ葉を集めてくれるか?」


「は、はい! わかりました!」


カルロは役に立てるのが嬉しく、急いで枯れ木や枯れ葉を集めていく。

ヘクトルはその間に、ゼストに乗せている荷物からまな板などを取り出す。


「ブルルッ」


「ん? ……自分は何をしたら良いって顔だな。お前は辺りを警戒してくれ。食べる時が、一番無防備になるからな」


「ブルルッ!」


ゼストも主人の役に立てて嬉しそうに鳴いた。

ただでさえ自分は老いているので、主人の足手纏いになっていることを気にしていた。

何より、これからの主人のことをゼストは心配していた……生きる目的がないことを。

そんなゼストの気持ちなど知らず、ヘクトルは淡々と準備を進めていた。


「まずは内臓を取って、水筒の水でよく洗うと……よし、これでいいだろう。帰りにまた、川の水でも汲んでいかねばな」


ヘクトルはきちんと洗い終えた魚を、まな板の上にて包丁で三枚おろしに捌いていく。

手際も良く、これは戦場で野営をしていた時の経験が生きていた。

捌いた後はさらに小分けし塩をふりかけ、串に刺したら準備完了だ。

そして作業を終える頃、カルロが枯れ葉や枯れ木を持って戻ってくる。


「と、取ってきました!」


「ああ、ありがとな。それじゃ、そこに置いてくれ」


「はいっ!」


カルロは指示通りに置き、ヘクトルは火打石を使って準備をする。

素早く擦り合わせ、カチカチと鳴らして……枯れ木に火がつく。

次第にパチパチと音がなり、焚き火となった。


「よし、後は魚を置いて待つだけだ」


「あ、あの! 聞いてもいいですか?」


「ん? 俺で答えられることなら答えよう」


「ありがとうございます! ヘクトルさんは、どうしてこんなところに? この辺りには、うちの村くらいしかないですけど……」


そこでヘクトルは気づく。

自分が、何も説明していないことに。


「ああ、そういえば何も言ってなかったか。実は、この近くにあるという村に用があってな。多分、カルロが住んでいる村だろう」


「えっ? 確かに、この辺りには僕たちの住んでる村くらいしか……でも、何もないですよ? 小さい村だから冒険者ギルドもないし」


「俺は冒険者ではないしな。傭兵として戦場を渡り歩いてきた。お主の村には、とある用事が……おっと、焼けたようだ。先に食事にするとしよう」


小分けしたことで、すぐにナナイロマスが焼けたようだ。

すぐに香ばしい香りが、二人の鼻孔をくすぐった。


「ご、ゴクリ……」


「ほら、遠慮せずに食べるといい」


「で、ですが、妹が待っているのに僕だけ……」


「だからこそだ。いざという時に動けるように食べておけ。何より、お前が元気でいること……それが、妹が一番望んでいるはず」


ヘクトルもいつもそうだった。

妹が家でひもじい思いをしているのに、戦場にいる自分はきちんと食べられていた。

わざと食べなかったりして、妹に痩せたことでバレたりしていた。

そうして帰るたびに、妹に自分のことも考えてと叱られていた。


「ヘクトルさん……そうですね、いただきます!」


「俺も頂くとしよう」


二人は同時に魚にかぶりつき、思わず顔を見合わせる。

そのニジイロマスは産卵前で脂がのっていて、今が一番食べごろであった。


「美味しいです!」


「ああ、これは美味い。身が締まっていて、それでいて噛むほどに旨味が出てくる」


「はい! 皮はパリッとしてるのもいいです!」


「ああ、そうだな」


そしてヘクトルは、久しく忘れていた感覚を思い出す。


戦場などで、こうして誰かと捕まえた獲物を共に食べたことを。


それはとても贅沢な時間で、自分が好きだったことに。



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