第5話 森の中にて

ゼストが寝ているヘクトルの顔を舐める。


主人が泣いていたので心配しているようだ。


そして、顔を舐められたヘクトルが目を覚ます。


「ん……ゼスト? そうか、俺はうたた寝をしてしまったか。少し、旅の疲れが出たのかもしれない。ここ最近は、宿にも泊まれていないしな」


「ブルルッ」


代わりに見張ってやったとゼストが嘶く。

王都を出てから早三日、ヘクトルは戦友の故郷があるという場所を探索していた。

そして昼飯のため、川の近くで釣りをしていたら寝てしまったらしい。

ヘクトルは感謝を込めて、その頭を優しく撫でる。


「起こしてくれてありがとな……とっ!」


持っている竿がしなり、ヘクトルの手に重みがかかる。

どうやら、魚がかかったらしい。


「ゼスト、 いいタイミングだ。危うく、昼飯を逃すところだった」


「ブルルッ!」


「ウォォォォォォ!」


ヘクトルは渾身の力を込めて、竿を持ち上げる。

すると、川辺に大きな魚が引き上げられた。


「おおっ、こいつは大物だな。というか、なんの魚だ?」


ヘクトルが引き上げた魚は七色に光り輝いていた。

ヘクトルは知らないが、それはこの辺りでも珍しいナナイロマスという川魚だった。

警戒心が強く、何よりその力が強いことで有名だ。

大きさは七十センチを超え、大人一人で釣り上げるのは難しいとされていた。


「ブルル?」


「まあ、ゼストに聞いてもわからないか。一人分には多いが、昼飯にするとしよう」


そして、ヘクトルは食事の準備をしようと立ち上がる。

すると、ゼストが頭でヘクトルの背中を突く。


「なんだ?」


「ブルルッ!」


ヘクトルが振り返ると、ゼストの耳が色々な方向に動きいていた。

これは不安を感じていたり、周囲を気にするときに出る馬の特徴の一つである。

ヘクトルはこの仕草に、戦場で幾度となく救われてきた。

なので、それを疑う余地はない。


「何かあるんだな?」


「ブルッ!」


「わかった、昼飯は後しよう。付いて行くから案内してくれ」


ヘクトルは素早く魚を締めてから袋に詰める。

作業を済ませたヘクトルは、ゼストの後をついていき……異変に気付く。

遠くから人の叫び声がしたからだ。


「ゼスト! 先に行く!」


「ブルルッ!」


森の中ではゼストは素早く動けないので、ヘクトルは単独で森の中を駆けていく。

単純な人助けという意味もあるが、それ以上に人がいるという事実。

この近くには村は少なく、この声の主がその村の住民である可能性が高かった。


「間に合えよ……!」


ヘクトルの願いが届いたのか、はたまた声の主の助かりたいという願いが届いたのか。

声の主は、逃げながらヘクトルの方へと近づいていた。

そして、運良く二人は出会う。

それは二人にとって幸運なことだった。


「うわっ!? 誰!?」


「よし、生きてたか。そのまま、俺の後ろに回れ」


その声の主は細っこい少年で、年齢は十五歳前後に見えた。

ヘクトルが少年に声をかけるが、少年は混乱しているのか戸惑うばかりだった。


「えっ? い、いや……」


「いいから早くしろ!」


「は、はい!」


ヘクトルの喝により、少年が慌てて動く。

そしてヘクトルの後ろに回った瞬間、少年を追っていた奴が現れた。

それは人に近い体型に、豚の顔を持っているオークと呼ばれる魔物だった。

人類の肉や苗床を得るために、人類に襲いかかる魔物の一種である。

故に和解などなく、出会ったならどちらかが死ぬしかない。


「ブヒィ!」


「豚野郎か……すぐに終わらせてやる」


「ブヒィヒィ!」


槍を構えたオークが、ヘクトルに近づき無造作に突きを放つ。

当然、歴戦の強者であるヘクトルに当たるわけがない。

さっと右に半歩ずれつつ、一歩前に出る。

そして背中にある大剣を振り下ろした。


「ブヒァァ!?」


「そんな攻撃が俺に当たるわけがなかろうが……それにしても、斬れ味が半端ない」


真っ二つにされたオークは絶命し、ヘクトルは頂いた剣の威力に驚いた。

ヘクトルの腕がいいとはいえ、いとも簡単に真っ二つにしてしまった。


「……もしかして、名のある剣だったりしないよな? まさか、そんなものを俺にくれるわけがないだろうし」


「あ、あの!」


ヘクトルが考え事をしている間に、少年も気を取り直したようだ。

ヘクトルはひとまず剣を仕舞い、少年と向き合う。

その少年は、まだ幼さが残る顔つきの男の子だった。


「おっと、そうだった。少年、大丈夫か?」


「は、はい! 助けてくれてありがとうございます! ぼ、僕の名前はカルロって言います!」


「カルロか、よろしくな。俺の名前はヘクトルという。まだ戦いには不慣れなようだが、こんな森で一人で何をしていた? それとも、他にも連れがいて逸れたか?」


「ぼ、僕、一人です……でも、妹を助けるために薬の材料が必要なんです!」


その決意のこもった目と台詞に、ヘクトルは過去の自分を思い出す。

そしてすぐに、少年……カルロの力になりたいと思った。


「わかった、詳しい説明は歩きながら聞こう」


「えっ?」


「俺でよければ力になると言っている。まずは、君の目的地に案内してくれ」


「あ、ありがとうございます!」


そして二人はゼストが来るのを待ち、森の奥に向かって歩きだすのだった。


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