第4話 妹のルナ

 燃え盛る炎の中、若きヘクトルは最愛の妹を探す。


 自分の村が襲われたと知り、急いで駆けつけた。


 しかし既に村は蹂躙され、自分の知るほのぼのした景色はない。


 家は崩れ、見知った人の死体が散乱し、家畜達が逃げ出していた。


「くそっ! ルナァァァァ! いたら返事をしてくれ!」


 その声は、敵を引きつけるに十分だった。

 すぐに敵兵がやってきて、ヘクトルを囲んで行く。


「なんだ、こいつ?」


「格好からして何処かの傭兵か?」


「まあ、関係ないだろ。とりあえず、男は全滅させろとのことだ」


 その言葉にヘクトルは背中から剣を抜いて問いかける。


「貴様らは何者だ? どうして、この村を襲った?」


「あん? 特に理由なんざねえよ。単に食材と金、後は女が必要になっただけだ。近くにあったのが、この村ってだけの話だ」


「こっちも戦争なんで悪く思うなよ。そして、お前は男だから用はない……死ね」


 そう言い、男の一人がヘクトルに向けて剣を振り下ろす。

 しかし、その剣がヘクトルに届くことはなかった。

 その前にヘクトルの剣が、相手の喉を切り裂いていたからだ。


「なっ……」


「剣を振るのが遅い」


 喉を切られた男は、何かを言いたげに口をパクパクさせ……そのまま後ろに倒れこむ。

 その動きを見て、それまで弛緩していた兵士たちに緊張が走る。

 今更、ヘクトルが只者ではないと気づいたのだ。

 兵士達は知らないが、ヘクトルは既に傭兵として名を上げてきた凄腕の剣士だった。


「こ、こいつ!」


「囲んで殺せ!」


「死ぬのは貴様らだ」


 そして次々と、ヘクトルに兵士達が襲いかかる。

 ヘクトルはまずは目の前の敵を斬り伏せ、その兵士を襲いかかってきた兵士にぶつける。


「うおっ!?」


「シッ!」


 当然、その兵士の動きが一瞬止まったのでヘクトルの剣が喉を貫く。

 言葉を発することもできずに、その兵士は地に伏せる。

 ヘクトルは囲まれないように、その斬った男の方向に走り抜けた。

 そして振り返り、再び剣を構える。


「あ、あっという間に二人やられた?」


「こ、こいつ、只者じゃねえ!」


「さあ、どうする? 残りは四人か……死にたくなければ消え失せろ」


 ヘクトルは怒りを押し殺し、相手を威圧する。

 本当なら皆殺しにしたいが、今は妹のことが最優先だからだ。

 その威圧が効いたのか、兵士達がジリジリと後退する。


「お、俺は逃げるぞ! こんな任務で死んでたまるか!」


「で、でも、皆殺しって命令で……」


「だったらお前は残ればいい!」


 その言葉で勝敗は決まった。

 残った四人は顔を見合わせ、その場から立ち去っていく。

 ヘクトルはその前に、兵士達の顔を目に焼き付けていた。

 いずれ、必ず殺すという誓いと共に。





 そしてヘクトルは再び、村の中を走り回り……ようやく、ルナを見つけた。

 しかし、既にルナは血まみれになって倒れていた。

 ルナの身体は細っこく病弱で、兵士達は使い物にならないと斬り捨てたのだ。

 女としての尊厳は守られたが、二人にとっては何の救いにもならない。

 ヘクトルは急いで近づき、慎重にルナを抱きかかえる。


「ルナ! しっかりしろ!」


「お、お兄ちゃん? ……良かった、無事に帰ってきて」


「俺の心配をしてる場合か! 今すぐ医者に連れてってやるからな!」


「ううん、もう遅いよ。えへへ……最後に顔を見れて良かった」


 そう言い、儚げに微笑んだ。

 十四歳で戦場に出て六年、ヘクトルは人の死を嫌という程見てきた。

 だからこそわかってしまった……妹がもう死んでしまうことを。

 だが、それを認めることは出来なかった。

 幼き頃に両親を亡くし、たった二人で生きてきた最愛の妹なのだから。


「っ〜! さ、最後なんて言うな! 大丈夫だ! お金ならある! 今すぐ、名医の元に連れて行くから!」


「お兄ちゃん、泣かないで……ごめんね、私が足手纏いだったから……お兄ちゃんは好きなこともできずに……」


 ヘクトルは三つ下の妹を小さい頃から面倒を見て、今では傭兵として働いてきた。

 そのため、自分のしたいことなどを押し殺してきた。

 だが、その事に後悔などなかった。


「馬鹿を言うな……お前を足手纏いなどと思ったことはない! 頼む、俺を置いていかないでくれ!」


「お兄ちゃん……私、本当は色々な場所に行って旅とかしたかった……でも、お兄ちゃんが旅の話とかしてくれたから楽しかった……あのね、お兄ちゃんの妹で幸せだったよ……私も、お兄ちゃんの幸せを願ってるから……だから、これからは好きに生きて……」


 その言葉を最後に、ルナが目を閉じる。

 手足がだらんとし、ヘクトルに重みがかかった。


「ルナ……?」


「………」


「はは……起きろって……そうやって、いつもみたいに俺を脅かそうとしてるんだろ?」


 ルナはよく、ヘクトルが帰ってくるたびにそういういたずらをしていた。

 それは兄がいない寂しさによる拗ねと、帰ってきたことを素直に喜べないルナの気持ちの表れだった。

 しかし、今は……そのいたずらでないことは誰の目から見ても明白だった。


「ルナ……ァァァァァァァァ!」


 燃え盛る炎の中、ルナを抱きかかえたヘクトルの慟哭が響き渡るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る