第3話 英雄は旅立つ

 窓から朝の日差しが部屋に差し込み、それによってヘクトルは目覚めた。


 昨日は久々に美味い酒を飲み、潰れるように寝ていた。


「……少し飲みすぎたか。出かける前に、軽く動くとしよう」


 酔い覚ましの意味も含め、ヘクトルは部屋を出て宿の庭で黙々と木剣を振るう。

 汗をかき、次第に酔いも覚めて来る頃……宿の縁側からオルスがやって来る。


「おう、おはようさん」


「ああ、おはよう」


「おっ、昨日よりマシな顔になってるじゃねえか」


 ウォレスの言う通り、今のヘクトルは昨日とは違う。

 生気が戻り、生きる気力のようなものが僅かに沸いていた。

 そもそも、こうして久々に朝の鍛錬をしているのが良い証拠だろう。


「我ながら現金なものだと思う。だが、確かに昨日よりはマシだろうな」


「そんなんで良いんだよ、お前は下手に考え過ぎだ。さて、飯が出来たから食べていけよ」


「ああ、有り難く頂戴しよう」


 ヘクトルは井戸水を軽く浴びてから、室内に戻り朝食を摂る。

 ただの固いパンに野菜のスープ、肉の腸詰めを焼いた簡素な食事だ。

 しかし、これも昨日より味がする気がした。




 食事を済ませたら、着替えをして出発の準備をする。

 といっても魔法袋があるので、軽装に武器を携帯するのみだった。

 ヘクトルは部屋を出て、最後にウォレスに挨拶をする。


「ウォレス、世話になった」


「良いってことよ。おい、餞別だ」


 そう言い、干し肉の入った容器を差し出してきた。


「感謝する。では、俺は行くとしよう」


「お前には愚問かもしれないけど、気をつけろよ?」


「ああ、無論だ。使命を果たすまでは死ねん」


「そういう意味じゃねえよ。果たしたら、ここに顔を出せ……約束だ」


 それはウォレスなりの、ヘクトルに対する楔だった。

 目的を果たしたら、ヘクトルが消えてしまうのではないかと心配している。


「……わかった。約束しよう、亡き戦友達に誓って」


「おう、俺も頑張って宿を切り盛りするわな。ついでに、嫁さんとか見つけないとなー」


「嫁さんか……」


「お前も、旅先で良い人いたら捕まえとけよ?」


「ふっ、気が向いたらな」


 その物言いはウォレスの気遣いだと、鈍感なヘクトルにもわかった。

 自分に生きる理由を見つけて欲しいのだという願いが込められていることを。

 そしてヘクトルとウォレスは、最後に熱い握手を交わす。

 それ以上の言葉は必要なく、ヘクトルは黙って宿を出ていく。

 すると、先日来た騎士であるモルガンが宿の前で待っていた。


「これはモルガン殿」


「おはようございます。すみません、話が終わるまで待たせてもらいました」


「お気遣いに感謝です。それで、私に何か用でしょうか?」


 今朝方、王城から手紙が届き、正式にヘクトルに仕事が入った。

 なので、モルガン殿が来る理由が見当たらなかった。


「貴方って人は……まだ褒美も貰っていないじゃないですか」


「あっ、そういえば……」


 ヘクトルの頭からは、そんなことは抜け落ちていた。

 モルガンは、そんな彼のことを好ましく思った。

 という立場を乱用してでも、会ってよかったと思うほどに。

 モルガンは密かに、ヘクトルに憧れを抱いていたのだ。

 そんなことを表に出さずに、モルガンはヘクトルに鞘を差し出す。


「これが褒美となります。まだ国は落ち着いているとは言えません。旅には危険があり、魔物達もいるでしょう。これはそのための剣で、斬れ味は保証しますよ」


「確かに武器は必要ですね。何より、使命を果たすためにも。では、有り難く頂戴します」


 モルガンは説明を省いたが、これは国宝であるミストルティンという。

 バスタードタイプの大剣で斬れ味は鋭く、血を吸う事に斬れ味が増すという魔剣だ。

 しかし説明するとヘクトルが受け取らないと思い、モルガンは黙っていた。


「ええ、好きに使ってください。それでは、私はこれで……お気をつけて」


「はい、色々とありがとうございました。では、モルガン殿もお元気で」


 そして二人は別れる。

 結局、ヘクトルはモルガンの正体を知らないままに。

 宿を出たヘクトルは、王都の門付近の小屋に行き、自分の愛馬の元に行く。

 ヘクトルが近づくと、馬が小屋の奥の方から出てくる。


「ブルルッ」


「ゼスト、元気にしてたか?」


「ブルルッ!」


 それはこちらの台詞だとでも言うように、ゼストがヘクトルの顔を舐める。

 ゼストは主人が元気がないことをわかっていた。

 なので、ずっと心配をしていたのだ。


「おいおい、顔を舐めるなって。そうか……お前にも心配かけたか」


「ブルルッ」


「悪かった。そうだな、まだウォレスやお前がいる。他にも俺を心配してくれる仲間達が……やれやれ、これではルナに笑われてしまう」


「ブルッ!」


 ゼストはその通りとでもいうように嘶く。

 ルナはヘクトルの妹であり、自分の名付け親でもあった。

 ゼストも可愛がってもらい、ルナのことが大好きだった。


「さて、新しい仕事ができた。俺はここを出て、国の中を巡っていく。ゼスト、付いてきてくれるか? お前は歳だし、ここで待ってても……」


「ブルルッ!」


 ゼストは小屋の扉を軽く顔で突き、いいから早く出せと訴える。

 ヘクトルは苦笑しつつも、急いで手続きを済ませた。

 そして料金を支払い、ゼストを小屋から出す。


「それじゃ、行くとするか。長い旅になるかもしれないが、よろしく頼む」


「ブルルッ」


 ゼストはもう三十歳近く、人間で言えば老人の年齢だ。


 なので荷物だけ乗せて、ヘクトルは自分の足で歩くようにしていた。


 ヘクトルは手綱だけを持ち、一人と一頭は並んで王都を出発するのだった。


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