精霊機装【ドラグア】

「最終チェックも終了してデプロイを行った。これで大丈夫だと思う」


 ライカは作業の終了をジュルドに伝えた。突貫で三日ほどだったが、未知の部分には触れていない。

 アップデートと同時に問題が発生した箇所を特定する。その異常のコードビューして、どんな問題が発生したかを把握する。

 コードの修正や前のバージョンにロールバックしてその環境で作動するかテストする。この地味な作業の繰り返しをしたに過ぎない。ビルド、テスト、最後にリリースする手順がデプロイメントだ。

 問題がなければ修正を本番環境にデプロイして完了だ。


『ゾイジ様はじめとする神々も喜んでおられる。助かったぞライカ』

「精霊機装の件はどうなるんだ」


 初めてジュルドが少し困ったような顔をした。


『はやぶさ43と同期が万全となった。ドラグアに必要な部品も製造可能になり、神々から許可を賜ったぞ。しかし神々からライカに頼みがあってな』

「なんだ? はやぶさ43の保守か」


 苦笑しながら推測するライカ。

 システムの基幹部分を保守する人材は神々も必要だろう。自分たちの能力にも関わるのだ。


『察しがいいな。大型アップデート時のときだけでよい。定期的にこのはやぶさ43の保守をして欲しいのだ』

「別に構わない。深夜勤務でもないし。俺が生きているだけの間で良ければな」


 PCもないし、口頭でプログラムの概念から教えることは困難だ。

 BCD――二進化十進法でのソースコードなど手書きで筆記したくもない。


『後継者は育てて欲しいところだが、すぐに難しい。遠くないうちにライカとリスペリアかフィネラとの間で子供ができればいい。神々や俺としてもやはりライカの血縁が望ましいからな』

「な、何を言い出すんだ! 本人たちの許可もなく子供とかいうな。俺が頑張るぞ」


 明後日の方向に話が飛ぶ。

 嬉しそうに笑うリスペリアと、きょとんとして顔を赤くするフィネラ。これではどちらが神官かわからない。

 根は非常に真面目なライカは顔を真っ赤にして強がった。


「神々に祝福された婚姻となりますね。私は問題ありません。式はいつにしましょうか」


 くすくすと笑うリスペリア。


「おっと~。待ちなさいリスペリア。私も候補になっているのだよ~」


 精一杯の虚勢で、ふふんと胸を張るフィネラ。


「フィネラは人間に興味ないでしょう?」

「興味がなかったらライカに付き合って冒険者なんかしていないよ~」

「むぅ」


 にやにや後ろで笑っているドバとバムン。ライカは難聴系だ。好意にあえて鈍感なふりをしている可能性もある。


『神々は別に二人を妻にしても問題ないといっているぞ。後継者の問題はないと判断する。次の説明に移るぞ』


 ジュルドが後継者問題に終了を告げた。顔を見合わせるリスペリアとフィネラ。暗黙の了解が成立した。

 知らぬはライカばかり。

 ジュルドとしてはエルフは寿命が長く、知識や技術を継承しやすい。エルフの特性が濃いほど寿命が長くなるという判断だ。

 どちらとくっつこうが両方と結ばれようが精霊には関係ないが、独身は困るのでその時は奔走するつもりだ。


『どの種族が欠けていても精霊機装は製造できない。エルフ族の魔術知識はシステムに大きく影響する。ドワーフ族のクラフトスキルで機体の製造可能だ。砲弾など消耗品の栽培はバルダ族の専売特許に等しい。人間は器用貧乏でな。どの分野も幅広くカバーも可能だが、寿命が短く技術が断絶しやすい』


 砲弾を栽培する。ライカにとっては強烈なパワーワードだったが、今までもそうだった。そういうものなのだろう。


『まずは見せたほうが早いな。案内しよう』


 ジュルドは一時間以上歩いた通路を抜け、玄室とは違う空気の別の巨大な空間に案内する。がらんどうとしていて、整備用の器具があちこちにある。


「ここは格納庫かな」


 がらんとした空虚な巨大空間。上層には連絡通路と階段やタラップがある。

 大きなコンテナがいくつか並んでいる。ジュルドの倍はあるサイズだ。


『世代宇宙船に搭載されていた兵器の格納庫だ。はやぶさ43から発せられる信号を頼りに、天の川銀河にある太陽系から数千万人搭乗可能な世代宇宙船十二隻でこの惑星宇宙植民ペレンディを果たした。それがお前たちの先祖だ』

「エルフ族にも星の海としか伝わっていない。宇宙という概念までは伝えられてなかった。あえてぼかして伝承させたな~」


 伏せられていた真実を目の当たりにして、フィネラがややきつい言い方になる。


『宇宙という概念など必要ないものだからな。ファンタジー世界に戦闘機や戦車も必要ない。それがこの世界ペレンディ創造者の意志だ』

「これだけの魔法があるのに兵器が発展しなかった理由はどうしてだろうか。管理者か誰かに消されたか?」

『そんな物騒な真似はしない。お前がいた地球よりも火が充実していたからだ』

「火?」

『マッチは19世紀、ライターとて17世紀の代物。手軽に火を熾せる上に砲弾は畑で採取できる。大規模爆発は魔法で発生することが可能だ。試行錯誤して兵器を開発する必要もなかろうよ』

「魔法で文明レベルに不自由は感じさせない。そのように世界が設計されたんだな」


 そういえば飢饉や深刻な病気は聞いたことがない。魔法で治療できるのだから。あまりにも都合が良すぎたが、魔法という説得力で疑問がわかなかったのだ。


『魔法が使えない者でも畑やで栽培された砲弾や虫や巨大生物から採取できる爆弾もある。開発する手間を考えるなら兵士を育成したほうが早い』

「榴弾が畑で取れるならわざわざ開発する必要はないものな。魔神の眷属に大打撃を与えることが可能な魔術師のファイアエクスプロージョンもある。十分に兵器級だな」

「最初からすべてを与えて、過剰な発展を防いでいるということでしょうか?」


 リスペリアまで興味津々になっている。


『そうだリスペリア。この世界はそんな気も起きないほど与えられていたのだよ』

「魔神のような侵略者は、精霊が対処していたのでしょうか」

『神々と俺達だな。しかし、神々も万能ではなく、魔神とその手下が降下してくるようになったということだ』

「神々たちに感謝を」


 敬虔な信徒であるリスペリアは心の内で神々に祈りを捧げる。


『ついたぞ。今から封印を解除する』


 コンテナが展開される。

 そのなかには大きく破損した、大型人型兵器が眠っていた。ドラゴンとは似ても似つかない。戦闘機を人型にしたようなフォルムをしている。

 背中には大きな四枚の主翼らしきものがついていた。


『これが精霊機装である【ドラグア】だ。この惑星を守護する機装として製造されたワンオフ機にあたる。以前の戦闘で激しく損耗して保管されていた』

「ドラグアとは妙な響きだな。ドラゴンに関係するものか?」

『ライカにわかりやすいように発音している。ドラングアが近いが話し辛いだろう? ドラグアはアルバニアに伝わる英雄種の名だ。多頭の邪龍が降臨した際、人々に紛れて生活している彼らは覚醒して四枚の羽根を顕現させて、稲妻と嵐を用いて対抗したという」

「英雄種なんて聞いたことがない。人智を超える存在をモチーフにしたのか」


 羽根を持ち、雷を用いる陣地を越えた存在なら人型兵器のモチーフとしてはぴったりだろう。


『魔神たちが搭乗しているマニューバクローズを遥かに超える性能を持っていた。今はご覧の有様だがね』


 座している機体をみると以前の戦闘がいかに激しいかを物語っていた。


「修理しなければいけない、か」

『必要なものは今から伝える。精霊機装を製造できるようになるのだ。各種族の交渉も兼ねる。心して聞け』


 ジュルドが念を押す。

 魔神にも対抗しうる、太古の技術で作られた、神秘の力を製造する。種族を越えた協力が必要なのだ。


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