コミット履歴

「コミット履歴を確認すればバージョンやコード変更された時期を特定できる。以前のバージョンと比較して、と。原子炉の制御なんかよくやるよな」


 ライカは前世の知識をフル回転させ、ソースコードの解析と修復を行っていた。


「COBOLのプログラムは探査機の原子炉管理のみか。宇宙探査機自体の制御は自然言語に近い未知の高級言語だな。オブジェクト指向なんてものも過去の考えか」


 SEは常に勉強の日々。C++やjavaもかじっていたが、五十歳を過ぎたあたり登場したコンピュータ言語Rustなどはついていかなかった。習得難易度はC++よりも上だ。


「グレース・ホッパー女史は60歳間近でCOBOLを開発したんだっけ。相当な傑物だったんだろうな」


 COBOLの歴史をふと振り返り、再び作業に戻る。


「どう考えてもCOBOL宇宙探査のリアルタイム処理には向いていない。何より開発の始まった27世紀だと処理速度もメモリ管理に関しても化石ものだろう。原子炉制御に関しては可読性のみで採用されたとしか思えない」


 孤独なワンオペ作業だ。懐かしささえ感じるが、どうしても独り言が増えてしまう。


「原因はこれだな。ほんの少しだけ別のプログラムもCOBOLが使われている。CALLステートメントで呼び出してチェックできそうだ」


 昔取った杵柄。画面を注視しながらソースコードを確認する。

 うろ覚えだった遠い昔の記憶が、今やはっきりと鮮明に思い出される。


「私が聞いてもわからないと思うけど、教えて欲しいな」


 隣でライカを見守っていたリスペリアが少し恥ずかしそうに尋ねてくる。


「この古代言語COBOLは、別のコンピュータ言語で書かれたプログラムと繋がっている。別のプログラムがこのCOBOLのプログラムに合わせてくれているんだが、前回の大型アップデート時の新クラス実装時、パラメータのマッチング処理部分がうまくいかなかったんだ。――ってよくわからないだろうな。ごめん」


 リスベリアのためにも。COBOLの知識で世界が救えるなら安いものだ。

 理解出来ない部分も多い上、プログラムのソースコードは彼のいた時代とは比べものにならないほど膨大だ。

前世の彼が死亡した時点ですら時代遅れともいえるコンピュータ言語だったCOBOLの欠点の一つに、詳細な制御構文が必要で冗長なソースコードになりやすい。


 ライカが推測する。惑星探査特化という時点では十分対応できたのだろう。彼がいた地球での惑星探査機や原子炉にもCOBOLは使われていた。COBOLの技術者は減る一方だが、賃金を惜しむ会社が悪いとしかいいようがない。食えなければ別の言語を覚えて職探しするしかないのだから。


「ううん。集中しているライカだけど、時折苦しそうな表情をしているの。それが気になって」

「ああ、うん。前世では良い思い出がなくてさ。COBOLを学んでいたおかげで仕事にありつけたんだ」


 専門学校といっても通じないだろう。魔術学校というにはおおげさだ。学校という表現に留めておいた。


「辛い時代だったの?」

「良い思い出はなかったかな。大手銀行もCOBOLからJavaに変更になったぐらいだしさ」


 最後は独り言の類い。きっとこの世界で意味が通じる者は精霊ぐらいだろう。


「その顔。あまり良い思い出はなさそうね。地球に戻りたいとは思ってなさそう」

「ペレンディは素晴らしい世界だよ。ずっといたい。みんなとね」


 今の生活のほうがよほど満ち足りている。この世界での冒険は確かに危険と隣り合わせだが、地球では隣でずっと隣で寄り添ってくれるような女性もいない。比べるまでもなかった。


「良かった。嬉しいです」


 リスペリアはライカの肩に寄りかかり、肩に頭を乗せた。


「そのためにも絶対にこの世界を守らないとな」


 それでも肉体の若さと、なにより使命感に燃えている。


「あらあら。貞淑な神官様が何をしておられるのやら~。さては色仕掛けで抜け駆けですね~」


 エルフの魔術師フィネラがひょっこりと現れた。

 彼女もライカとの接触機会を図っていたが、知識のためだ。もちろんライカ自身も嫌いではない。


「うーんとですね。別のプログラムがこのCOBOLのプログラムに合わせてくれているの。前回の大型アップデート時の新クラス実装時、パラメータのマッチング処理部分がうまくいかなかったみたですよ?」

 

 リスペリアはさきほどライカから聞いた内容をそらんじてみせた。この返しを想定しておらず、フィネラが目を白黒させている。


「え? 何を聞き出しているの!」


 知識面で神官のリスペリアに先を越されると思わず、フィネラが真顔になる。


「貞淑な神官らしく、世界の真実を偉大な精霊騎士から聞き出していたのです」


 くすっと笑うライカ。やはりこの世界はいい。


「俺が地球で死んでから数百年後に書かれたものだろう。超古代精霊語扱いされるわけだ。こんな時代ならもっと高度な高水準言語があっただろうに」


 メッセージで他のSEから英語で時代錯誤など、記入されていて思わず笑みがこぼれる。コミット履歴を確認すると大昔の人間と対話しているような錯覚を覚えるものだ。もっとも古い履歴は西暦2610年だった。

 よほど反対にあったのだろう。おそらくプロジェクトリーダーは日本人。まさに開発者の趣味でCOBOLが使われていたのだ。


「ねえライカ。COBOLという超古代精霊言語は私達も学ぶことは可能なのかな~?」

「学ぶことは可能だと思う。言語といっても唱えても意味がない。ようはこいつ。コンピュータがさえあればいい。そんなものが必要ないようにこの世界は設計されているけどね。今回のトラブルは例外中の例外だと思う」


 モニタを指すライカ。

 通話魔法や弾薬の実などはその代表だろう。おそらくこのエンターテインメント惑星ペレンディを設計した人間はスマホやノートPCを含めた携帯端末を厭ったとしか思えない。


「精霊たちの本体もコンピュータだな。おそらく俺のいた時代のPythonやC++なんかより高水準な設計を得意とする未知のプログラミング言語で書かれているのだろう」

「え? 精霊たちもこの文字と数字の羅列で構成されているの~?」

「そうだ。おそらく三柱の神ね。ただ、そこに意味なんかない。ジュルドはとても人っぽいだろう? 全脳エミュレート――意識、意志がある領域まで学習して成長した成果なんだろうな。神という言葉に違わぬ高潔な精神と能力をもっているはずだよ」


 人工知能のプログラムはCOBOLではないだろう。ライカは前世で若い頃、CGIチャットで人工無能を作って遊んだことがあるぐらいだ。チャットルームに自動コメントを残す、SNS世代にあったBOT機能のご先祖様のようなものだろう。


「どうしてそういえるの~?」

「魔神の侵略は今回が初めてではないからさ。大昔は神託を受けた勇者がいたという。実際に一万年前も魔神を退けた。三柱や精霊神たちは二十万年以上この世界をずっと見守っていたんだ。最初は遊園地目的の管理施設だったとしても、今は違う。この大地に住む人々を守らなくてはならないと判断したのだろう」

「そういえばそうだねえ。古文書を読み直さないと~」

「ライカは神の正体を知ってもなお、敬意を示してくれるのですね。私の信仰も揺らぐことはありません。だってずっと私達を見守ってくださったのだから」


 改めて美と暁の女神ブレンデに祈りを捧げるリスペリア。彼女の問いかけに、ペレンディは祈りに応え、力を貸し与えてくれるのだ。


「質問したいことが山のようにでてくるよ~!」

「そこまでですよフェネラ。すべてが終わってからにしましょう」


 リスペリアがフィネラをなだめる。今大切なことはライカをリラックスさせて作業に専念させることだろう。

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