超古代精霊言語『COBOL』と『プロトコル』

『落ち着けライカ。進化のおかげでお前たちは生身で魔神と眷属に対抗できているのだ』

「普通、宇宙からきた侵略者と生身の冒険者がやり合えるわけないもんな!」

『ライカ』


 ぞっとするほど冷静な視線でライカを見据えているジュルドが不気味だった。


「なんだ」


 見透かされているかのような視線に、思わず動揺するライカ。


『俺は宇宙という単語は一切使っていないぞ。どうしてお前がその言葉を知っている?』

「……エルフの文献で見た記憶がある!」

「初耳なんだけど~?」


 フィネラがいつになく殺意すら感じる視線で睨み付けてきた。普段のんびりとした雰囲気と口調のエルフだが、知への好奇心は貪欲といった執念を見せる。

 深く世界の真実を探求していた彼女さえ知り得ない知を、精霊騎士であるライカが知っていることが悔しいのだ。


「精霊機装の謎を解いたら詳しく話す」

『お前らの目的は精霊機装。本来の名称は対極限環境の機装マニューバクローズ。ライカのいう宇宙空間で活動するための半自律行動の乗り物。さきほどお前たちが戦った魔神の正体だ』

「未知の超技術なんだ。中世後期風異世界を模したこの惑星では無理だろう」

『だから何故お前が中世後期風異世界などという言葉を知っているのだ!』


 さすがに看過できないジュルド。彼はゲーム風幻想世界としか形容していない。

 口を滑らせてしまったライカは周囲を見渡すと、ジュルドと同じ視線を仲間から注がれていた。


「エルフの文献で……」

「それはもういいから~」

『それはもういい!』


 フィネラとジュルドが即答してライカの言い訳を封じる。


「ゲームにありがちな中世後期か近代に近い文明レベルとは感じていた。しかもメートル法だぞ。俺も多少の知識はあるさ」

『認めたな。この世界はゲーム風後期中世がモチーフだ。正確にはゲーム系の定番用語以外の神々や我ら精霊神はアルバニアの伝承をモチーフにしている』

「アルバニア…… すまない。知らない」

『なんだと! そこまで知っていて何故アルバニアを知らぬのだ!』

「すまん。その国はうっすらとしか聞き覚えがない」


 東欧ならまだハンガリーやポーランドでなんとなくわかるが南東欧など聞いたこともない。新聞は読むほうだったが、ついぞ記憶になかった。


『事情があるようだな。あとで洗いざらい吐いてもらうぞライカ』


 ライカはジュルドたちのモチーフであるアルバニアを本当に知らないようだ。ライカがどこまで知識があるか未知数だったが、ジュルドは追求はやめる。


「その時は私も協力するね~」


 フィネラが何故かジュルドの隣に立っている。ライカ以外のメンバーがそそくさとジュルド側に回った。


『話が逸れた。失われているといったが、ドワーフ族の工房があればある程度再現できる』

「え?」

『結果だけが得るようになっていると言っただろう。装甲も関節部分も、この星に住むモンスターで製造可能だ。あえてライカに告げるぞ』

「ある程度なら受け入れるぞ」

『工房さえあれば戦闘機に搭載可能なホーミングミサイルも製造可能だ』

「なんでだよ! ちきしょう!」


 あまりの理不尽さに、拳で地面を叩き付けるライカ。

 どんな原理でファンタジー風異世界のなか、ホーミングミサイルを再現可能だというのだろう。


「ライカとジュルドがツッコミ合戦に入っていますね」

「特定のワードで探り合いしているようにも見えるけどね~」


 呆れ顔のリスペリアだが、仲裁する気はない。

 フィネラなど、このまま口論に発展したほうが世界の真実に迫ることができると邪な考えがよぎっている。


『ふん。思った通り理解できるか。まあいい。だが最後のピースが欠けているな。こちらに来い』


 ジュルドに案内され、玄室の最深部に近付く一同。

 輝く石版に視線をやるジュルド。


『この世界の住人は惑星探査機はやぶさ43を目印に巨大な船で宇宙空間を渡り、やってきた。ペレンディの基礎システムははやぶさ43と連携して構築されているのだが、いかんせんはやぶさ43は二重のロックがかかっている。そのロックが解除できれば現在の技術で精霊機装の再現も容易だ」

「ASIでは干渉できないのか」

『あえて古代技術で作られたはやぶさ43が基幹システムに選ばれた。俺達ASIが勝手に改変しないようにな。基幹プログラムに介入するためには生きている知的生命体、いわゆる人間をはじめとする各種族でなければいけないのだ』

「生きているためか。そもそもなんで魔神はこの世界に目をつけたのだろう」

『真の名称は宇宙帝国軍。彼らはエルフと違う方法。自らの肉体を機械化することで永遠を手に入れたが、生体部品に限界があり補充する必要がある。この惑星の各種族を生きたまま捕らえて自分たちの補修部品材料にすること。それが奴らの目的だ』

「なっ!」


 絶句する一同。まさかこの惑星の領土ではなく、生きている各種族が得物とは思っていなかったのだ。


「なおさら精霊機装が必要ですね。大神官にもお伝えしなければ」

 

 リスペリアが難しい顔をする。


『しかしその基幹システムであるはやぶさ43が不調をきたしている。我々にもどうにもならないのだ。これを何らかの手段で直すことができれば、あるいはお前たちに精霊機装の製造技術を許可していただけるかもしれない』

「神々や精霊神たちでも無理なのか?」

『古代上位精霊言語は聞いたことがあるか』

「あります! 精霊や竜たちが無詠唱魔法を使う場合の、高速言語のことですね」

『そうだフェネラ。我らや竜たちは上位古代竜魔法言語――プログラミング言語で処理を行い粒子に影響を及ぼして魔法を実行している。このはやぶさ43も高速プログラミング言語で稼働していた。かつて地球という惑星のなかでもとりわけ古いプログラミング言語【COBOL】でな。精霊言語の中でも最も古い、という形容詞がつくだろう。いわば超古代精霊言語だ』

「コボル…… 聞いたこともないな~」


 唇を噛みしめるフィネラ。知を追い求める魔術師としては悔しい。

 能面のような表情のライカ。聞きたくなかった単語だった。よりにもよってなぜそんな大昔のプログラム言語なのだと理不尽にさえ思う。


『知らなくて当たり前だ。開発者の趣味といえばそれで終わるのだが。核融合原子炉や宇宙環境での安定性を重視した結果と、後にこの惑星に送られる異なるハードウェアの連携を想定してのことだが、いかんせんCOBOLそのものがあまりにも古すぎてな。メンテナンスが不可能になっている』

「では私達の現代魔法言語はどういう代物なのでしょうか~」

『先ほども概要は伝えたが、詳しく話そう。特定のキーワードを媒介に、厳密な手順プロトコルによって静止衛星軌道上の粒子加速器が事象に干渉して行われる。呪文を唱えるとお前たちが神々と呼ぶASIが使用者の能力や適性を含めてチェックする。そしてプロトコル通りに承認し、魔法が発動するのだ。呪文とは呼び出しコマンドの一種。呪文を間違えたら反応しないだろう?』

「呪文を唱えるごとに適正かどうかチェックされている、と。確かに呪文を唱えたら発動するものではありませんね~」

『プロトコルは適正に処理されなければいけない。ライカならわかるのか?』

「よく知ってるよ」


 ライカは認めた。よりにもよってCOBOLとは皮肉なものだ。


『魔法の原理もこの世界の理も同じもの。現在、はやぶさ43は前回のワールドアップデート時に異常をきたしてしまっている』

「はやぶさ43が想定できないようなことをやらかしたんだな」


 ライカからしてみればこの世界の現状をみていると、なんとなく異常をきたした理由もわかるというものだ。


『ぬぅ』


 図星だったのか、呻くジュルド。大型アップデートには大きなトラブルが生じるときがある。仕様が大きく変われば変わるほど、リスクが発生するのだ。


『ASIが勝手に手を加えないよう人間の生体認証が必要となっている。今の我らでは手に負えない。生きているお前たちが内容を習得して復元する必要があるのだ』

「私達にはやぶさ43の中身を確認して、修復する学習手段を対策しろってことね~」

『そうだ。お前たちで無理なら別の者がよいな。言語能力が高く文法を理解できるもの。関数、冪乗、統計学、幾何学が得意なものがよい』

「魔術師の分野ですね~」


 魔術は読み書き数学。魔術学園でもそう教えている。ここは意気込むフィネラ。


「見せてもらっていいか」

『いいぞ』

「パネルは知らない材質だ。ソースコードは閲覧できるな」


 液晶のようだが、違う。遠い未来で実現された技術なのだろう。


『お前は何者だ? いい加減答えろ』


 ジュルドの問いかけには応えず、作業を進めるライカ。前世の知識が役立つとは思わなかった。

 未知の言語ならともかく、金融関係では幾度となく役立った言語のCOBOL。最新の言語ならいざしらず、まさか未来の果てでも使われているとは想像もしなかった。


「うん。今の俺でも読めるな」

「ライカがなんで超古代精霊言語を読めるの?」


 ライカが軽く嘆息する。フィネラの疑問は、同様に仲間たちの疑問。

 自分のことを語ろうと決意した。

 

「みんなの質問に答えようか。俺は前世の知識がある。地球という惑星の日本という国で、時代は二十一世紀。COBOLを扱うSE、この世界風にいえば技術者だったんだ。精霊と相性が良かったのもそのせいだったんだろうな」

『なんだと? 確かその国とアルバニアは離れていたはず。それこそ二十万年以上前の、遠い星系の惑星だぞ! 二十一世紀の日本とはまた奇妙な国、時代からきたものだな』

「なんでだろうな? 俺もまるっきり別の異世界に転生していたと思っていたが、まさか地球と連なる歴史を持つ別惑星だとはね。何故前世の記憶が残っているか俺にもわからないが、少しぐらいは役立つことができそうだ。物理キーボードが欲しい」


 パネルを叩いてソースコードを閲覧開始する。黒の背景に白文字で映し出される。 見覚えのある数字の羅列とアルファベッドがずらりと並んでいる。


『キーボードか。あるぞ』


 キーボードを取り出すジュルドから受け取る。アルファベッドが刻印された馴染み深い英字キーボードだった。やはり元エンジニアとしてはUS配列の英字キーボードがいい。


「助かった。これで作業が捗る。COBLは可読性が高いことが利点だ。ソースコードの変更履歴も残っているな。よし。定期的にコミットもされている。まず現状の状態をバックアップするとして。ソースコード管理システムを使用してプログラムを以前のバージョンだったコードに復元することは可能だ。異常箇所特定は一日では終わらないな」

『なんと…… 復元を行えるだと!』

「しかし数週間、いや早くても数日かかるぞ。いきなりこの惑星の基幹システムともいうべきものを触るんだ。全部目を通してからでないと」

「何が必要なの?」

「長期戦になるからな。飯。風呂。寝床。つまりいつもの冒険者用コテージだ」


 彼らのような熟達の冒険者になると、展開式のコテージを持ち運んでいる。風呂もシャワーもトイレも完備している。浄化魔法で洗濯物も解決可能だ。これもナノマテリアルが作用しているのだろう。

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