第11話 師匠のマジックアイテム
「ねえ、私、女の子に見える?」
「えっと、女の子じゃないんですか?」
「そう。よかったわ」
「はあ」
同じ、玉ヶ原高校の制服を着た女子生徒に不審がられながらも、満足げにタレカが僕の方へと戻ってきた。
不思議そうに見ていた女子生徒は、僕と目があった瞬間、はっと目をそらして学校の方へと向いてしまった。
「これの効果は半信半疑だったけど、しっかり女子生徒として認識されてるみたいね」
タレカは師匠からもらった変わった形のアクセサリーを示しながらそう言った。
「僕を疑うのはいいけど、師匠を疑うのは心外だな」
「だから確認したんじゃない。大丈夫だってことが証明できたんだし、それでいいでしょ」
「まあ、そういう考え方もあるかな」
「そうそう」
なんだか機嫌よさげに、鼻歌なんて歌いながら、足取り軽く僕の隣を歩いているタレカ。
別段、今朝のやり取りの中にいいことがあったような記憶は無いのだが、何かあったのだろうか。
少なくとも僕は、無理矢理女子用の制服に着せ替えられて、無理矢理弁当箱を二つ持たされて、あまり気分がいいとは言えなかった。
あれか? 舎弟ができて嬉しいみたいなことなのか?
とは言え、タレカはそんなヤンキーみたいなやつには見えないので、今機嫌がいい理由は、きっと別のところにあるのだろう。
「やっぱり、本物みたいね」
下駄箱で僕の所から上履きをとって、特別不審がられないのを確認して、タレカはやっとアクセサリーの効果を信頼したようだった。
「さっきも確かめてたし、最初からそう言ってるだろ?」
「私はキセキ初心者なのよ」
「そうだけどさぁ」
師匠のことを軽んじられているようで、なんだか得心いかないのだが、それでも信じてもらえているからよしとすべきなんだろうか。
そんなことを考えるほど、僕の頭はぼんやりとしていた。誰かと一緒に登校するという、いつもと違うことをしていて油断していたのかもしれない。僕は、教室の前あたりで急に肩を掴まれ止められ、ふっと現実に引き戻された。
「何するんだよ。教室はそこだぞ?」
「いい? 話を聞きなさい?」
「なんだよ。もしかしてこの喋り方か? 流石に制服は我慢できても、おはようございますお姉様。ウフッ。みたいなのは無理だぞ」
「そんなことはしなくていいわよ。誰も私の言葉は意識しないようにしてるんだから」
少しだけ表情を曇らせながら言うタレカから、なんだか切羽詰まったものを感じた。
どんなことを言うのかわからないが、おそらくタレカにとって重要なことなのだろう。
機嫌がよかったのは、努めてそのことから意識をそらしていたってことか。
「わかった。聞くよ。その代わり、僕のできる範囲のことになるけど、いいな?」
「もちろんよ。しかもこれは誰にだってできるわ」
「なら別に僕じゃなくてもいいんじゃ」
「いいえ。誰にでもできるけど、メイト、あなたにしか頼めないの」
そんな、人生で一度くらいは言われてみたい言葉を、面と向かってタレカから言われ、僕の心臓が少し早くなったのを感じた。
「な、なんだよ。もったいぶらずに言ってくれよ」
少し声をうわずらせながら、なんとか言葉にして吐き出すと、タレカは僕のカバンから弁当箱を取り出して、それを僕の胸へと押し付けてきた
「え、なに? 今食えと?」
「違うわよ。これを、あなたの姉である私に届けて欲しいの。お願いね! 待ってるから!」
「え? は? え?」
笑顔で手を振って教室へ走っていくタレカを見ながら、僕はぽつんと廊下に取り残されてしまった。
改めて、手元に残された弁当箱の包みを見る。
特別変わったところはない。弁当箱とその風呂敷だ。
これを届ける? 今から? 同じ教室に入ろうとしている僕が? どういうこと?
話がわからないまま、僕は必死にタレカの要望を組み立てようと、脳内のシナプスをスパークさせた。
そこで一つのアイデアをひらめいた。
以前、妹もののアニメを見ていた時に妄想した展開を脳内で思い描き、僕は顔に作り笑いを引っ付けてから、タレカの入っていった教室へと駆け込んだ。
「お姉ちゃん! 忘れ物だよ!」
高めの声で、教室内に叫ぶと、一瞬だけ全員の視線が僕の方へと集まった。
その後、全員が申し合わせたように目をそらすと、残った視線は、タレカのものだけになった。僕の席に座る女子版遠谷メイトだけだった。
僕はほほを赤らめながら、タレカのいる席まで歩いていき、弁当を手渡す。するとタレカは、感動したみたいな顔でうれしそうにその弁当箱を受け取ってくれた。
「ありがとう」
「えへへ」
頭を撫でられ、照れるようにはにかんでから、僕は演技を止めた。
ふっといつもの無表情に戻って、僕は頭に乗せられた手を回避する。
「ああっ」
僕の回避に対して、タレカは残念そうな声を漏らした。
そんなタレカの瞳を僕は容赦無くにらみつける。
「……おい。何やらせてんだよ。はっずかしいわ!」
「でも、最後までやってくれたじゃない」
「そりゃ、されたら嬉しいだろうなと、ちょっと思っただけで」
「でしょ?」
「いや、死ぬってこれ。死ねるから」
「でも依頼じゃない」
「僕が受けたんじゃない」
何よりここまでのやりとりをしても、クラスメイトたち誰も彼もが、まるで何もなかったかのように普通にしているのが余計辛かった。
いや、笑いものにされるのも結構くるものがあるが、あそこまでして、一切何の反応もないというのは、それはそれで底知れぬ恐ろしさを感じてしまう。
「そいじゃ。また後で」
「ちょっと待ちなさいよ」
予鈴が鳴ったのいいことに、僕は未だ熱の冷めない顔をタレカからそらしながら、本来タレカが座るはずだった席の方へと移動した。
今日はこれから始まるのだ。
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