第10話 女子に起こされる感じか
朝。
もぞもぞと起き出した誰かにつられて僕は覚醒した。
なんだか胸が重い。それに、いつもと違う部屋のような……。
そこで、人が動いていた方を見ると、ベッドから出ようとする誰かの姿が視界に入ってきた。
「え、誰」
「どうして忘れてるのよ。私、成山タレカよ」
「ん?」
「ん? じゃないわよ。何? 寝ると記憶を失うタイプなの?」
「いや、普通に寝ぼけてるだけだと思う」
頭を押さえながら僕は体を起こした。
当然ながら、頭髪が長くなっているせいで胸だけでなく頭も重い。
起きても床に広がっているだけという液状化現象は経験したことがあるが、肉体はあるのに別人の体というのはこれが初めてで、どう反応すればいいのか言葉に困る。
「ほら、起きたのならさっさとベッドから出て。学校の準備するわよ」
「行かなきゃダメ?」
「昨日、学校は行くからって連絡したのはあなたでしょ」
「ああ。そっか」
以前と違って学校に行くのに問題がない肉体だから、行かない言い訳もできそうにない。
人間の体を保てていなくても一応通ってはいたのだから、ここで行かないわけにはいかないだろう。
とそこまで考えて思い出す。
昨日と同じようにキッチンへと入っていったタレカを横目に、僕は自分の学生カバンの中をゴソゴソと漁ってみた。
「何よ。今日必要な教科書とかないの?」
「いや、そうじゃなくって。ちょっと思い出したことがあってさ」
呆れ顔で見てくるタレカを尻目に、僕はしばらくカバンをまさぐって、見つけた。
「やっぱりあった」
僕はネックレスというか、ペンダントというか、指輪というか腕輪のような、人間の体のどこかには付けられそうな変わった形のアクセサリーを取り出した。
光に照らされてキラキラと輝くそれをめざとく見つけたタレカは、興味深そうに僕の手元を見てきた。
「何よそれ」
「昨日言ってたじゃん。僕は僕だと認識されてたって」
「えっと、確かあれよね。人の形をしていたらバレたとか。よくわからないけど、動物になってたの?」
「あんまり知らない方がいいと思うから詳しくは言わないけど、それって、僕のキセキによるものだけじゃなかったんだよね」
「つまり?」
不思議そうに小首をかしげたタレカに、僕は右手で持った異形のアクセサリーを突き出した。
「これを装備してたから、ある程度見た目が違っても僕だって認識されてたんだよ」
「ふーん? で、その、なんだかよくわからない形をしたものはなんなの?」
「名前は忘れたけど、キセキの現象に対抗できるキセキの道具、の一つだったと思う。お札とかお守りみたいなイメージだよ」
「そんなのをどうしてメイトが持ってるのよ」
「そんなのとか言っちゃいけないよ。これは師匠、童島さんから借りてるものなんだから」
「なら昨日のうちに返しなさいよ」
「僕だって、自分のキセキが完全に治るようなものならとっくに返してるって」
「そ」
色々と言ったが、姿形が違くとも同じ人物として認識してくれるマジックアイテムのはずだ。
僕のような、肉体がドロドロに溶けて、原形もわからないほどのスライム状になるという変化はめずらしいみたいが、それでも、僕を僕と認識できたアイテムだ。
昨日の師匠の反応からして、入れ替わりというのはあまりめずらしいものでもないのだろう。だからこそ、効果が期待できる。
「つまり、それを持っていれば、私は私として認識されるってこと?」
「その辺はよくわからないけど、いい感じにしてくれるんじゃないかな」
「いい感じにって、いい加減ね」
「少なくとも、女の子とは認識してもらえると思うよ。僕の考えによればだけど」
「なんだか胡散臭い代物だけど、これでも、ないよりはマシなんでしょうね」
「そういうこと」
パンと僕は手を打ち合わせて、並べられた朝食を前に座った。
「ねえ」
「いいから食べる。あまり時間もないんだから」
「わかったよ」
「「いただきます」」
今朝の朝食は、健康的な朝食とばかりに野菜が多めに並べられていた。
手慣れた様子で二人前を作ったのも、やはり手のかかる弟がいたからなのだろうか。
僕は妹こそいるが、妹のために毎朝料理を作るような兄じゃなかった。無論、妹も兄のために毎朝朝食を作るような妹じゃない。そこは親に任せる親不孝兄妹だ。
いつも感謝なのだが、そう考えるとタレカは偉いな。
「何よ。私の顔なんかじっと見つめて」
「いや、タレカはすごいなと思って」
ふっと、食べていたものを吹き出しそうになって、タレカが慌てて口を手で押さえた。
「な、何を言い出すのよ急に。そんなキャラだったの? それともまだ寝ぼけてるの?」
「そうじゃないよ。いつも自分でご飯作って、いつもこうして生活してるのかと思うと頭が下がるよ」
「それはどうも」
「ところで、学校ってスカートじゃなきゃダメなの?」
「ダメ。学校はそこまで好きでもないけど、制服は可愛くて好きなんだから」
「デザインなんて知らないよ。昨日一日結構不便だったんだから」
「それこそ知らないわよ。それに一日もスカート履いてなかったじゃない」
「いつもズボンなんだから一日みたいなもんだよ」
「どんな理論よ。そもそも私はスカート派なの」
プンスカしたようにタレカは食べ終えた朝食の皿を持ち上げると、キッチンの方へと引っ込んでいった。
「スカートなぁ。変な気に目覚めたらタレカのせいだからな」
「何よ」
「いいえ別に」
ジトっとした目で見つめてくるタレカから僕は視線をそらしながら、仕方なしに昨日着ていた制服がどこにあるのかと一応探した。
よく考えたら、こっちは着られないような気がするのと同時、タレカが頭に何かをぶつけてきた。
「いい? メイトは私の妹なんだから。罰としてこれを私に届けるように」
「は?」
「その代わり、制服は着せてあげるから」
「待て。そっちが本命だろ」
「さあ、どうかしら? 私をおだてて願いを通そうとした人に言われたくないわね」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「さ、着替えた着替えた!」
「やめてくれ!」
そして、あっという間に着替えさせられた僕は、一緒に家を出るというのに、なぜか二人分の弁当箱を持たされることになった。
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