第5話:大戦の止め方

 士官学校の図書館、ターニャはある目的の為に一方のアルフレットは先の授業で提示した二つの新軍事戦術をまとめた論文制作を行っていた。


「アルフレット、論文制作か?熱心だな」


 机に座り論文を制作するアルフレットを後ろから三冊の本を持って声を掛けるターニャ。


 アルフレットは制作の手を止め、振り向き笑顔で頷く。


「ああ、今回の授業で提示した近代戦術をまとめておく様にって教官に言われている」

「なるほど。何か必要な本があれば言ってくれ」

「ああ、ありがとう。ターニャ」


 ターニャは自分より高い棚にある本を取ろうと背伸びをする。


 するとそこに論文制作の資料集めの為に、その場に来たアルフレット。


「ターニャ、その本、取ろうか?」

「ああ、すまない。頼むアルフレット」

「アルでいいよ。親しい友にはそう呼んばせている」


 笑顔で言うアルフレットは彼女が取ろうとしていた本に手を伸ばす。


 すると割り込む様にゼートゥーアがその本を取る。


「ふむ。『カンレイにおけるハンニバルの決断』か。勉強熱心だな」


 ターニャとアルフレットは何者だっと言う表情でゼートゥーアを見るが、すぐに彼の襟章を見てハッとし敬礼をする。


「し!失礼しました!大将閣下‼︎私は帝国士官候補学生のターニャ・フォン・デグレチャフ魔導中尉です!」

「同じく!帝国士官候補学生のアルフレット・シュナイダー戦車大佐です!」

「私は参謀本部専務参長のゼートゥーア大将だ」


(専務参謀と言えば後方のトップ!企業なら経営戦略の中枢!)


 ゼートゥーアから本を受け取りながらそう心の中で興奮するターニャ。


(ゼートゥーアだと⁉︎帝国軍内でもその頭のキレが恐れられている将官じゃないか‼︎)


 アルフレットは心の中で自分の立てた終結プランが軍上層部に伝えられる確信を持ち、興奮する。


「君達、二人の活躍は耳にしている。急ぎの用事がなければ少しいいかね?」

「ハッ!もちろんであります!」

「自分も大丈夫であります!」


 ターニャとアルフレットは敬意をしながら即答し、ゼートゥーアの後に付いて行く。



 図書館の奥にある一室にいるターニャ、アルフレット、そしてゼートゥーア。


 アルフレットは窓の外を見るゼートゥーアに向かって問う。


「あの、ゼートゥーア閣下。質問、よろしいでしょうか?」

「構わんよ」

「聞いた話では閣下の階級は准将だったはずですが?」


 ゼートゥーアは振り向き笑顔で答える。


「ああ、参謀長だった大将、二人が急死してしまって、その穴埋めとして私とレルゲンが抜擢されてな」

「それは!遅れながら、おめでとうございます」

「おめでとうございます」


 ターニャとアルフレットは深々とゼートゥーアに向かって一礼する。


「ありがとう。さぁ、座りたまえ」

「ハッ!失礼します!」

「失礼します!」


 ターニャとアルフレットは椅子に座り、ゼートゥーアも二人の前にある机に両肘を着いて座る。


「率直に問う、君達はこの戦争をどう見る?」


(いきなり、戦争の行く末か)


 ターニャは右にいるアルフレットをチラ見する。


「ハッ!閣下の問いは視野が広すぎて即答が出来ません」

「諮問している訳ではない。直感で構わんよ」


(これ以上の質問は失礼だ。ならばここはアルのプランを混ぜながら・・・)


「では、お言葉に甘えて。今回の戦争は大戦へと発展すると確信しております」

「大戦?」

「はい。列強国のみならず各国を交えた世界規模での戦争、世界大戦です」


 それからターニャはゼートゥーアに世界大戦の危機と今後の帝国の動きを熱弁した。


「すなわち、帝国は勝利を目指さないと?」


 ゼートゥーアの鋭い指摘にターニャは冷や汗をかく。


(しまった!どうしよう?アルの案を納得させる様に喋ったはずが、逆に不快を与えてしまった!まずい!これは非常にまずい‼︎)


 するとターニャとゼートゥーアの間に割り込む様にアルフレットが二人の会話に入る。


「はい。そうであります閣下」


 ゼートゥーアからの質問に何の迷いもなく即答したアルフレットにターニャの背筋はゾクっとする。


(何を言っているんだ!こいつは⁉︎)



「大佐、なぜ勝利を望まない?」


 ゼートゥーアからの問いにアルフレットは一呼吸し、話しを続ける。


「閣下、戦争とは常に敗者が勝者に、弱者が強者に従うのが道理となっています」

「うむ。確かに」

「しかし、その様な仕組みでは戦争が新たな戦争を呼ぶイタチごっこです。だからこそ勝利ではなく『敗北を目指す戦争』をするのです」

「具体的には?」


 アルフレッドは立ち上がらせ、ターニャ以上の熱意で話しを続ける。


「これまでの歴史を振り返っても勝利か敗北しかありませんでした。それは何故か?勝者がいるからです」


 するとゼートゥーアは着いていた肘を崩し、両手を組んで置く。


「何故?勝者が居るから戦争が起きるのかね?」

「はい、勝者がいるから敗者の心には憎悪が芽生えます。世界は巨大な油田と私は例えています。敗者の誰かが、憎悪の火花を飛ばせば戦争の火災は一気に世界を包みます。ですが、もし敗者しかいない世界だったらどうでしょうか?」

「うむ・・・想像が付かんな。では、どうなるのかね?」


 アルフレットまるでカリスマを持っている様な身振り手振りをしながらゼートゥーアに答える。


「それは単純、戦争は起きません。常に強者より弱者、勝者より敗者を助けるが当たり前です」

「確かにそうだ。でも、敗北を目指す戦争では今の軍人を含めた国民は納得しない。それはどうする?」


 ゼートゥーアの問いにターニャはウッとする。


(そうだ。敗北を目指す戦争はあまりにも非生産性だ!勝利以上の価値がなければ意味がない!どうするんだアル!)


 心の中で語るターニャとは裏腹にアルフレットは答える。


「確かにそうです。しかし、閣下、こう考えて下さい。我々、帝国が戦争の歴史に終止符を打ったとなれば世界は帝国を英雄として奉るでしょう」

「「!!」」


 意外な答えにターニャとゼートゥーアは驚く中でアルフレットは続ける。


「平和へと!戦争のない世へ導いた英雄、帝国!これ以上の歴史的勝利があるでしょうか?否!ありません!そして世界は帝国を世界の中心として見るでしょう!」


 そしてアルフレットはゼートゥーアの前に行き、彼の座る机に両手を置く。


「閣下!帝国が勝利を続ければ、いずれ世界から孤立します‼︎世界を相手に帝国は生き残る事は不可能です!ですが!もし我々が真に戦争を止める戦いをすれば、世界は帝国に自然と歩み寄ってくれます」


 するとゼートゥーアは口元を隠す様に左手で下顎を触る。


「大佐、少し言い方が悪くなるが、それは言わば事実上の帝国による世界征服と言う事だな?」

「はい、そうです。事実、私の目指すのは『帝国を含めた敗者のみの世を統治する帝国』です」


 ゼートゥーアは驚きを隠す一方でターニャは心の中でアルフレットの才に驚愕する。


(何だこいつは!?天才・・・いや!超才かよ‼︎全ての戦争を終わらせた帝国を誰が悪とする!敗者のみの世では敗者が敗者を攻撃しても無意味‼︎死体を二度、蹴るのと同じだ!)


(しかも英雄に従うのは当たり前!誰も疑問を持たない帝国による完全な世界征服だ‼︎アル、お前は前に前世はアルバイトをしながらのスローな生活だったと言っていたな?)


(もし前世で君と出会っていたら、私なら速攻!ヘットハンティングする‼︎たく!どうして前世の日本政府はこんな有能な人材を掘り出そうとしなかった?)


 するとゼートゥーアは突然、笑顔になりながら立ち上がり、両腕を広げる。


「実に素晴らしい‼︎素晴らしい過ぎる!なるほど!帝国の英雄化と敗者化!誰も敵意を持たないし!帝国による支配には疑問を持たない!」


 そしてゼートゥーアは自らアルフレットに歩み寄り、彼と熱い握手をする。


「大佐、いやっアルフレット君!君は神に選ばれし天才だな!」


 ゼートゥーアからの大絶賛にアルフレットも素直に笑顔になる。


「ありがとうございます!閣下!」

「では、二人は今回の事とこれからの帝国の戦い方と目的を共同論文として、まとめてくれ」


 握手を終えたアルフレットは凛々しい笑顔で敬礼をする。


「はい!閣下」

「では、二人共、学業に戻りたまえ」


 ターニャは椅子から立ち上がり、ゼートゥーアに向けて敬礼をする。


「はい!分かりました!」


 そしてターニャとアルフレットは部屋を後にするのであった。



あとがき

アルフレットの計画した「帝国が敗北する為の戦争」は架空戦記小説、『艦隊シリーズ』の「より良い負け方」をモデルに幼女戦記風にアレンジを加えた物です。

ガダルカナル島の戦いを台座とした戦争映画、『シン・レッド・ライン』は美しさと残酷さが合わさった作品です。是非、見て下さい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る