第6話:始まりの装甲軍

 ラインへ向かう列車の中でレルゲン少佐は論文を読んで驚いていた。


「なっ‼敗北の為の戦争だと!帝国を含めた全てを敗者にする事で勝者をなくし、そして英雄として称える帝国による世界統制だと⁉」


 論文を横に置き、右手で目と目の間を摘み深く溜め息をする。 


(馬鹿げている・・・だが、ありえる‼)


 時は遡り、参謀本部のとある一室でレルゲンは各戦線の査察に向かう前に参謀長デスクに座るルーデンドルフ大将に呼び出されていた。


「著者は秘匿だが、ゼートゥーアから渡された論文だ。視察で忙しいだろうが、空いている時に目を通しておいてくれ」

「分かりました。ルーデンドルフ閣下」


 レルゲンは置いた論文、『世界大戦と敗北世界による世界統制』を鋭い目で見る。


(確かにこのまま帝国が勝利を続ければ世界から孤立するのは必然だ)


(兵士すら消耗品となる狂気、世界大戦。それを止める為にあえて敗北を選ぶ。常識をひっくり返す発想、奇想天外だ!)


(だが、この論文から来る確信と信憑性は何処かで‼)


 一方、煙草の煙が立ちこめる参謀本部会議室で席に座る将官達が騒ついていた。


「敗北を目指すとは、常識を覆すものだな」

「だが、この目的は国民が受け入れるか、どうか?」


 すると上座に座るゼートゥーアが立ち上がり、片手に資料を持ちながら言う。


「諸君、確かにこの計画は受け入れ難いだろう。しかし、これは勝利よりも価値ある物だ」


 すると一人の将官が資料を見ながら困った表情で言う。


「だが、その為にも各戦線を国境まで押し上げないと」


 その問いにルーデンドルフは片手に葉巻を持ちながら答える。


「それに関しては貴官達に配った作戦書類に記述されている」

「新たな一個軍と航空魔道連隊の創設か。だが、創設に対しての人員と予算は?」


 別な将官からの問いにゼートゥーアが答える。


「それに関しては問題ない。すでにいくつかの分野の予算を停止させた。特に実用性に欠ける兵器を開発するエレニウム工廠は約九割の予算縮小を行った。一個軍や一個連隊の創設には十分な予算が集まった」


 場所は移り、エレニウム工廠の一室で主任技師のシューゲルは参謀本部からの報告に驚いていた。


「何だと‼︎予算縮小だと⁉︎」


 資料を片手に持ち椅子に座るシューゲルに向かって伝える男性情報士官。


「はい。参謀本部からの通達では『エレニウム工廠は今後、シュリディンガー法術研究氏が開発したエレニウム九九式とレッドウッド技術開発師が開発した新兵器の量産に専念せよ』との事です」


 それを聞いたシューゲルは右にある机に向かって右腕を振り下ろす。


「ふざけるな‼今、大事な兵器を開発しているんだ!今すぐ参謀本部に伝えてくれ!予算を打ち切るなと‼」

「実はゼートゥーア大将からで『シューゲル氏は九五式以外の開発する兵器は実用性に欠ける為、一切、意見は通さない』との事です」


 シューゲルは愕然とし、言葉を失うのであった。



 それから三日後の夜、豪勢な参謀本部の晩餐室。


 ゼートゥーアと帝国人事局のコードル大佐と向かい合ってターニャとアルフレットは夕食をしていた。


「その年で首席候補生とはな。さぁ、育ち盛りだ遠慮なく食べなさい二人共」

「ありがとうございます。コードル大佐殿」

「ありがとうございます」


 ターニャとアルフレットは前の席に座るコードルに向かって笑顔で一礼をする。


 そして二人は出されたシュラハトプラットを食べ始める。


(うっ‼酸っぱいし!塩辛い!こんな不味い料理を食っている前線の兵士達が気の毒過ぎる‼)


 料理の不味さを心の内で語るターニャ。


「どうかね?参謀本部の名物は?」


 コードルが笑顔で問うとターニャは少し苦笑いで答える。


「はぁ・・・前線を思い出す素晴らしい料理です」


 すると一口食べたアルフレットは銀製のフォークとナイフを皿の淵に置くとキリッとした目つきで答える。


「コードル大佐、正直に申します。この料理はあまりにも不味過ぎます」


 アルフレットの感想を聞いたターニャは背筋が凍る。


「アルフレット大佐、それはどういう事かね?」

「はい、コードル大佐。食事は言わば戦う兵士達にとって大切な力の源です。こんな不味過ぎる料理では兵士達は力を出す事も逆に士気を下げる原因となります。今すぐに前線と後方を含めた料理の見直しをお願いします」


 するとアルフレットは椅子の横に置いてある自前のカバンから分厚い書類を取り出し、コードルの前に置く。


「これは私がまとめたバランスが取れ、尚且なおかつ美味しい料理の参考資料です」


 アルフレットの強い意思と眼差しにコードルは両腕を組んで納得する。


「うむ。確かに料理が不味いと健康を害し、兵士達を餓死させる遠縁になるかもしれん。分かった、アルフレット大佐、君の意見を取り入れ料理の改善をすぐに行う」


(さすが、アルフレットだ。だが、こっちの肝が潰れかねんよ)


 そう心で語るターニャ、すると次にコードルが二人の前に分厚い書類を出す。


「それは今後、君達の配属先に関する書類だ。貴官達の武功を考慮して人事局では選択を強制はしない。好きに選びたまえ」

「ありがとうございます。しかし、多すぎて迷ってします」


 書類を持ちながらターニャは笑顔で言うとコードルは明るく笑い出す。


「なに、焦る必要はない。ゆっくり選びなさい」


 だが、書類を読むアルフレットは違っていた。


(確かに安全な後方勤務だが、狂った神に勝つまでは前線を離れるわけにはいかない)


 彼の考えはターニャも一緒であった。


(あの存在Xを討つまでは現時点で後方に行くのは愚の骨頂だな)


 二人がそう心で考えているとコードルは二人の前に別な書類を出す。


「これは?」


 ターニャが別な書類を手に取ると同時にコードルは笑顔で答える。


「実は参謀本部から一枚ある」


 それにターニャとアルフレットは確信する。


(なるほど。人事の書類はあくまでも建て前。初めから選択権はないか)


 ターニャが心で言っているコードルはアルフレットからの参考資料を手に席を立つ。


「では、私はこれで」

「大佐、ご苦労だった」


 ゼートゥーアがそう言うとコードルは彼に向かって敬礼をする。


「それでは諸君、武運を祈る」


 コードルはそう言うと笑顔でターニャとアルフレットに向かって敬礼をし、晩餐室を後にする。


 そしてゼートゥーアは軍服の内ポケットから葉巻とマッチ、シガーカッターを取り出す。


「形式は抜きだ。直接、話そう」


 ゼートゥーアは葉巻に火を点け、一口吸うと二人に話し始める。


「アルフレット大佐、貴君には新たに創設される機械化部隊を中心とした一個軍の指揮を命ず。それとデグレチャフ少尉、貴君も新たに創設させる航空魔道連隊の指揮を命ずる」


 それを聞いたターニャとアルフレットは少し驚愕する。


「れっ!連隊⁉で、ありますか?」


 冷や汗を流すターニャとは裏腹にアルフレットは心の内で喜んでいた。


(よっしゃーーーーっ‼参謀本部が俺達の意見を受け入れた!これで下準備は整った)


 無論、ターニャは焦った表情を見せたが、心の内ではアルフレットと同じであった。


(やったぞ‼これで存在Xの計画を滅茶苦茶にする力を手に入れた!待っていろよ存在X)


「一個軍の指揮ですか。それで目的と編成は?」


 アルフレットからの問いにゼートゥーアは火を点けた葉巻を持ちながら答える。


「うむ。まだ参謀本部内ではあるが、貴君が提示した『帝国が敗北する為の戦争』をする。その為にも、まず各戦線を押し上げる必要がある」

「それに必要な機動力を中心とした機械化軍と航空魔道連隊を組織したっと言うことですね」


 アルフレットの指摘にゼートゥーアは頷く。


「そうだ。参謀本部直属ではあるが、これは軍の勝戦派しょうせんは保守派ほしゅはの介入を防ぐ目的がある」


 ゼートゥーアは火の点いた葉巻を灰皿に置い、ワイングラスに入った水を飲み、再び葉巻を手に取る。


「新たな一個軍の編成は四個師団で組織された二個軍団で組織されている。そして魔道連隊は三個大隊で組織されている」

「あの、私とアルフレットは少尉と大佐の身分です。階級については・・・」

「それは心配はないぞ、デグレチャフ少尉」


 そう言うとゼートゥーアは再び葉巻をを吸う。


「参謀本部特令として二人を特進させる。既に根回しは済んでいる。アルフレットは二階級特進で少将へ特進、その後に中将にねじ込む」

「デグレチャフ少尉も同じだ。四階級特進で少佐へ上げた後に大佐へねじ込む。すべて手筈てはずは済んでいる」


 するとアルフレットはゼートゥーアにある質問をする。


「閣下、一個軍と一個魔道連隊の装備と準備は?」

「それに関しては貴君らの自由にしていい。その方が君達は動きやすいだろ。ただし編成期限は早くても五ヶ月だ」

「そうですか。分かりました。ありがとうございます、閣下。それと一つ、お願いがあるのですが」

「いいとも、遠慮なく言いたまえ」


 するとアルフレットは左のお子様用椅子に座るターニャの右肩に左手を置く。


「彼女、デグレチャフ少尉の航空魔道連隊を我が軍に編入させて下さい。彼女の航空魔道連隊を我が軍に入れれば、魔道兵の機動力と打撃力で敵戦線を混乱させ一気に軍を進攻させる事が出来、空からの支援は頼りになります」


 アルフレットが前世で培った攻撃機と攻撃ヘリによる航空支援を付けた近代機動戦術を魔道兵に当てての説明にゼートゥーアは右手で下顎を触りながら納得する。


「分かった、大佐。こっちからデグレチャフ少尉の連隊を君の軍に編入、出来るように手を回す」

「ありがとうございます。閣下」


 アルフレットはゼートゥーアに向かって一礼をする。


 そして二人は席を立ち上がると書類とバックを持ちビシッと気を付けをする。


「アルフレット・シュナイダー!参謀本部からの命を拝命します!」

「同じくターニャ・フォン・デグレチャフ!参謀本部からの命を拝命します!」


 そして二人はゼートゥーアに向かって敬礼をするとゼートゥーアも葉巻を灰皿に置き敬礼をする。


「うむ。諸君らの幸運を祈る」

「「はっ!」」


 敬礼を解いたターニャとアルフレットは晩餐室を後にし、一人になったゼートゥーアは葉巻を吸う。


「頼むぞ。帝国の・・・いや世界の命運は君達の手に委ねられている」


 ゼートゥーアが独り言を言う。一方で参謀本部を後にするターニャとアルフレットはクルッと振り返る。


「これで準備は整ったなアル」

「ああ。でも、これはまだ序章だ。俺達の戦いはこれからだターニャ」

「ああ。しかし、あそこで私を君の軍に入るように説得するとはな」


 前を向き石階段を降りながら前を歩くターニャにアルフレットは少し照れる。


「まぁね。それに一緒にいれば神からの嫌がらせに対応、出来るだろ」

「アハハハッ!それは思い付かなかったよ」

「それとターニャ、これ」


 アルフレットはターニャにある書類を出し、彼女はそれを受け取る。


「これは?」

「俺なりに考えた魔道兵の訓練計画だ。実行するかは君に任せるよ。それとなターニャ、」

「なんだ、アル?」


 アルフレットはターニャにあるアドバイスをする。そして二人は夜の帝都に向かう様に歩くのであった。



あとがき

いよいよ、物語の流れが変わります。次の話ではターニャの姿がガラリと変わりますので楽しみにしていて下さい。

ブラッド・ピット主演の2014年の戦争ドラマ映画、『フューリー』は戦う兵士達の人間性とリアルな戦闘は見ごたえ抜群です。是非、観て下さい。

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