『共存可能不必要』作:月宮雫
「あの人は太陽で、僕らはその光に惹かれて群がる虫だったんです。僕らがあの人の隣に立てる未来なんてどこにも存在していなくて、あの人は何時だって一人で輝けるんです」
でも、と彼は続けた。
「それでも僕らはあの人と共存できる。あなたとは違って。あなたはモグラだ。太陽の光で死んでしまうモグラ。だから今まであの人から距離を取ってひっそりとしていたのでしょう?あの人はまぶしすぎるから、あなたごときがそばにいると目がつぶれてしまうのでしょう?」
テーブルに置かれたコーヒーはすっかり冷めてしまっている。その湯気の立たない水面を眺め続ける私の頭の上から彼の言葉が降りかかる。
「それなのにどうして最近のあなたはあの人のそばをうろつくのですか。あなたもあの人の隣にはたてません。その光に焼かれて死ぬだけです」
黙ったままの私に焦れたのか彼は私のコーヒーを掴んだ。眺めていた水面が遠ざかって、仕方なく私は彼の顔を見上げる。前髪の隙間から見上げた彼は、カップを持ち上げたものの、人にかける勇気はないのか、振り上げたカップをそっとおろした。
「あの人は太陽。僕らは虫。太陽は一人で輝けるからこそ太陽なのです。この先ずっと見上げるだけだとしてもかまわない。それが僕らにできる唯一です。なのに、あの人の温かさも感じられない人が近づこうなんて思わないでいただきたい。それがあなたのためでもあります」
「モグラが太陽の光で死ぬっていうのは間違った説だよ」
ずっと黙っていた私が声を発したのに驚いたのか、彼が一瞬黙る。その隙に立ち上がるとにっこりと微笑みかけた。
「コーヒーごちそうさま」
一口も飲んでいないコーヒーの礼を言い、彼をおいて店を出る。外では太陽の光が燦々と降り注いでいた。
「モグラは太陽を必要としないだけなのにな」
虫は太陽がないと生きていけないのかもしれないけれど。太陽だって休みたいときはあるだろう。それなのに虫はずっと輝き続けることを要求する。
モグラはそんなことをしない。太陽の光なんて必要ないから。それを太陽もわかっている。だからあいつは私の隣では輝こうとしない。それが救いになるとかならないとか、そんなことも知らない。私はただ、お前など必要ないと伝えているだけだ。
書き出し指定小説『あの人は太陽で、僕らはその光に惹かれて群がる虫だったんです。僕らがあの人の隣に立てる未来なんてどこにも存在していなくて、あの人は何時だって一人で輝けるんです』 名古屋大学文芸サークル @nagoyaunibungei
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