2XXX年、情愛。



「ねぇ、これであなたと一緒になれる?」そう呟いた太田の目は希望に満ち溢れていた______



2XXX年。日本。

とあるオフィス内。とある2人が揉めていた。「そこら中で車が空を飛び、人の機械移植が進み、第二次バブル経済がどうのこうのって言われてる世の中だってのに、あんたまだ犯罪なんかしてんのかよ。」と犯人を説得するこの男の名は松原祥平。刑事だ。そんな説得に対し「あんたら警察は良いよな〜。事件や事故を楽しみに待っているだけで金がもらえるんだから。」と愚痴を言う男の名は茂田太一。今回の事件の犯人だ。「あんたも随分、世の中への不満が溜まっているように見えるぜ。今時、刑事で左手だけが機械っていうのは、逆張りだかなんだか知らないけど、乗り遅れてるな。時代に。」と茂田に言われ「豊かに過ごせるようになったってのに罪を犯してしまうあんたよりはマシさ。」と煽り返す松原。


周りの環境音すらも聞こえないほどの沈黙。


ピリついた緊張の中、先に口を開いたのは茂田だった。「はは、降参だ...刑事さん、どうやら俺たちは時代に取り残された人間同士、馬が合いそうだ。あんたに捕まるなら本望ってとこよ。」と言いながら仰向けに寝転がり、諦めとは少し違った哀愁漂わせる茂田の姿に、松原はなんだかやるせない気分になった。



「松原さん、事件解決おめでとうございます。」

「左手だけなのにすごいよね〜、松原さん。」

「不動のエースって感じ、もしかして不死身なんじゃない?」

「噂だけど、新技術のマシンを全身に移植したらしいよ。」

「昔、犯罪グループのアジトに単身で乗り込んで全滅させたらしいよね。」

松原が事件を解決するたびに巻き起こる、賞賛と嫉妬の声。昔は照れくさそうに喜んでいた松原だったが、今年で36歳。もう何も要らなくなっていた。生涯現役なんて以ての外、地位や名誉なんかにも興味がなくなっていた。朝起きて考えることはただ一つ。「次の事件を解決したら引退しよう。」これだけだ。



「松原くん、君が辞めたがっているのは重々承知の上なんだが、今回の事件はどうしても君に頼みたい。」そう上司から告げられたのは、次の事件。エースの松原に休みも終わりもないのだ。「被害者の脳に情報を大量に送り込み、頭をショートさせ、殺害したと思われるこの事件なんだが...」という上司の話に割り込むように「知ってます。赤ずきんなんちゃらですよね。新聞で読みました。」と言う松原。「あぁそれなら話は早い。実のところ、犯人の身元はすでに割れていて...」「ちょっと待ってください。そんなこと、なんで公開してないのですか?」とまたしても話に割り込む松原。「実は、その犯人...でも、確証はないんだ。犯人という事実はあるが、いや、そういうことじゃなくて。」と濁す上司に対して「隠してないで教えてくださいよ。田中さん、俺ら長い付き合いじゃないですか!」と少し声を荒げて言う松原。「...実はな、その犯人...太田コンポレーションの社長なんだ...」と弱々しい声で話す上司。それもそのはず、太田コンポレーションというのは現在日本の中で1番と言っても過言ではないほどの大企業で、その社長太田茜は日本の副総理大臣、太田克彦の実の娘だからだ。「太田コンポレーション...確か、太田茜は日本に機械移植を広めた第一人者、今回の事件を起こすには十分すぎるスペックがあると...で、田中さん、俺に太田を逮捕しろと。」と松原は聞くと上司の田中は「あぁ、君は警察のエリートとして名高いだけでなく、左手のみ機械移植、つまり今回の事件には1番な適任者なんだ。」と申し訳なさそうに頼んだ______



「田中さん、会社に行ってみたところ太田本人のみならず証拠も何にもありませんでした。逃げたと考えるのが妥当でしょう。」と報告する松原。警察の上層部と松原のみだけがこの事件を追いかける、秘密捜査が始まっていた。松原の相棒は倉島秀人、上層部の人間だ。「松原さん、あなたが警察の中でも秀でて優秀なのはわかっています。ですが、車内での喫煙だけは絶対に許せません。私の家には子供がいる。ニオイもケムリも持ち帰れないんですよ。第一...」「あ〜はいはい、私が悪ぅございました。」と倉島の説教を遮り「それにしても太田、どこに行ったんだろうね〜。てか倉島くん、君はどこまでが機械?」と質問する松原。「それ、ハラスメントですよ。」と返す倉島。「えっ?!今これもダメなの?いや〜すまなかった...」と珍しく謝る松原に「あぁいや、そこまで気にしてないんですけどね...」と申し訳なさそうに言い「私は全身が機械です。出世もこのおかげです。」とガッツポーズのように腕を出す倉島。これがなんだか可笑しかったらしく、「ふっ」と吹き出す松原。そこに「0660事件捜査本部の全員に告ぐ。本部内の人間が捜索中の犯人に殺害された模様。繰り返す...」と連絡が入り「オイ、倉島!飛ばせぇ!」と叫ぶ松原______



『私はクソ親父のクソお人形。家父長制の家族なんてとうの昔に全滅したはずなのに、私の家は父権によって支配されていた。暴力、暴力、暴力。お母さんは何もしてくれなかったけど、良い人だった。いつも笑顔で、中立で、血が出てもあざだらけでも...今思えば、何もしてくれなかったんじゃなくて、何もできなかったのかな...なんて。お姉ちゃんだけが私の味方だった。身代わりになってくれた。あの人に攻められ、責められ、攻められ、責められ...もう守ってくれる人なんていない。あの人が連れてきた私の結婚相手もクソキモ野郎だった。だから殺した。知識だけはある、自分を殺す方法と自分を守る方法の...坂本さん、待っててください。あなたに会いに行きます。』

モニターに映し出された文章はどれも痛々しく生々しい人の闇を書き出されていて、思わず目を伏せたくなる。「以上が太田茜の脳内に残されていた記憶文章のデータです。」ハッキングを担当した男はそう告げた次の瞬間から「つまり、太田茜は死のうとしてるのでしょうか?」や「坂本ってやつが太田茜とどういう関係だったのか徹底的に調べろ。」などのあんな文章を読んだ後だってのに涼しい顔つきで淡々と喋る本部の人間を見て松原は落ち込んだ。『自分とは比べものならないプロ意識』ではなく『同情が芽生えるほど自分が老いていたこと』でもなく、『感性までもがサイボーグになってしまった、かつての同僚たちの姿』を見るのが辛かったからだ。よく警察は私情を持ち込むなとか、慣れれば感性を失うなど言われているが、そうなったとしても心の奥底にある人情を見ることで、自分が人間であることを忘れずに警察という過酷な仕事を続けたきた松原にとってはかなりのダメージとなった。「それでも、こんなところで辞めるわけにはいかない。何か、まだ人間の自分にもできることがあるはずだ。」と松原が考えていると「坂本の身元、割れました。」との声が。その男は続けて「坂本清、27歳。どうやら太田の愛人だったそうです。3ヶ月ほど前に亡くなってます。死因は...えっ?書かれてません!」と報告した。この報告に「やっぱり、太田茜は死ぬ気だ。会いに行くって書いてあるだろ。」「まずいぞ...それなら早く見つけ出さないと。」と一斉に焦り出した。「それは違う。」と思わず口にしてしまう松原。皆が松原を見つめる。松原は続けて「確かに文章的には自殺するように考えられる。でも、それじゃおかしいんだ。」と言った。田中は疑問そうに「と言うと?」と聞き返してきた。松原は「刑事のカンなんて言ったら皆さんは怒るかもしれませんが、これほどまでに親への恨みが溜まっているのに何もしない方がおかしいじゃないですか。行動としては用意された結婚相手を殺し、追いかけてきた刑事を殺すといった、父権によるストレスの矛先が他人に向かってない以上は親を殺すと思うんですよね。なんというか、予想なんですけど、彼女の心理的に。」と答えたが、皆イマイチピンと来ておらず「すまないが、君の予想だけでは動くことは難しい。」と田中は言い、皆一同に頷いた。しかし松原は不敵な笑みを浮かべ「つまり、単独なら?」と聞き、田中は「古臭いお前のことだ、言うと思ったよ。」と笑いながら言い。続けて「処罰なんか知ったこっちゃない。可能性を潰すことの方が危険だ。もし、読みが当たってたら頼むぞ。松原。」と単独行動の許可を出した。



「で、なーんで着いてきたの、倉島くん?」と笑いながら聞く松原に「いえ、単独行動は危険ですし、じいさんに運転はさせません。」と倉島は答えた。「はは、でも、君みたいな固そうな人間が感情論の自分の方に来てくれるなんてね。」と笑いながら言う松原に対して「いえ、そもそも今回の件はすべて太田大臣からの要望で、もしかしたら自分が狙われているのにも関わらず、少人数で秘密裏に実行しろってお願いするのが引っかかってまして。一度この目で見とこうかなと。あと危険は嫌なんで。」と真っ向から否定する倉島。

「やっぱり頑固だ。」

「はいはい、着きましたよ。ここが副総理の家です...あっ降りる前に。」

「なに?」

「田中さんからの伝言で...今回は銃なしで解決しろとのことです。」

「はいはい、わかってますよ。」

「前にやったんですか?」

「いや、一度も。」

「嘘っぽ__」


パァン。


乾いた銃声。倒れる倉島。松原の目が開く。振り向くとそこには太田茜がいた...「じゃ、邪魔するあんたたちが悪いんだから!」怒ったように茜は言う。「あぁ...み、美希ぃ、駿太ぁ..うあぁ」と苦しみながら呟く倉島。「うぎゃあああ!!」と叫びながら銃を撃つ茜。目の焦点は合っていない。松原はとっさに家の外壁に隠れるも銃声は止まない。この時代、銃は進化を遂げていた。銃弾なんかは必要なくなり、電気が弾となり利用されるようになったのだ。相手の機械移植箇所が多ければ多いほど殺傷能力が高くなる最悪で最強の発明だ。だが逆に、太田茜がもし全身に機械移植しているのであれば銃を撃つたびに体から電気が消費され、最終的には動けなくなるのだ。その瞬間に逮捕。これが松原の策略だ。しかし、計画には誤算は付きもの。なんと、家から太田副総理が出てきたのだ。「終了。」その二文字が松原の脳裏を駆け巡る。しかし、その思いとは裏腹に、彼女は撃つのをやめた。副総理の口が開く「すまなかった。茜。もうやめにしないか。茜、話し合おうじゃないか。」これに対し「あんたは何十年も話し合うことを放棄したのに、今更...何よ!」と銃を再び構えながら茜は叫んだ。「あっ、そこの刑事さん、応援を呼ぶのだけはやめてくださいね...まぁ今頃、皆さん罠にハマって死んでると思いますけどね。ふふっ。」と嘲笑う茜。その瞬間無線が繋がった。「ザザッ__俺らがハッキングしてるのがバレてた。そっちに太田は向かっている!俺はも__バァァァン__プツン」無線の爆発の音と共に遠くから爆発の音がやってきた。「何をしたんだ!茜!」と怒る副総理。「私、機械が好きなのよ。思い通りにできるし。少しだけあんたの気分がわかったわ。これが気持ちいいってやつなのね。」と言う茜。松原の恐れていた『太田茜のストレスによる矛先が第三者に向けられること』が今まさに起きていたのだ。松原は銃を握る。流れる緊張。流れる汗。「私、独立するから。」そう言い、銃を副総理に向ける。今しかない。発砲と同時に松原は飛び込む。「うぅぅぅうがぁぁぁ」と叫ぶ松原。「古臭。」と軽蔑するような眼差しで呟く茜。しかしその瞬間、太田茜は膝から崩れ落ちた。その隙に「あぁぁぁやっぱり無理だぁぁ!」と叫びながら逃げる副総理。それをなんとか仕留めようと茜は拳銃を向けるが、同じ高さ、目線の先に拳銃を向ける松原の姿が映った。「あっ。」茜は声を漏らす。「古臭いもんで、根性しか無いんだわ。」松原はそう言い、撃たれた電気すらも自分のエネルギーに変え、引き金を引いた。


バァン。


バズーカーのような銃声。茜の頭は吹き飛んだ。彼女は法律で認められてない範囲まで機械移植をしていた______



事件は多数の死人を出しながらも解決と終わった。もちろん、世間には明かされずに。事件後、松原は下半身が全く動かなくなり、機械移植も勧められたが「やらない。」の二言返事で断り続けた。また、正式に引退が決まり、余生は絵を描いて過ごすという。犯罪者、太田茜に関するデータは全て消去され、太田コンポレーションの社長の不審死として一時は世間で騒がれたが一週間後にはタレントの不倫へと話題は移り変わった。こうしてサイボーグ太田茜の非人道的ながらも人間味ある生きた証は全て消えてしまった。この事件を解決に導いた松原は「なぜ自分の思考回路を文章に残し、我々に"読ませた"のか...ずっと疑問に思っていたが、やっと解けた。」と前置きをして「消されるはずだった生きた証を誰かに見せ、その人の脳に残すことによって父親にせめてもの反抗をしようとしたのだろう。」と知人に語った。この時の松原の顔は正義によって解決した者の顔ではなく、やるせない顔をしていた。


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恋愛短編集 かみさき はると @9gihari

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