第45話 夢じゃなかったらどうする?

「なっ……!?」


 隆太様は予想もしていなかったのでしょう。モロに催眠を喰らって……催眠状態特有の、ボーっとした表情に変わっていった。


「……」


 催眠アプリを共に消していった仲間に……私の大好きな隆太様に。不意打ちのような形で催眠をかけるのは、本当は裏切りみたいな行為でやりたくなかったのですが……それでも。どうしてもかけなきゃいけない理由があったんです。


「ごめんなさい、隆太様。私、隆太様にずっと聞きたかったことあるんです」


「……」


 今の隆太様は操られて意識が無いというのに、返事を求める私がいます。この癖は一生治らないかもしれませんね……私は息を整えて、ずっと聞きたかったことを隆太様に尋ねてみた。


「隆太様は好きな人……いますか?」


「……いないよ」


「……!」


 私は息を飲む。催眠状態だと嘘をつくことは出来ない……それはずっと催眠撲滅活動をしていた私が、何より知っている事実だった。隆太様に好きな人はいない。これは紛れもない真実だ。


「……あ、あーそうですか! 良かったです、安心しましたよ! 最近、隆太様の周りには可愛い子が多くて心配だったんですよー」


 それは喜ばしいことなのに。隆太様は催眠にかかってるから、別に強がらなくたっていいのに。どうして私は……涙を堪えてるんだろう。


「…………もしかしたら私なんじゃないかなー、なんて甘い期待してたんですけど。現実はそううまくいきませんよね」


 どうして……言葉が震えてるんだろう。


「……好きですよ。隆太様」


 私は隆太様を抱きしめた。シワが残るくらい……私という存在を忘れさせないくらいに、強く……強く。


「催眠を使ってでしか、こんなこと出来ない私を許してください……!」


「……」


 隆太様は動かなかった。命令すれば、きっと抱きしめ返してくれるだろうけど……そんなことしたら自分が惨めで、もっと涙が溢れてきてしまいそうだった。


「なんででしょうか。涙が止まりません……催眠を消すのはとっても大変だったけど。その間は隆太様と過ごせて、とっても楽しかったです。今までの人生が全部茶番に思えるくらいに、この数ヶ月はとても輝いていました」


「……」


「なのに……もっと幸せを望んでる私がいます。もっと隆太様の側にいて、色んなところに行って、色んなもの食べて……もっと思い出を作りたいって思ってます」


 ……でも。きっとそれは無理な願いです。


「催眠を使って、恋人になろうとも考えましたが……そんなの、隆太様が一番嫌うような使い方ですし。何より……偽りの愛なんて虚しいだけです。隆太様から本気で愛してもらいたかったですけど……好きな人がいないのなら。私じゃないのなら、もうどうしようもないですよね」


 そう言って笑ってみるが、心が痛くて辛くなるだけだった。もう耐えられなくなった私は、隆太様の胸に顔を埋めて……。


「だから…………せめて今だけ。今日だけは夢を見させてください……」












「…………夢じゃなかったらどうする?」


「えっ……!!?」


 思わず私は顔を上げて、隆太様の顔を見る……え、ど、どういうことですか……!? こんな短時間じゃ催眠は切れないはず……でも、隆太様の催眠は確かに解除されていて……い、意味が分かりません……!!?


「ははっ。いやー、まさか本当に俺に使うとはな。予想はしてたけど驚いたよ」


「えっ、な、なんで……!? 確かに私は催眠をかけたはず……!」


 そんな混乱してる私に対して、更に混乱を招くような出来事が起こって。


「それが偽物だったらどうするかい?」


 屋上の扉から、滝宮、そして松丸ちゃんまで現れたのだった。混乱しながらも、こんな惨めな様子を他の人に見られまいとした私は……袖で涙を拭きながら、大きな声で。


「たっ……滝宮!? それに松丸ちゃんまで……!? ど、どういうことなんですか……!?」


 そんな私の問いかけに、松丸ちゃんは申し訳無さそうな表情をしながら、こう答えるのだった。


「騙してごめんね……実は私達、音ノ葉ちゃんのスマホに偽のアプリを仕込んでいたんだ」


「え、ええっ……!?」

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