第43話 だから……止めないでくれッ……!

 ──


 次の日……俺は松丸さんと共に滝宮さんの後を追っていた。松丸さんを連れてきた理由は、一人じゃ催眠を止められないと思った時に助けが必要だと思ったからな……松丸さんが裏切って滝宮さんの味方する可能性もあるけど……まぁそこは信じよう。


「滝宮さんは最後に何するつもりなんだろうな?」


「一番何考えてるか分からない人だからね……」


 言いつつ、俺らは滝宮さんの背後を追いかける。その尾行中、松丸さんはこんなことを俺に聞いてきて。


「それより江野くん……昨日のことって、誰にも言ってないよね?」


「えっ? 昨日って……ああ。松丸さんが本屋でトラブルシャイニングをぶちまけた後、そのまま全巻レジに持っていった……」


「わーーー!!! わざわざ口にしなくていいから!!!」


「ちょっとー!! 松丸さん、静かに!!」


 急いで俺は彼女の口を塞ぐ。今は滝宮さんの尾行中だから、こんな序盤でバレるわけにはいかないのだ……でも流石に声聞こえたか? おそるおそる俺は滝宮さんの方を見るが……彼女は振り向いていなくて。


「あれ……?」


「あっ……もしかしてイヤホンしてるのかも。髪に隠れて見えてないのかも?」


「ああ……無線イヤホンってことか」


 それだったら振り返らないのも納得だ。最近のイヤホンは、ノイズキャンセリングも凄いらしいからな……なんとか助かった。そして松丸さんは俺の方を見て。


「……それで話戻るけど。誰にも言ってないよね?」


「戻るんだ……まぁ言ってないけどさ」


「けど?」


「いや、うん。言わない言わない」


 すると松丸さんは安心した表情を見せる……どれだけ他の人に知られたくないんだよ。でもまぁ……エッチな本を買ったの言いふらされたら、普通に学校行けなくなるくらい恥ずかしいかもな。特に男である俺に言いふらされたのなら、尚更……。


「よかった。というかこの滝宮ちゃんの尾行を手伝ってるのも、口止め料みたいなものだからね?」


「そうなんだ……まぁ何にせよ手伝ってくれるのは助かるよ」


「うん…………まぁ、あわよくば。滝宮ちゃんの恥ずかしいところも見れたらなって思って」


「……君も中々いい趣味してるね」


 松丸さんもやっと本性表してきたね。まぁ内気な彼女がこうやって、本心を見せてくれるのは素直に嬉しいことだけど。


 そんな感じで俺らは滝宮さんの尾行を続けて……近くの駅までたどり着いた彼女は、そのまま改札を通り抜けていった。


「どこまで行くつもりなんだろう……?」


「追いかけよう、松丸さん」


「あっ、うん」


 そして俺らもICカードを押し当てて改札を抜け、滝宮さんが乗った電車へと俺らも乗り込んだ…………そして電車に揺られること数十分。


「だいぶ遠くまで来たね……?」


「本当にどこまで行くつもりだ?」


 まだ滝宮さんは電車に乗っていた。もしかして終点まで乗るつもりじゃないかとも思ったが……どうやらその予想は外れたようで。


「あっ、降りた」


 とある駅で滝宮さんは電車から降りた。確かこの駅の近くには大きなイベントホールがあって、大多数はそこに向かうために降りるんだけど……もしかして滝宮さんもか? 思いつつ俺らも降りて、続けて彼女の後を追った。


 そしたら案の定、滝宮さんもそのイベントホールに入っていって。


「やっぱり……今日は何かイベントやっているのか?」


「あっ、見て江野くん。ほら、今日は漫画家さんのサイン会をやってるみたいだよ」


 言いつつ松丸さんは、入口付近に立てられている看板を指す。そこには『道川スペード先生 サイン会会場』と書かれていて……サイン会……催眠……まさか!


「……もしかして。滝宮さん、この漫画家に催眠かけるつもりじゃないのか!?」


「ええっ!? かけて一体何をするつもりなのかな……?」


「分からない……でもきっと漫画に自分を出せとか、こういう展開にしろとか、一番作者が嫌う命令をするかもしれない……!」


 そうなると、間接的に何万人もの人が催眠の被害に遭ってしまうことになる……これはなんとしてでも止めなければならないな。


「行こう、松丸さん!」


「あ、うん!」


 決意した俺は、松丸さんと一緒に会場内に入っていった……そして彼女を探すこと数分、滝宮さんは今にもそのサイン会の列に並ぼうとしているところで。


「見つけた、滝宮さん……!!」


 急いで俺らは彼女の元に駆けつけ、列から引っ張り出した。すると俺らを見た滝宮さんは、ちょっとだけ不機嫌そうな表情に変わって。


「……江野? 君も道川スペード先生のファンだったのか?」


「いや全く知らないけど……俺らは滝宮さんを追って、ここまで来たんですよ!」


「なんの為にだ? もう少しでサイン会始まるから、話してる暇はないんだが……」


「滝宮さん、あなた道川スペード先生に催眠かけるつもりでしょう?」


「…………」


 俺の言葉に滝宮さんは何も答えなかった……多分図星なのだろう。そんな俺が鬱陶しくなったのか、滝宮さんは無視して会場へと進もうとするが……俺はその手を引き止めて。


「待ってください。流石にそれは見過ごせませんよ……大人しく俺にスマホを渡してから、サイン会に行ってください」


「……それは無理な願いだ」


「どうして!」


「どうしてもかけなきゃいけない理由があるんだ」


「……」


 どうしてもって……何か深い理由でもあるのか? 過去に何かされたとか、復讐とか、恨みとか……だったら尚更止めないといけないけど……そして滝宮さんは非常に真剣な面持ちに変わって、こう口にして。


「……実はな。元々道川先生は成人漫画出身のエロ漫画家だったのだが……ある時期に一般紙に移ってな、その作品が大ヒットしてしまったんだ」


「…………ん?」


「そして二度と成人向けを描くことはなくなった……だから……だからっ!! 私は催眠という卑怯な手を使ってでも、もう一度エロ漫画を描いてもらいたかったんだ……!!」


「…………」


 ……えっ、泣いてる? ってか滝宮さんがこんな感情むき出して喋ったの、初めて見たんだけど。なんかイメージ変わっちゃったんだけど。


「そっか、辛かったね、滝宮ちゃん……」


 松丸さんは一緒に涙目で、滝宮さんを慰めるが……いや、絶対そのテンションなのはおかしいって。


「だから……止めないでくれッ……!」


「止めないよ……!」


 止めろアホ。 


「……まぁ要するに、好きな漫画家が自分の好きなやつを描いてくれなくなったんでしょう? それなら催眠なんかを使わずに、要望をちゃんと伝えましょうよ」


「で、でも……そんなのでは。そんな私だけの言葉じゃ、何も変わらない……!」


「大丈夫ですって。催眠なんか使わなくても、あなたのエロ漫画を待っている読者がここにいるって、ちゃんと言葉で伝えれば。きっと伝わるはずです」


「本当か……?」


「はい。だからほら、そんな催眠なんか捨てて行ってきてください」


「…………」


 そして滝宮さんは少しの間、葛藤したのだろうが…………小さく頷いた後。


「分かった……これを江野に預けよう」


 そう言って、俺にスマホを渡してくれたのだった。


「はい。ありがとうございます」


「ああ……! ちゃんと自分の言葉で伝えてくる……!」


 そしてそのまま、滝宮さんはサイン会の会場へと進んでいくのだった……そして隣には、笑顔の松丸さんの姿が。


「あの滝宮ちゃんを説得するなんて、凄いね江野くん!」


「なんとか伝わって良かったよ……まぁ、99パー要望には応えないだろうけど、自分の言葉で言うことに意味があるからな。熱量があれば、伝わりはすると思うよ」


「ふふっ…………というか今更だけど、滝宮ちゃんって18歳以上だっけ?」


「あっ」


 ──

 ──


 数十分後。


「江野! また成人向け描くかもしれないって言ってたぞ!!」


「それはおめです」

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