第36話 隆太様、かわいい~!!

「え? どうしてですか?」


「私らは敵の正体が分からないんだ。なのに迂闊な行動を取ったら、催眠かけられて拉致られるだろう……敵意を剥き出しにする方が危険なのだよ」


「でもこっちも敵の情報を集めないと、勝てませんよ?」


「慌てるな。いずれ奴らは尻尾を出す……その時までスタンバってればいいんだ」


 自信ありげに滝宮さんは言う。どっちかというと、俺も音ノ葉の意見寄りだったのだが……確かにここで一人でも仲間が欠けてしまったら、催眠撲滅が一気に難しくなるだろうし。今まで以上に、慎重に行動する必要はありそうだ。


「わ、私もそうした方がいいと思います。変に攻撃するよりは、普段通り過ごして……これ以上相手に情報を取らせないようにした方がいいと思います」


「分かった……これからはそうしよう」


 ──


 ということで俺らは普段通りの生活を続けていた。ただ、俺らも狙われていることは分かっていたので……あまり文芸部メンバーで接触はせず、各自警戒をしていた。


 それで万が一の時のことを考えて、スマホから情報が抜き取られないよう、文芸部同士の連絡も禁止していた。まぁそうなるのも仕方ないか……と俺は思っていたのだが、そのルールの抜け穴を使ってくるやつが一人いて。


「また入ってるよ……」


 俺と連絡取れず、喋れないのが辛いのか……毎日俺の机の中に、手紙を置いてくるやつが一名。俺はその紙を開いて、中身を読んでいく……。


『隆太様、今日で10日目のお手紙ですね。隆太様と喋れない日が続いて、頭がおかしくなってしまいそうです。気を紛らわせるため、毎日壁にバツ印を付けていますわ』


 独房かよ。


『ああ、息をするのも辛いですわ……ハチ公もきっと同じ気持ちだったんですわね』 


 多分違うと思う。


『今すぐ滝宮の胸ぐら掴んで『もう別にいいだろ、私が壊れるのが先だ』と言いたいところですが……隆太様に危険を及ぼすわけにはいきませんので。苦虫を噛み潰す思いでこの文を書いています』


「…………」


『一向に奴らの気配も感じませんが、私はいつでもあなたのことを見守ってます。着替えやトイレの時だって……いつでも』


 奴らよりお前が一番怖いよ。チラッと後ろを振り向いてみると、音ノ葉の視線がこちらに突き刺さっていて……そんなガン見するなら、接触禁止した意味なくなるだろ。おい。


『では。書くスペースが無くなったので、名残惜しいですが今日はこのくらいで』


「……」


『シャレオツな喫茶店で、あなたを思い浮かべながら。カフェオレを啜りつつ』


 いらんいらんいらん。


 ──


 ……とそんな日々が続いていた、ある日。いつものように俺は音ノ葉からの手紙を読むべく、机の中に手を伸ばしたのだが……。


「……?」


 ……無い。いつも長ったらしく書き連ねている手紙が、入ってない? 嘘だろ? どこかに落ちてる……わけでもない。抜き取られてる……わけでもないよな。


「…………」


 なんだか無性に嫌な予感がする。まさか……! 音ノ葉は記憶を消されたのか!? 毎朝俺より早く学校に来て、入れてくれたのに……前のように遅刻魔に戻ってるってことは、俺らとの記憶を消されたってことか!? 


「そんな……」


 クソっ……! もっと俺が音ノ葉のこと注意していれば、防げたかもしれないってのに……! どうする? 緊急事態だし、ここは滝宮さん達と合流するしかないんじゃ……!


「ふぁぁ……遅刻ギリギリですわ……」


 と、ここで音ノ葉が教室に入ってきた。頭で考えるより先に……俺は音ノ葉に話しかけ、手を掴んでいた。


「音ノ葉!」


「えっ、ちょっ!?」 


 そのまま手を引いて、人気のない廊下までやって来た。当然と言えば当然だが、音ノ葉は非常に驚いている様子で……。


「急にどうしたんですか!? あの行動は、目立っちゃいますよ……?」


「ごめん……守れなくて」


 俺は泣きそうになりながら腕を掴む……そんな俺を困惑した顔で音ノ葉は眺めていて……。


「え、えっと……ちょっとちょっと、どうしたんですか? 隆太様」


「……えっ?」


 え、隆太様って……隆太様って言ってるんだけど。


「音ノ葉……お前、記憶消されたんじゃ……?」


「えっ? いや、全然そんなことないですけど……」


 音ノ葉は全く心当たりなさそうに言う……俺が焦ってる意味もよく分かってなさそうだった。


「え、じゃあ……! 今日手紙が入ってなかったのは……」


「ああー……それはちょっと昨日、アニメを一気見しててですね。それで寝坊しちゃって、愛のお手紙が書けなかったんですよー……って、まさか隆太様」


 ……ここで音ノ葉はひとつの仮説にたどり着いたのだろう。手で口元を隠しながら、ニヤニヤとした表情で。


「手紙なかったから、私が記憶消されたと勘違いしちゃったんですか?」


「…………!!」


 図星。そんな言い返せない俺を見て、当たったと確信した音ノ葉は、高らかに笑い声を上げて。


「ふふっ……!! ははっ、あはは! 隆太様、かわいい~!! 大丈夫ですよ! これからはちゃんと毎日書いてあげますから!」


「……う、うるさい!!! ちょっと勘違いしただけだ!!」


「えー、でも。無いだけで勘違いしちゃうくらい、手紙が楽しみだったんですか?」


「うっさい!!!! これ以上話しかけるな、バカ!! バカ!! アホ!!!」


「……んふふー。ニヤニヤが抑えられませんわ~」

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