第35話 ラスボスってことですわね

 催眠の反応があったのは、学校の裏手にある山からだった。ここは木に囲まれてるため薄暗く、かなり道も荒れているので、ここを知ってる人は基本的には寄り付かない場所なんだけど……走りながら、俺はこう口にしていて。


「本当にここで合ってるのか? こんなところで催眠を使うとは思えないけど……」


「いや、こういうところだからこそですわ! こんな人目につかないところまで呼び出して……野外で催眠プレイを行うつもりなんですわ!」


「そうか……」


 特にツッコむこともなく、俺はそのまま足を進める……それが変だと思ったのか、音ノ葉は走りながら俺の顔を覗き込んできて。


「隆太様? やっぱり体調がよろしくないんじゃないですか?」


「いや、別に元気だよ……」


「そうですか? ならいいんですけど……」


「……止まれ。あそこに誰かいる」 


 ここで滝宮さんは腕を伸ばし、俺らの足を止める……木に隠れながらこっそり覗いてみると、森の奥に少女が一人立っているのが見えた。多分あの子が、催眠を発動させた張本人だと思うんだけど……。


「えっ? でも一人しかいませんよ?」


「既にもう相手を開放したのか、それとも自分に使っていたのか……詳細は分からないけど、どうやらあれが催眠持ちで間違いないみたいだね」


「よし……それじゃあいつもの通りに行くぞ」


 そして俺らはいつもやっているように、対象に向かってこっそりと近づき……周囲を取り囲んで逃げ場を無くし、音ノ葉が催眠をかけようとした……。


「……!?」


 その瞬間、上空から羽音が聞こえて……まさか!?


「あれは……ドローン!?」


 そしてドローンは俺らの周りをフラフラ飛行したかと思えば、途端に加速して、この場から離れていった……と、俺らがそれに気を取られている間に、いつの間にか少女もいなくなっていることに気がついた。


 急いで周囲を探すが、視界も悪く。とても追いかけられるような状況ではなかった……俺らは顔を見合わせる。


「やられたねぇ。これはまんまと釣られたってことだね」


「どっ、どういうことですか!?」


「説明は後で……! と、とりあえず私達も逃げよう!」


 ──


 そして俺らは文芸部部室に戻っていた。全員息を切らしていたが、それを整える間もなく……音ノ葉が口を開いて。


「……何が起こったんです?」


「催眠を持ってる奴らは、催眠を使うと消されることを知っていた。だから囮として一人に催眠を使わせて、その様子をドローンで確認したんだ」


「これで私らが催眠を消してること。催眠が使われた場所の確認が出来ること。催眠の消し方、催眠撲滅メンバー諸々、全てバレたってことだね」


 滝宮さんは冷静にそうまとめてくれるが、当然音ノ葉達は落ち着いて受け止められるわけもなく。


「それ……ヤバくないですか!?」


「やばいかも……私達は相手の正体が分からないのに、向こうは全員分かったってことだから……一気に形勢逆転されたってことだよ……!」


「でもこっちだって人数は分かる……今、催眠持ちの数は何人だ?」


 俺はそう言って、松丸さんにアプリを確認してもらう。


「えっと……13人です」


「音ノ葉達を覗いて10人ってとこか……もし残りの催眠持ちが組んでたとしても、10人ならなんとか太刀打ち出来るかもしれない」


 思ったよりも少なくて助かった。地道に催眠持ちを消していたのが、まさかここで活きてくるとはな。


「でも依然不利なのは変わりませんね……こうなったらこれまで以上に警戒する必要があるかもしれません」


「だな。メンバーもバレたなら、この場所だって安全じゃないだろう。カメラや盗聴器なんかも仕掛けられるかもしれないからな」


 確かに俺ら催眠撲滅のメンバーが、文芸部だってことは一瞬で分かるだろうし……この場所はもう迂闊には使えないだろうな。それはみんな分かってるようで。


「隆太様とここで会えなくなるのは寂しいですが……今後は不用意に集まらないようにしましょう。これからはスマホでやり取りするべきですね」


「で、でも誰かのスマホが奪われたら、それこそおしまいなんじゃ……」


「だったら取られないようにすればいいんですよ。ひとりも欠けないように、何かあったらすぐに連絡取れるようにすればいいんです」


 音ノ葉の言う通り、これからは一層警戒を強めなきゃいけないだろう……でもあと一歩だ。あと一歩で俺らの望む平和な世界が返ってくるんだ。


「ああ。この催眠持ちの残党さえ潰せれば、きっと催眠は消すことが出来る」


「ラスボスってことですわね、やってやろうじゃありませんの!」


 ……と、ここで滝宮さんが口を挟んできて。


「やる気満々のところ悪いが……君達はしばらく、目立たないように過ごしてくれたまえよ?」


「えっ?」

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